初陣、伏見城の戦い
慶長5年(1600年)7月18日。
宇喜多秀家、島左近の軍勢およそ2万人が、伏見城を完全に包囲した。
ちなみに俺は左近と一緒に従軍することにした。初陣である。
とはいえ城から弾や矢が飛んでこないような後方での待機だ。
史実で西軍が伏見城を包囲したのは7月19日だったので、1日巻いている。さらに宇喜多勢が伏見攻めに加わったのは22日なので、それで言えば4日も早い。
重要なのは最初から全力で城を落としに行くという点だ。
史実での西軍は味方の到着を待ちながらいたずらに消耗戦を繰り返し、数が4万人に膨れ上がるのを待ってからようやく大規模な攻めに転じている。
その点で言えば今回は2万人と約半数での攻城戦なので、数字だけ見れば今の方が状況が悪いように見えるかもしれない。
しかし実際のところは違う。本格的な攻撃が4日から5日も早まったことで、敵の備えは十分ではない。さらには、秀家のやる気が違う。
それは自分の伏見城を早期に攻める、という案が三成と輝元に採用されたこともあるが、左近率いる石田勢が城攻めに加わっている、というのも大きい。
俺は三成と左近に頼んで、石田勢のうち3,000人を伏見攻めに加えてもらった。
「石田勢の半数を攻め手に加えてください」
「半数だと?」
俺の申し出に、左近は首を傾げた。
戦ともなれば、石田勢は三成ではなく筆頭家臣の左近が取り仕切っている。
「伏見城を一日でも早く陥落せしめることが重要なら、我々が引き連れて来た全軍を投入すべきではないのか?」
「いいえ、石田勢が参加するということが重要なのです」
「どういうことだ」
「宇喜多殿はプライド……いえ、自尊心の高いお方です。そして我らが殿は、諸大名の間ではもっぱら戦下手と言われています」
実際は猛将の左近が率いている時点で石田勢が弱いということはなく、関ヶ原の戦いでも石田勢の戦いぶりは凄まじかったと残っている。
しかし根っからの文官である三成は、武闘派の大名たちに嫌われているということもあって、勝手に戦下手というイメージが付けられてしまっている。
秀家をはじめ、味方であるはずの西軍の大名からもそう思われているだろう。
だから俺は、三成が戦下手だと思われていることを利用する。
「宇喜多殿はこう思うはずです。絶対に石田勢に後れを取ってはならぬ、石田勢の活躍がかすむほどの武功を上げなければ、武門の恥だと」
「なるほど。我らが参戦することで、宇喜多勢の尻に火を付けるのだな」
そして半分にした理由は、もうひとつある。
伏見城攻めは、あくまでも関ヶ原の前哨戦だ。
ここで石田勢の兵数を減らしたくはないので、参加するのは半分でいい。メインの攻め手は宇喜多勢に任せ、なんなら後方支援程度に努めてもいい。あくまで石田勢が城攻めに参加しているという事実が、西軍諸侯の後押しとなるからだ。
開戦の前に、俺は宇喜多勢の本陣へ向かった。本陣のまわりは紺地に白文字で「兒」と書かれた布幕が張り巡らされており、秀家は甲冑に身を包んだ状態で中に控えていた。
「じきに毛利軍が、大坂へ到着した諸大名を加えて援軍に参ります」
「援軍など不要だ。俺ひとりの力で落としてみせる」
俺の言葉に秀家は顔をしかめ、吐き捨てるように返した。
どうやら石田勢の加勢も、不服だったらしい。
今ごろ大坂城では毛利軍をはじめ、招集に応じて到着した大名たちが軍備を整えている最中だ。準備が終わった隊から、伏見城へ駆けつける手はずになっている。
そのことは秀家も承知なのであえて伝える必要はないが、ここでさらに宇喜多勢の攻め気を強くするため、ダメ押しをしておこうと思ったのだ。
「先陣はお任せします」
「相分かった。石田勢には後詰めを任せる」
後詰めとは本陣の後方にかまえた陣やその軍勢のことだ。つまり石田勢は城を攻撃することなく、後ろで待機していろと言われたも同然である。
この場での大将は秀家なので、その命には従わざるを得ないだろう。
「――とのことです。いやあ、残念だなあ」
「…………」
「活躍したかったのに」
「…………」
石田勢の本陣に戻って報告すると、左近は何故か冷たい目で俺を見た。
秀家に後方待機を命じられ、石田勢が戦わずに済むということもお前の読み通りか、とでも言いたげな視線だ。
武人の左近にとって参戦できないことは大いに不満だろうが、分かってほしい。
少なくとも伏見城の戦いにて、石田勢には一人足りとも欠けてほしくない。
俺の描く新しい関ヶ原の想定では、石田勢が一番重要になるからだ。
「宇喜多勢だけで城を落とすことは可能だと思うか?」
「ええ、間違いなく」
戦国時代、城を落とすには守備側の3倍以上の兵力が必要といわれた。
宇喜多勢は1万7,000人、守備側は2,300人なので条件を十分に満たしている。
さらに早ければ日没までには続々と援軍が参戦してくる。ここで石田勢が何もしなくても、明日には落城の知らせが舞い込むことだろう。
「もし宇喜多勢や援軍の毛利勢がもたつくようなら、我々も攻める姿勢くらいは見せておきますか」
石田勢が動いているのを見れば、大いに焦るはずだ。
行軍の疲れも忘れて、激しく攻め掛かってくれることだろう。
「主の悪い噂を利用して味方の士気を上げる策など、聞いたことがない」
左近の口振りは呆れていたが、髭をたくわえた口元は緩んでいた。
「権兵衛、お主は今までにいない稀代の軍師の才があるようだ」
「そんなことはないですよ」
宇喜多秀家がどんな性格だったか、そして石田三成が周りにどう思われていたかを歴史の知識として知っていて、それを元に策を練っただけのことだ。
そもそも主のことを悪く言われて怒るならまだしも、それを利用してやろうなんて発想が、この時代の武士から生まれるはずもない。
やがて前方の宇喜多勢からほら貝の音が鳴り響き、続いて兵士たちによる鬨の声が上がった。さすがに1万人をゆうに超える大軍勢ともなれば、人の声で地鳴りが起きるほどの凄まじい音量になる。
続いて鉄砲の音が立て続けに響いた。敵か味方か、どちらのものか分からない。おそらく両方で撃ち合っているのだろう。
「始まったようだな」
「…………」
「どうかしたか」
「……いえ」
単独による城攻めは、秀家が言い出したことだ。しかしその案を通したのは俺。つまりこれから死ぬ宇喜多勢の兵士は、俺の策で死んだことになるんじゃないか。
もちろん兵としてここまで来ている以上、場所は違えど遅かれ早かれ死ぬことになる可能性の高い者たちだが……
それでも俺は間接的に人を殺してしまったということになる。
「顔色が悪いぞ。さっきまでの自信はどうした」
「……戦場が初めてなもので」
「なんと」
俺の告白に、左近は心の底から驚いたようだ。
「殿の下に来るまでは、どこにいたのだ」
「……全国を放浪しておりました」
「あの乗り物でか?」
「……はい」
400年後の日本で大学生をしていたとは言えまい。
「まあ殿が聞かないようにしている故、儂もうるさくは言わん」
「痛み入ります」
「……ところで、なぜ平服なのだ」
「具足を持っていないので……」
秀家も左近も立派な甲冑を身にまとい、武将の証でもある派手な兜をしている。こういったものは武士ならば誰もが自前で用意するか、家に先祖代々伝わるものがあって、それを受け継いでいくかのどちらかだ。
当然ながら俺は持っていないし、まさかこんなに早く戦場に出るとは思わなかったので、三成に頼む暇もなかったのである。
「此度の恩賞として、殿が与えてくださるだろう」
「いえ、私はこのままで結構です」
重くて動きにくそうだし、なによりも鎧武者姿では車の運転がしにくそうだ。
「平服で戦場に立つ軍師など、ますます聞いたことがない」
しかし権兵衛らしい、と続けて左近は笑った。
そして宇喜多勢が攻撃を開始して数時間後、早くも援軍が到着した。
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