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三成、自動車に乗る

「して、これはどう乗るのだ」


 三成が疑問に思うのも無理はない。戦国時代の人間に、車のドアなんて開けられるわけもない。そもそも助手席にはすでに文羽が座っている。


「フミ、すまないが後ろの席に移動してくれるか」

「あ、うん」

「外に出たくないなら、頑張って後ろに行ってくれ」

「そうする」


 文羽は一度スニーカーを脱ぐと、まずはそれを詩羽に渡してから、無理やりセンターコンソールをまたいで後部座席へと移動した。幸い姉妹は揃って150センチもないほど小柄なので、スムーズに移動できた。


「えーと、それじゃあ一度降りますね」


 文羽が席の移動を終えたのを確認すると、俺は念のため一言断ってからドアを開け、車から降りた。

 なるべく外に出たくないというのが本音だが、三成が自分でドアを開けるのは不可能だろう。俺が開けてやるしかない。


「ほう、でかいな」


 左近が感心するように言って、気付いた。さすがに大男で知られる左近には及ばないものの、俺は三成や足軽たちより頭ひとつ分以上も背が高かった。

 この時代における男子の平均身長は、157センチほどだとどこかで聞いたことがある。なるほど、俺の身長は175センチほどだが、この時代ならば高い方だろう。


「それに見慣れぬ(よそお)いだな」


 左近はそう言って、俺を上から下までジロジロと睨む。

 俺の服装は紺のポロシャツに黒のカーゴパンツというごく普通のものだ。現代では大学でも街中でも背景に溶け込んでしまうほどありふれた格好だが、この時代では異質に尽きる。まずい、誰がどう見ても俺は怪しい要素しかない。


「お主、只者(ただもの)ではあるまい」


 いや、只者もいいところ、ごく普通の一般人です……と言いたいが、この時代の人間からすれば俺は未来人ということになり、只者ではないということになる。


 これ以上左近に何か言われる前に、俺はさっと助手席側に回った。


「これはこうして開けます」

「ほほう、変わった戸だな」


 俺が助手席のドアを開けて見せると、三成はしきりに感心する。


「頭を下げ、身を屈むようにしてお座りください」

「なるほど」


 そのような動作を大名にさせるのは失礼かと思ったが、三成に気にした様子はない。むしろ未知なる乗り物に早く乗りたくてたまらないといった様子だ。


「刀は外したほうが良さそうだな」


 言いながら、三成は躊躇(ちゅうちょ)なく腰の刀を外しにかかる。こんな得体の知れないものに丸腰で乗ろうというのに、警戒心はまったくないらしい。

 織田信長や豊臣秀吉などは新しい物好きと知られ、南蛮(なんばん)由来のものを愛してやまなかったと聞く。三成も秀吉の影響を受けているのかもしれない。


「うむ、妙な感触だ」


 シートに腰を下ろした三成は、居心地が悪そうに腰を浮き沈みさせている。そりゃ合成皮革なんて見るのも触るのも初めてだろう。というかこの車に使われている技術や素材すべてが三成にとって未知のものたちだ。


「それではベルトを……」


 言いかけて、三成が自分でシートベルトを出来るわけがないことに気付いた。

 この時代に道路交通法なんて存在しないとはいえ、三成にとって慣れない車、しかもこの時代の道路事情は相当悪く、かなり揺れることが予想される。

 また、道中で敵と遭遇する可能性もある。その時はスピードを出して全力で振り切る必要があるから、ベルトは必須だろう。


「失礼します」

「お、おう」


 一言ことわって、俺は三成の前でベルトを通した。バックルに固定する際に金具が立てたカチャン、という音に三成は不安げな表情を浮かべる。


「これは……いや、拘束具ではないな。両の手が自由だ」

「揺れや衝撃に備えるための物です」

「なるほど……さほど窮屈(きゅうくつ)ではないがそれでも落ち着かぬな」

「ちょっとの間の辛抱しんぼうです」

「して、これはなんだ?」


 なんだと聞かれてもシートベルト以外なんでもない。


手綱(たづな)のようなものです」

「なるほど。ではこうして握るのだな」


 三成は意外にも納得したようで、ベルトのたすき掛けになっている部分に右手を掛け、ぎゅっと握った。車の乗り心地は馬に乗る感覚とはほど遠いだろうが、まあなんとかなるだろう。


 三成がようやく腰を落ち着かせたところで、ドアを閉めようとしたその時。


「いたぞ! 石田勢じゃ!」


 やや離れたところから、叫び声が聞こえて来た。


「ちっ、もう追い付かれたか!」


 左近が叫び、刀を抜いた。周囲の足軽たちも慌てて槍を構え直す。

 三成を襲撃した追手が来たのだろう。だとすればまずい。


「けして逃がすな、ここで仕留めよ!」

「誰か応援を呼べい!」


 口々にそう叫びながら、甲冑を着た武士が次々と闇から湧いて出て来る。

 この真っ暗な山の中で、車のヘッドライトはあまりにも目立ち過ぎたのかもしれない。だとしたら見つかってしまったのは俺のせいか。


「左近、相手にするな。ほどほどにして逃げよ!」


 シートに座ったまま、三成が怒鳴る。

 左近は迫りくる敵に向かって刀を構えつつ、首だけをこちらに向けた。


「殿をお任せする。なんとしても佐和山まで逃げ延びるのだ」

「は、はい」


 鬼気迫る左近の迫力に押され、そう答えるしかなかった。

 なんてこった。戦国時代にタイムスリップしたかと思えば、石田三成を轢いてしまい、挙句の果てには三成を車に載せて襲撃から逃げることになるなんて。

 

「左近、くれぐれもこんなところで死ぬでないぞ!」

「殿こそお気をつけなされませ」

「佐和山で会おうぞ。この者たちの話をもっと聞かねばなるまい」

「はっはっは、随分と物怪(もののけ)めにご執着(しゅうちゃく)ですな」

(たわむ)れではないぞ。この者たちこそ、俺に必要な物やもしれん」

「いつもの(かん)ですかな」

「勘だ!」

「かの太閤(たいこう)さまほどではないですが、殿の勘はよく当たりますからな」


 その時、空を切るようなひゅんっ、という音がした。

 続けて何かが俺のすぐ近くを横切ってゆく。


「矢じゃ! 者ども(ひる)むな!」


 矢って、まさか弓矢のことか?

 おい、あとちょっとで死ぬところだったじゃねえか!


 三成はまだ何か言いたそうだったが、それを待たずドアを閉める。そしてすぐさま運転席側へ回り、ドアを開けて中に転がり込んだ。


「出します!」


 勢いよく叫んだものの、この山道に転回できるようなスペースはない。横幅は車一台分しかなく、両脇は背の高い木々が生い茂っている。


 それならば取るべき手段はひとつだ。

 俺はギアをパーキングからリバースに切り替えると、アクセルを踏んだ。車は一気に息を吹き返したかのように、するりと後方へ滑る。


「な、なんだこの音は?」


 バックの時に鳴る電子音に、三成が狼狽(ろうばい)した声を上げる。


「お気になさらず!」


 叫びながらも、バックモニターを注視する。カメラにはどこまでも同じような山道映し出されており、切り返しを行えるようなスペースは見当たらない。

 まさかこのままバックで佐和山を目指すわけにもいかないから、多少の擦り傷は覚悟してでも前を向く必要があるだろう。


 一方で前方では、戦いが始まっていた。左近の前で足軽が横一列に並び、槍を前方に向けて振り下ろしている。ああして敵の進撃を止めようとしているのだ。

 いまのところ敵の数と味方は同数くらいだが、あそこで足止めされてしまうと、いずれは囲まれてしまうだろう。


「殿、ご達者(たっしゃ)で!」


 絶望的な状況のはずだが、左近はそれを感じさせない声でそう叫んだ。

 

 俺の知る限り島左近は、三成が言うようにこんなところでは死なない。しかし三成が家康の力を借りず、伏見から先へ逃げ延びたなんて史実を俺は知らない。


 つまり、この世界はすでに俺の知らない歴史になっている可能性も十分ある。

 だとすればこれほど恐ろしい事はない。

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