三成と武士
石田三成が挙兵するための成功条件はおそらく4つ。
一、上杉景勝と家臣の直江兼続を味方にする
一、盟友の大谷吉継を味方にする
一、大大名の毛利輝元を味方にする
一、増田、前田、長束の三奉行を味方にする
今のところ上2つは確定し、毛利家の説得も外交僧である安国寺恵瓊に任せておけばなんとかなるだろう。残る三奉行に関して俺はまだ会ったことがないので分からないが、おそらく三成に掛かれば簡単に事が進むだろう。
とはいえ、問題はここからだ。
毛利に加担の承諾を得るため苦労した三成にとっては酷な話だが、毛利家に属する軍勢はほとんど戦わずしてこの戦いを終える。
そして毛利のネームバリューに引き寄せられるように、多くの大名が三成に味方することになるものの、その中には裏切者が数多く存在する。
ここからは挙兵の条件ではなく、石田三成が勝利するための条件を1つ1つクリアしていかなければならないが、そうなると難易度が跳ね上がる。どのくらい課題をこなさなければいけないのか想像もつかない。
「権兵衛」
会合が終わり、このことを双子姉妹と相談しようと自室に戻ろうとしたところ、三成に呼び止められた。
「暫しふたりで語ろう」
改まって、そんなことを言う。
そういえば三成とふたりだけで話すのは、襲撃事件の後で御礼に刀を貰った時以来だ。その後は三成が謹慎処分を受けてしまい、手紙を書くために部屋にこもりきりだったのもあって、ほとんど顔も合わせていない。
まさかこのタイミングで三成と話す機会を得るとは。
「はい」
俺は短く返事し、ついて来いとばかりに先を行く三成の背中を追う。
三成が選んだのは、奥の間だ。三成が人払いをして安国寺とふたりで会合した場所であり、それだけ今からする話が重要であるということだろう。
「まず刑部を説得してくれたこと、改めて礼を言う」
「私はなにもしていません」
謙遜ではなく、事実だ。俺はただ吉継を車で垂井まで送り届けただけだ。詩羽が持ち前の明るさと人懐っこさで、吉継の心の壁を壊してくれたことが大きい。
「それから先ほども見事な献策であった」
「私には過ぎた賛辞です」
献策とは作戦を上の者に申し述べることだが、果たして策と呼べるか怪しい。三成と家康だったら家康のほうが嫌われている、と言っただけだ。
「いや、これまでのそなたの働きは見事だ。俺がここまで円滑に事を進められたのも、そなたの尽力によるところが大きい。よって恩賞を与えたい」
「…………」
どうしよう、ぶっちゃけ必要ない。
俺たち3人の衣食住を面倒みて貰っているのだから、それで十分だ。
「そこで所領を与えたいのだが、どうだろうか」
ちょっと待ってくれ、所領って褒美に土地をやる、ということか。
冗談じゃない。土地なんて持ってたまるか。
「せっかくのお話ですが……」
現代であれば滋賀県彦根市の土地なんて二つ返事で喜んで貰うところだが、この時代に土地を持つということは、そこに住む人間とそこで作られたお米を支配するということだ。はっきり言ってどちらも必要ない。
「うむ、権兵衛は固辞するだろうと、左近も言っておった」
さすが左近、俺のことを分かってくれている。
「ならばそなたの望みを聞こうと思う。遠慮なく申してみよ」
それはそれで困る。
どうする。土地も兵士もいらないし、かといってお金もいらない。
そもそも俺みたいな普通の大学生が、いまのように軍師のような発言力のある立場で召し抱えられているというだけで、身分不相応もいいところだ。
「それでは、また殿とこうして話す機会をお与えください」
「なに、俺と話すだけで良いのか」
「はい。私にはそれで十分です」
現代の歴史好きからすれば、戦国大名と話す機会ほど欲しいものはないだろう。
それに俺の意見や要望を三成に直接聞いてもらえる機会を設けておくのは、今後どういう立ち回りをするにせよ、絶対に役立つはずだ。
「そなたは誠に変わっているな」
俺の言葉がよほど予想外だったのか、三成は困惑した表情を浮かべる。
「そなたの本質は、やはり武士ではないようだ」
この時代の武士であれば、自分の出世を何よりも望むはずだ。多くの土地を持ち、多くの臣下を抱え、そしていずれは天下を目指すというのが普通だ。
それは現代にも言える。会社などの組織に属するのであれば出世を望むし、起業した者ならば会社を大きくすることを望むだろう。
「権兵衛の本質は、がくせいにあるのだな」
「はい」
「学に生きる、か。俺は素晴らしいことだと思うぞ」
三成に褒められるとは、大学受験を頑張って良かったと思える。
実際はそこまで偏差値の高い大学ではないけれど。
「俺は武士のいない世の中にしたいと思っている」
「へ?」
あまりにも唐突な言葉に、また変な声を出してしまった。
「いないは言い過ぎた。武士の数を減らしたいと思っている」
だとしても衝撃の発言だ。
「どういうことですか?」
「そのままの意味だ」
申し訳ないが、まったく理解が追い付かない。
そもそも三成自身が武士ではないのか。
「そもそも武士とはなんだ。俺は常日頃そう考えている」
武士とは戦闘を家業とする身分、あるいは階級だ。
三成のことだから、武士とは生き様なのだという話ではないだろう。
「農民は田畑を耕す。職人は物を作る。商人は物を売る。では、武士とは?」
「……戦う者です」
「そうだ。武士は戦うことしかできない。そんな者が必要か?」
三成の言っていることは極論、いやこの時代では暴論だ。
武士が武士を否定するとは。
「しかし民を統治し、政治を取り仕切るのも武士の務めです」
「それならばべつに武士でなくとも良い。むしろ武士ではないほうが、民の統治は上手くいくのではないか」
それはもっともだ。ぐうの音も出ない。
「武士がいるからこそ争いが起こる。それでこの国はいつまでも長く続く戦乱から抜け出せずにいる。この国から戦をなくすには、どうしたらいい」
「……天下を統一することです」
「そうだ。とはいえ一度は太閤殿下が統治したが、家康のような者が後からいくらでも湧いてくる。武士がいる限り、この国から戦はなくならぬ」
その通りだ。ならばどうする。
三成の言う通り、武士の数を減らす。そうするしかない。
「俺が家康を倒さねばいけないと思うのは、家康が武士であるからだ」
またもや衝撃の事実だ。
三成が命を賭して家康に挑むのは、豊臣家を守るためではなかったのか。
「俺が思うに、家康こそ真の武士だ」
その言葉、この時代においては最大級の賛辞ではないだろうか。
「だから家康は倒さねばならん。徳川の天下になれば、武士の時代が未来永劫続くかもしれん。そうなればこの国に未来はない」
三成の言うように、徳川の天下は約260年も続く。
戦乱の世は終わったものの、武士という身分は残る。
「いずれは武士が不要となる世の中になるはずです」
「だろうな。諸外国から国を守れるだけの人数がいればいい」
自衛隊。武士ではないが、そんな言葉が浮かんで消えた。
「これは豊臣家を守るためだけの戦ではない。武士の時代を終わらせるための戦だと俺は考えている」
三成が勝ち徳川家が滅びれば、三成は政治の中枢に戻ることが出来るだろう。
そこで武士の数に制限を作り、長い年月をかけて減らしてゆくに違いない。
左近は三成が豊臣家ご奉公の亡霊に取り憑つかれていると言った。
しかし三成はただ忠義のために動いているだけではない。それよりもずっと大きなもの、この国の先までを見据えているというのか。
俺は石田三成という男を歴史書で読んで、こうして実際に会って何度か話をして、分かった気になっていた。
しかし三成は俺が思っている以上にずっと賢く、大きい人物だったようだ。
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