世界線を越えて
「先輩。それでうちらはどうするっすか?」
吉継と安国寺を交えた会議の内容と、三成とふたりで話したことを双子姉妹に伝えると、俺が話し終わるなり詩羽はそう言った。
「先輩。ついに覚悟を決めたんですね?」
文羽も真面目な口調でそう続ける。
このふたりの言っていることは、聞いてみなくとも分かる。未来を知る者として、石田三成の家臣として、今後どう立ち回るかということだろう。
つまり関ヶ原の戦いで石田三成を勝たせるか勝たせないか。
歴史を変えるか変えないか、という話だ。
「これはとある理論に出てくる言葉なんだけどな」
俺の中ではすでに方向性は固まりつつある。
あとはこのふたりに、どう説明するか。
「世界線、というものがあるらしい」
「世界線?」
「ああ。それぞれが異なる歴史を持つ世界の線を指す言葉なんだが、つまり時間というものは一つの流れではなく、異なる世界がいくつも存在するらしいんだ」
俺は歴史オタクだから、こういう物理の話をなかなか言葉にするのは難しい。
「なんか急にSFチックな話になってきたっすね」
「ヒュー・エヴェレット3世による多世界解釈ですね」
知っていたのか。さすが文羽だ。
「その理論をあえて鵜呑みにするのなら、俺たちは単純にタイムスリップしただけでなく、世界線ごと移動したということになる。つまり俺たちがいるこの時代が、俺たちの元いた時代に繋がっているとは限らない、って話だ」
これで上手く伝えられているだろうか。特に詩羽は不安だ。
「えーと、つまりうちらが最初に佐吉くんを助けたことで、いまうちらがいる世界と、佐吉くんが助からなかった世界のふたつに分岐した、ってことっすか?」
おお、正解だ。これなら本題に入って大丈夫だろう。
「ああ。俺たちが三成を助けて車に乗せてしまった時点で、すでに世界線は変わっている。つまり世界線の理論で言えば、今いる世界はすでに俺たちのよく知る現代と繋がっていない、まったくべつの世界なんだ」
これまで俺は、歴史を変えてはいけないと思っていた。
むしろ俺の知っている通りの歴史にするため、直江兼続に作戦を伝えたり、大谷吉継を説得したりしていた。
「それで、どういうことすか?」
「…………」
「先輩。ウタにも分かるようにハッキリ言って」
「なんかフミは馬鹿にしてないすか?」
この双子姉妹は相変わらずだ。この世界に来て一年以上が経過しているのに、ちっとも戦国の世に染まることはない。
しかし俺はあまりにも深いところまで染まってしまった。もはや史実通りだと言って、三成や左近を見殺しにはできないところまで深く関わってしまった。
「俺は石田三成の作る国が見たい。だから俺は三成を勝たせる」
「おっけーっす」
いや、軽すぎだろ。
「それは全然良いんすけど、それじゃあ世界線がどうのとかみたいな話はなんだったんすか?」
「伝わってなかったのかよ」
さっきの正解はなんだったんだ。
「先輩は今私たちのいる戦国時代が、私たちのいた現代とはまったく違う世界だから、歴史を変えても良いという結論に至ったということですね?」
その通り。本当に文羽には頭が上がらない。
「ああ。関ヶ原の戦いで言えば、東軍が勝った世界線が俺たちの元いた世界だ。しかし西軍が勝ったところで歴史が変わるかというと、そうじゃない。西軍が勝ったべつの世界線が始まるだけだ」
「なるほどっす」
詩羽がわざとらしくうんうんと大きく頷いている。
本当に分かってんのか?
「だから俺たちがどれだけ歴史を変えようと、俺たちが生まれてこなくなり、今の俺たちが突然消えてしまうとか、そういうことにはならないはずだ」
とはいえ、これは俺の「そうであってほしい」という希望的観測そのものだ。
自分がこれからしようとしていることについて、体の良い言い訳を見つけたに過ぎない。やはり心のどこかに、未来人が日本の歴史を変えてしまうことの恐れのようなものがあるのかもしれない。
「ああ、そういうことすね。おっけーっす」
だから軽すぎるだろ。
「お前、本当に分かってんのか?」
「もちろんっすよ。ていうか先輩が決めたんなら、うちらはそれに従うっす」
「うちらって、私も勝手に入れないでよ」
「え? フミは先輩に反対しないっすよね?」
「それはそうだけど……」
「こう見えてうちらふたりとも、先輩を信用してるんで。先輩の決めたことなら絶対にきっとたぶん間違いないっす」
話してる最中にどんどん信用が怪しくなってないか?
「それに忘れたんすか?」
「なにをだよ」
「うちらの推しっす」
「それはあんまり関係ないんじゃ……」
詩羽は大谷吉継で、文羽は石田三成推しだったな。
「もしかして推しがいるから西軍を勝たせるのに賛成ってことか?」
「そうっす」
なんだか俺のことを信用しているって話よりも、説得力がある。とはいえこのふたりが歴史を変えることにあっさり肯定してくれるとは思わなかった。
「それじゃあ今後は、本気で西軍を勝たせるために動くぞ」
「了解っす!」
「はい」
「でも、どうやったら勝てるんすか?」
「…………」
「…………」
問題はそこだった。
ぱっと思いつくのは、裏切る武将を排除することだ。
小早川秀秋、脇坂安治、朽木元綱、赤座直保、小川祐忠、京極高次。
小早川から小川までの5将は、言わずもがな関ヶ原の戦いで裏切り、西軍壊滅の理由になった者たちだ。彼らは裏切るというよりも、関ヶ原が起こるずっと前から東軍と内通しており、はじめから東軍だったとする新説まである。
京極高次に関しては西軍として吉継の指揮下で動いていながら関ヶ原の起こる直前に裏切り、軍勢を率いて居城の大津城(現在の滋賀県大津市)に閉じこもってしまう。今も昔も大津は交通の要所であるため無視もできず、結局西軍は1万5,000人もの兵力を割いて大津城を攻めることになる。
この大津城が開城したのは、なんと関ヶ原の戦いが起こった当日。西軍は1万人以上の兵力を関ヶ原に投入できなかっただけでなく、毛利元康や立花宗茂といった、西軍にとって数少ない「まともに戦う気のある武将」が間に合わなかった。
本気で西軍を勝たせようと思うなら、これらの人物の行動をあらかじめ三成や左近に伝えるべきだろう。
「小早川らが裏切らなければ、西軍は勝てるっすか?」
「勝てる」
それは自信を持って言い切ることができる。
そもそも家康は毛利が動かないこと、小早川が東軍として参戦するという大前提があって、関ヶ原での戦いを始めている。西軍が傍観したり裏切ったりすることなくまともに戦えば、西軍は絶対に負けない布陣だ。
それに西軍は石田・小西・宇喜多・大谷らの合計3万人ほどしかまともに戦っていないというのに、戦況を有利に運んでいたとされている。たとえ毛利が動かなかったとしても、小早川さえ裏切らなければ勝てていたくらいだ。
「毛利を動かすか、小早川を裏切らせないか。このどちらかに成功すれば、もう片方もまともに戦ってくれるはずだ」
毛利が動けば小早川も裏切りを取りやめ、普通に山を下りて戦うはずだ。
そして小早川が裏切らなければ西軍はかなり有利になり、そうなれば戦況を見守ると決めた毛利も、動かざるを得なくなるだろう。
「でも……それってかなり無理ゲーじゃないすか?」
「石田三成の家臣という立場だけでは、厳しそうですね……」
ふたりの言う通りだ。俺は三成の信頼をかなり得ていると自負しているが、あくまでも石田家の家臣団の中での話だ。
向こうからすれば俺は三成のいち家臣に過ぎず、毛利や小早川なんて三成よりも格上の大名に、意見や説得などできるはずもない。
今にして思えば、直江兼続や大谷吉継はまだ楽な相手だった。
彼らは三成のことを好いており、その家臣である俺に対しての扱いも丁寧だったため、俺の話を聞いてくれたに過ぎない。
ここからは発言どころか、面会すらもなかなか赦されないであろう相手になる。
「もしかしたら、かなり強引な手を使わないといけないかもな」
「裏切ると分かっている武将を殺っちゃうんすか?」
「なるべくなら使いたくない手だけどな」
それをやるとなると、どうしたって左近の協力を得なければならないだろう。
しかし俺が「あいつら裏切るんで今のうちにやっちゃってください」と言ったところで、本当に行動してくれるのか怪しいものだ。
「殿に頼んで、関ヶ原に参戦させないようにするのはどうですか?」
「聞き入れてもらえるかどうかは怪しいが、やってみよう」
それが策としては一番無難な気がする。
しかし小早川がいなければ西軍は兵力が足りないだろうし、毛利が動かなければ結局はジリ貧になって負けてしまうだろう。
小早川が大津城を攻め、代わりに立花宗茂らが関ヶ原にいてくれれば、ワンチャンどころか希望が見えるかもしれない。
「俺も良い策がないか考える。ふたりも考えてみてくれ」
「おっけーす」
「分かりました」
今後も何度か俺たちだけで会議をする必要がありそうだ。
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