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信長の孫

 その翌日、俺はまたもや三成に呼び出された。


「権兵衛、俺は()つぞ」


 俺の顔を見るなり、三成は力強い言葉でそう言った。三成が謹慎処分を受け、ここ佐和山城に引き籠ってもう一年が経つ。ついに城を出る時が来たらしい。


「大坂へ行かれるのですね」

「さすが、お見通しだな」


 史実だと三成は吉継と安国寺との会談を終えた後、すぐさま大坂城へ向かっている。目的は前田玄以(まえだげんい)増田長盛(ましたながもり)長束正家(なつかまさいえ)の三奉行を仲間に引き入れることだ。

 正確に言えばいまも三成は謹慎中の身だが、もはや家康に反旗を(ひるがえ)すと決めた以上、守る必要もないということだろう。


「三奉行は説得できそうですか?」

「ああ。これを朝まで掛かって書き上げた」


 三成の手には恐ろしく分厚い書状が握られている。

 ということはあれからほとんど寝てないということだ。


「家康に対しての弾劾状(だんがいじょう)ですね」

「ああ。内府(ないふ)(ちか)いの条々と題した」


 俺は三成が書き上げたその中身をすべて把握しているわけではないが、たとえば「罪のない上杉景勝(うえすぎかげかつ)の征伐を行った」「不当に大坂城西の丸を占拠した」など、家康の罪状が数行にもわたって書き連ねてあるものだ。

 現代風に言うなら、告発状とも言い換えていい。

 さらにこれを家康に叩きつけるということは、宣戦布告の意味もある。


「これに三奉行の署名をもらい受けた後、家康の下へ送らせる」

「お味方の方はどうでしょう」

「三奉行の名を持って毛利に大坂城へ入るよう要請する。後は安国寺が上手くやってくれるはずだ」


 112万石の毛利輝元(もうりてるもと)が動くとなれば、三成が前もって連絡していた宇喜多や小西など三成と関係の深い大名、豊臣家に忠誠を誓う大名、家康を憎む大名、そして自分の所領拡大を狙う勝ち馬乗りの大名などが続々と名乗りを上げる。

 こうして西軍は瞬く間に10万人近くの大軍勢に膨れ上がるのである。


「俺は刑部(ぎょうぶ)に言われた通り、あくまで影として動くつもりだ」


 三成の言う通り、三成が西軍のなんらかの役職に就いていたという資料は残っていない。これは三成を嫌う大名たちが家康の味方にならないための配慮だ。


 しかし後世に残っているように「西軍の総大将は毛利輝元であるが、実際に率いていたのは石田三成」という認識は広く知られることになる。三成の思惑通りにはならず、これは東西両軍共通の認識になってしまうだろう。


「大坂へはくるまで行かれますか」

「いや、大坂城はひと騒動起こる。目立つことは避けたい」

「ひと騒動ですか?」


 なんだろうと思ったが、すぐに思い出した。

 三成は会津征伐に出ている諸大名が家康に味方することを防ぐため、大坂城の屋敷に残されている大名の妻子を人質に取るという作戦を決行したはずだ。

 当然ながら留守居を預かる者たちは大坂から妻子を逃げようとするため、それをさせまいとする西軍とひと騒動起こることになる。


 なかには人質になることを拒否し、屋敷に火を放って自刃した細川忠興(ほそかわただおき)の正室、細川ガラシャの一件など、ひと騒動どころで終わらないような悲劇にまで発展してしまい、三成はこの人質作戦を後悔することになる。


 さて、どうしたものか。

 ここで俺が人質作戦を止めるように説得することもできる。実際にこの作戦は効果がなく、東軍の戦意を削ぐどころか、むしろ妻子を人質に取られたことで、三成憎しの感情の火に油を注ぐことになってしまう。


 しかし人質作戦をやらなければ、事態が好転するわけでもない。人質がいなければなおのこと三成の敵に回るだけだ。


 ここは黙って三成のしたいようにやらせるのが正解だろう。


「では、私はなにをすれば良いですか?」

「そのことだが、権兵衛には岐阜城へ行ってもらいたい」

「え?」


 てっきり俺も一緒に車以外の手段で大坂へ行くと思っていたが。

 まさか反対方向とは思わなかった。


「岐阜城主は誰か分かるか」

「織田秀信(ひでのぶ)さまですね」

「そうだ」


 織田秀信は織田信忠(のぶただ)の嫡男で、言うなれば信長の孫である。

 信忠は本能寺の変にて明智軍に攻められ、二条城にて自刃している。信長と信忠を同時に亡くした織田家の家督を誰が継ぐかという争いになった際に、秀吉が(かつ)ぎ上げたのがこの秀信だ。このときわずか3歳だったという。幼名は三法師。


 結局のところ、秀吉が織田家臣団のなかで勢力を伸ばすため利用されたに過ぎない。さらに織田家は天下統一を果たせず、秀吉がその座に君臨してしまった。

 これだけ聞くと、現在の豊臣家に恨みを持っていてもおかしくはない。


 しかし実際のところは真逆で、秀信はむしろ秀吉に恩義を感じていたという。

 秀信は立派に織田の家督を継ぎ、現在は美濃国13万石と岐阜城、そして岐阜中納言の位まで手にしている。三成などと比べて秀信が豊臣政権下で特に目覚ましい活躍をしたわけでもないことを考えれば、破格の待遇だ。


 信長の孫ということで、秀吉から特別待遇を受けていたのは間違いない。


「権兵衛には、なんとしても岐阜中納言殿を味方に引き入れてほしい」


 なるほど、その秀信に加担のお願いをしに行けと言うのだ。

 史実で秀信は西軍についているが、これまでの経験上、なにもしなくとも事がズムーズに進むとは限らない。もしかしたらまたなにかズレが生じて、俺が必死の説得をするはめになるかもしれない。


「分かりました」


 今度は信長の孫が相手か。正直どんな人物なのか想像もつかない。

 まがりにも三成の家臣相手に滅多なことはしないだろうが、あの信長の血を受け継いでいるというだけで、現代人ならばみな関わりたくないと思うはずだ。


「本来なら俺が直々に会うべき相手だが、俺は大坂で奉行を説得し、毛利を引っ張り出さねばならん。そこで信頼できる者に託すことにした」


 ありがたい言葉だ。もちろん三成が最も信頼しているのは腹心の島左近だろうが、左近は三成と一緒に大阪へ行く必要があるんだろう。

 なんとしてでも味方に引き入れたいと欲する大名の説得に当たらせてもらえるとは、家臣としては喜ぶべきだが……


「ひとつお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ」

「殿は織田家が重要になると読んでおられるのですか」


 三成がなんとしてでも、という言葉を使ったのが気になる。

 味方はひとりでも多いほうがいいのは間違いないのだが、三成がここまで今の織田家を重視する理由が知りたい。


「正しく言うと、織田家よりも岐阜城だ」


 三成の言葉に、俺は純粋に驚いた。

 歴史を知る者からすれば、関ヶ原が決戦の場所なのだから、そこから近い岐阜城が重要なお城になることは当たり前だと感じるだろう。しかし現時点では、関ヶ原で戦をすることになるなどと、誰もが夢にも思わないはずだ。


「岐阜城が、家康との戦いで重要になると?」

「そうだ。家康と雌雄を決することになるのは、江戸でも会津でも大坂でもなく、美濃の地になるかもしれん」

「それを――」


 なんで知っているんですか、と言いかけて危うく止めた。

 危ない危ない。


 会津の上杉と協力して、家康を東西から挟むなんて壮大な策を立てておきながら、日本の真ん中が主戦場になると踏んでいるとは。それでは自分の策が思い通りにならないことを分かっているみたいじゃないか。


「刑部が言っていたように、家康は俺の挙兵を読んでいるかもしれん。家康が会津行きを取りやめ、軍勢を反転させて西へ上がって来た場合、こちらとぶつかるのは美濃あたりになるだろうと踏んだのだ」


 なんということだ。実際の三成はここまで読んでいたなんて。

 俺が前もって家康の動きを伝える必要があると思っていたのに。


「だから岐阜城をはじめ、大垣城や竹ヶ鼻城など美濃にある城をことごとく自軍に引き入れねばなるまい。もし家康が来ずともこちらが東へ軍を進めるには、大坂から美濃までを手中に収めておく必要があるだろう」


 たしかに美濃から先は、会津征伐に向かっている大名たちの根城が続く。攻めるにしろ守るにしろ、美濃が重要地点になるのは変わらないということだ。


「よって権兵衛、岐阜城を手に入れることは重要な任務だ」


 だから三成はなんとしてでも、と言ったのか。


「はい。必ずや説得いたします」

「頼んだぞ」


 これは信長の孫なんて関わりたくないとも言っていられなくなった。

 祖父のように短気な性格でなければいいが……

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