まずは伏見城
慶長5年(1600年)7月17日。
三奉行を味方にした三成は、すぐさま三奉行の名で家康に弾劾状と宣戦布告の代わりとなる内府違いの条々を提出。さらには毛利輝元に家康討伐の総大将として大坂への入城を要請したところ、毛利は予想以上の早さで呼応した。
毛利はなんと3万人もの兵を動員。大軍勢を陸路と海路に分け、徒歩と船で大坂を目指し、輝元は大坂城西の丸に入った。
大軍勢を率いてきたにしては毛利の動き出しが早過ぎるので、すでに三成が書状を送っていたことや、安国寺の説得の成果と思われる。
同じく三成と懇意にしていた大老の宇喜多秀家も、毛利に続いて入城を果たした。このふたりが率いる軍勢だけで、すでに5万人近い。
到着した毛利と宇喜多の両名を、ひとまず三成、俺、左近の三人で迎え、軽く今後のことを相談することになった。
「大老の毛利殿、ならび宇喜多殿のご入城、大変心強く存じます。これで諸大名の中で家康打倒の機運は、ますます高まるものと心得まする」
「うむ」
三成が腰を低くして礼を述べると、輝元は満足そうに頷いた。
「西国大名はすべてわが手の内も同然じゃ。今後も名うての諸大名が次々と名乗りを上げ、ここ大坂に集結するであろう」
大口を叩く輝元の見た目は、いかにも人の好さそうな初老のおじさんといった感じだ。とても日本でナンバー2の座にある大名には見えない。
「さらに家康が率いているのはみな、豊臣恩顧の大名じゃ。こちらが秀頼君を奉じている以上、手出しはできまい。家康はもはや賊軍じゃ」
輝元は愉快そうにそう言って、声高々に笑う。
残念だがその見通しは甘すぎる。家康はずっと頭が良くて狡猾だ。家康は自軍の大名たちに裏で三成が糸を引いて毛利を動かし、豊臣家を乗っ取ろうとしていると説き、あっさりと意見をまとめて東軍を結成してしまう。
輝元は最初から勝ち戦だと楽観視している。よって手出しはできないとたかを括っていた家康があっさりと軍をまとめて引き返して来たことで大いに焦り、味方の出馬の催促を無視して、最後まで大坂城から動かなかった。
つまり西軍は大軍勢ではあるものの、総大将が不在という致命的な欠点を抱えていたのである。
こうして実物の輝元を見ると、三成や直江兼続などと違って、才覚を感じない。肝心のところで頼りになさそうな男だと感じた。
その点、頼りがいのありそうなのは、副将を務める宇喜多秀家のほうだ。この時29歳とまだまだ若く、血気盛んで豊臣家への忠誠心も戦意も高い。
「味方の到着を待つのはいいが、俺はもう動くぞ」
その秀家が猛々しく言い、輝元と三成は面食らった。
「いずこへ行かれまするか」
「まずは伏見城を取る」
大坂城からほど近くにある伏見城は、家康が実効支配している。
たしかに西軍がこれから近江や美濃、北陸や伊勢方面へ進出しようと思えば、なによりも最初になんとかしなければいけないのが伏見城だ。
「この俺が先陣を切って伏見城を落とし、開戦の火蓋を華々しく飾ってやる」
この時代の武士というものは先陣、つまり戦場での一番乗りや先駆けといったことに異様なこだわりを見せる。味方の最前線に立つのは当然最も危険な役目だが、それを負ってこそ武士の誉というものなんだろう。
「まあ、そう焦らずとも良いのではないか」
今にもこの場から立ち去り、出陣のお触れを出さんばかりの勢いな秀家とは対象に、輝元はのんびりとして扇子なんかあおいでいる。
「伏見城攻めに掛かるのは、わが軍が形を成してからで良かろう」
「毛利殿の仰る通り、伏見城の守備兵は鳥居元忠はじめわずか1,800。急がずとも即座に陥落せしめることでしょう」
ふたりにそう言われ、秀家は不満げに押し黙った。
輝元も三成も、甘い。実際の伏見城は西軍が4万の軍勢で包囲しても、10日以上も持ちこたえている。伏見城の戦いが長引いたことで、西軍は美濃・伊勢方面への展開が大きく遅れてしまうことになる。
そしてこうした展開の遅れが西軍の敗因のひとつである、軍勢をばらけさせて関ヶ原に戦力を集中させられなかったことに繋がる。
可能な限り迅速に、美濃方面へ西軍を集めなければならない。
そのために、俺としては今から動いておくべきだろう。
予測はついていたが、やはり輝元は頼りにならない。
ひとまずの話し合いが終わったところで俺は三成に頼み、輝元を除いた四名で再度話し合いの場を設けて貰った。
「やはり私はすぐにでも動くべきだと思います」
秀家は総大将である輝元を抜きに軍議を再開したことを怪しんでいたが、俺が開口一番そう切り出すと、途端に目の色を変えた。
「ほう、軍師殿も俺と同意見か」
秀家には初対面の時に、自分は石田三成の軍師であると伝えている。
「聞くところによりますと、毛利様が西の丸に入る際に、留守居役の家康の配下を追い出したとか」
「ああ。佐野綱正以下総勢500人ほどだと聞いている」
「城を追い出された彼らは、直ちに伏見城へ入るでしょう。さすれば伏見城の守備兵は増えて2,300人ほどになります」
「ふん。俺が率いて来たのは1万7,000だ。たかだか500人程度増えたところでどうということはない。即座に踏み潰してくれるわ」
やはり秀家は自信家で、血気盛んだ。少し織田秀信に似ている。
違うのは率いている軍勢が紛れもない大軍であることか。
「はい、むしろ人員補充のあった今が絶好の攻め時と存じます」
「ほう、何故だ?」
「秀家さまからすれば500人は取るに足らぬ少数ですが、1,800人からすれば心強い援軍です。また軍を率いることのできる佐野綱正の入城により、伏見城内では大掛かりな配置換えが行われるでしょう」
「その通りだ。つまり城方の準備の整わぬうちに攻めるのだな?」
「御意にございます」
「人数の増えた今こそが、反対に好機ということか。面白い」
秀家はそう言うと、膝をぴしゃりと叩いた。
「三成殿、聞いたか。俺はこやつの策が大いに気に行ったぞ!」
そして三成が口を開くよりも先に立ち上がってしまう。
「善は急げと言う。俺はすぐに輝元殿を説得して出馬の許可を得る。許しを得れば軍勢を率いてただちに伏見攻めだ」
思った通り、秀家はかなり直情で動くタイプらしい。
「そちも攻め手に加わってくれ。何人連れている」
「ひとりもおりません」
「なに?」
三成の家臣という身分で、しかも軍師の役割を与えて貰いながら、手勢をひとりも召し抱えていない。我ながらおかしな奴だと思う。
それを聞いて秀家は嬉しそうに笑うと、
「なるほど、武功をあげるにはその身ひとつと頭脳があれば十分ということか。ますます気に入った。この戦が終われば、俺のところに来い!」
返事を待たず、はっはっはと笑いながら部屋を後にした。
本当にノリと勢いのまま、輝元の所へ直談判に行ったようだ。
「これで良かったのか?」
秀家の高笑いが聞こえなくなるのを待ってから、三成が俺に話しかけた。
「はい。伏見城は一刻も早く落とさなければなりません」
「しかし太閤殿下が精魂込めた天下の名城。いかに宇喜多殿といえど、そう易々と落とせまい。やはり味方の到着を待ってから始めるべきではないか」
三成の意見も分かる。というか普通に考えれば、西軍の足並みを揃えるという意味でもそうした方がいいに決まっている。
「宇喜多殿の兵は、岡山から大坂に到着したばかりで疲れております。どれだけ急いでも、開戦は明日か明後日になるでしょう。今より、そして伏見攻めが始まってから大坂に到着した諸大名を、そのまま伏見へ送るのです」
「なるほど、毛利殿の招集に応じた諸大名は、とにかく戦果をあげたい一心じゃ。前のめりになって伏見城へと雪崩れ込むでしょうな」
左近が補足を入れてくれる。
その通り、先ほども言ったように先陣には重要な意味がある。それが初戦ともなれば尚更だ。宇喜多や石田勢だけに手柄を取らせるわけにはいかないと、西軍についた大名たちは我先にと攻め手に加わるだろう。
史実の伏見城の戦いでは、西軍全体の闘志に火がついていなかったこともあり、距離を取って銃撃戦を行うだけでいたずらに日時と弾薬を費やしている。
これで伏見城は史実よりもずっと早く落とせるだろう。俺は西軍の勝利に向けて、こうしてひとつずつ歴史を変えていかなくてはならない。
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