大一大万大吉
三成が天下太平のために武士の数を減らそうとしており、そのために武士の象徴である徳川家康を滅ぼそうとしていることは分かった。
しかしそのうえで、どうしても気になることがある。
「豊臣家はどうなりますか」
豊臣家とて、武力で天下を統一して樹立した政権だ。
「徳川がそうなら、豊臣も武士の象徴かと思いますが」
「豊臣家は武士ではなく、日本とその民の象徴であるべきだ」
その言葉を聞いて、つい眩暈がした。
象徴だと? そんな文言は数百年後の未来で憲法の第1条に記されることだ。
この男にはどこまで先が見えているんだ。
「豊臣家は武家ではなく、公家としてこの国の象徴になっていただく。そうすればいつの世までも滅ぼされることはない」
豊臣家を天皇に近しい存在にするということか。
「豊臣家はあくまで象徴であり、統治はしないということですね」
「その通りだ」
俺が言うと、三成は驚いたように目を見開いた。
「この話を人にするのは初めてだが……やはり権兵衛に話して正解だったな」
感心したように三成は深く頷く。
「俺の話を理解できるのは、権兵衛しかいないと思ったのだ」
「そんなことは……」
否定してみたが、その通りだと思う。
三成の発想は、この時代の人間には到底理解できない考えだ。
「豊臣家は民を統治せぬ。かといって武士に統治させるわけにはいかない。ならば誰がやる。それを俺はずっと考えているが、まとまらぬ」
そこで三成は言葉を切り、俺のほうを見た。
「権兵衛はどう思う」
「殿はもうすでに、答えに近いところまでたどり着いていると思います」
「答えに近いところ?」
三成自身がさっき自分で言ったことだ。
現在は民を統治し、政治を取り仕切るのは武士の仕事になっている。しかし武士である必要はなく、さらに武士ではないほうが、民の統治は上手くいくはずだと。
「民の中から代表を決めてはいかがでしょう」
「代表を?」
「はい。民に権利を与え、この人に政治を任せたい、この国の行く末を託したい、と強く思う者に札を入れさせ、代表となる者を決めるのです」
「なんだと……」
三成の目が、驚きでさらに見開かれた。
「民が選び、選ばれた民が、民のために統治するということか……」
三成は癖である顎に手をあてて、熟考する。
今しがた三成の発した言葉は、とある偉人が演説で発した言葉と似ていた。
「なんということだ。そのような考えがあったとは。しかしその民が権力を持ちすぎてはいけない。それで不満を持つ民が出てきたら、また戦になるだろう。それでは再び戦乱の世に逆戻りではないか」
「その者にすべての権力を持たせるわけではありません。何故ならあくまでも民の代表であって、支配者ではないからです」
「しかし民を統べる以上、実効支配するものが絶対に必要だ」
三成はさすがに鋭い。その通りだ。
しかしこの話には続きがある。三成が理想とする国作りには、現代の選挙システムを採用するだけでは足りない。
「いいえ。人の上に人を作ってはなりません」
「なんだと? では、なにが人の上に立つ」
「法です」
「法、だと……」
「はい。人ではなく法で統治するのです」
この時代にも、じつは法という概念は存在する。
戦国大名はそれぞれの所領を統治するために、独自の法律を作っていた。そのことを分国法といい、いま話している三成こそ佐和山で善政を敷き、民に慕われていた者として有名だ。
現在は統治する大名、つまり土地土地によって法やルールはバラバラだ。それを日本という大きな枠組みで統一された法を作らなければならない。
よって選挙と法治国家、両方のシステムが必要だ。
「なるほど、法が民を統治するのか」
「そしてその法自体も、民同士が話し合って決めます」
「そうか、それならば武士はいらなくなる。いや、それどころか身分そのものがなくなる」
「はい。すべての民が法の下でみな平等である――それこそがこの国のあるべき姿であり、そして殿の目指すべき姿ではないでしょうか」
「一人が万人のため、万人が一人のために尽くせば天下は太平になる……か」
大一大万大吉。三成の掲げた旗印が意味するものだ。
「権兵衛、礼を言う。そなたのお陰で俺の道は開かれた」
三成はそう言い、あろうことか頭を下げた。
こちらが焦ってしまう。大名のすることじゃない。
いや、それをやるのが三成という男か。
そもそもこの世から武士や身分制度をなくそうとする者には、大名の威厳なんてものは必要ないのだろう。
三成はこの国の未来のために易々と自分の命を賭けるような男だ。
「そなたのような者を臣下にできて、俺は嬉しく思うぞ」
「いえいえ、勿体ないお言葉です」
「伏見の山中で権兵衛と会えたことは、昨日のことのように覚えている」
そりゃ自動車で轢いてしまったからな。印象は強烈だろう。
「あの時、俺はそなたたちが必要になると感じ、くるまに乗ることに決めたが……やはり俺の勘は間違っていなかったようだ」
そういえばそんなようなことを言っていた。
左近は殿の勘はよく当たると言ったが、その通りだったらしい。
「権兵衛」
「はい」
「これからもどうか末永く俺のそばに仕えてほしい」
「…………」
三成の真剣な眼差しが向けられている。
俺の返事は決まっている。可能であるならば俺もそうしたい。吉継が言ったように、俺も三成の作る新しい国を見てみたい。
しかし三成の夢は夢で終わる。三成が六条河原で斬首されたのは10月1日。三成の命はもはや数ヵ月しか残されていない。
だから末永くどころか、俺が三成に仕えることもあと僅かの期間だけだ。
「はい」
だが、そうはさせない。
俺はこれまで歴史を変えることを恐れていた。ほとんどまわりに流されるまま、その場しのぎで身勝手な発言を繰り返し、ここまで来てしまった。
いい加減、このあたりで覚悟を決める時なんじゃないだろうか。
「永遠にお仕えいたします」
俺は石田三成を死なせはしない。
そう決めた。
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