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憎まれ者

 大谷吉継の加担(かたん)表明は、味方を大いに沸かせた。

 佐和山城には吉継が敦賀(つるが)から率いてきた3,000人に加えて、美濃垂井1万2,000石の平塚(ひらつか)為広(ためひろ)、秀吉の家臣であり2万石の知行(ちぎょう)を持つ戸田(とだ)重政(しげまさ)らの1,500人あまりを加えて、合計4,500人ほどが佐和山城に入った。

 三成が動員できるのが5,000人とすれば、それだけで1万近い軍勢になる。


 もちろん味方にとって心強いのは、単純に兵数が増えたことではない。

 天下の名将と名高い吉継が陣営に加わったことが、なによりも大きいのだ。


 今日は三成と安国寺(あんこくじ)恵瓊(えけい)による密談が交わされる予定だったが、こうなれば予定変更だ。そこに吉継と俺たち家臣団を加えた軍議になった。

 歴史上では、これが西軍が形になってから最初の軍議ということになるだろう。


 そんな三成の人生を賭けた大勝負の始まりを告げる軍議にて、


此度(こたび)の挙兵は無謀(むぼう)であり、負け戦でしょう」


 吉継は何食わぬ顔でそう言い放ち、周囲の度肝(どぎも)を抜いた。


 三成の家臣たちは互いに顔を合わせ、吉継の両脇を固めるようにして座った平塚為広、戸田重政の両名も驚きに目を見開いている。

 このふたりは吉継が加担(かたん)するというから、三成の挙兵に応じることを決めたのだろう。それなのに負け戦とはどういうことだ、と思っているに違いない。


「大谷殿――」

「よい」


 たまらず左近が口を挟もうとしたところを、三成が素早く制した。

 動揺が走った家臣団と比べ、三成は眉ひとつ動かしていない。


「続けてくれ」

「では忌憚(きたん)なく言わせていただきます」


 そもそも最初の説得では、散々家康には勝てないと言われたのだ。しかし吉継は数日間考え抜いた末に、手のひらを反すように三成に味方すると言った。それでもなお、今回の挙兵は失敗に終わるという見解は変わらないらしい。


「三成殿は智慮(ちりょ)才覚(さいかく)においては間違いなく天下に並ぶ者はいません。ただ惜しむらくは人望がない。豊臣恩顧(おんこ)の諸大名の中であまりにも敵が多い」


 当の本人を目の前にしてはっきり「人望がない」などと言えるのも、このふたりの関係性があってのものだ。


「したがって、三成殿が(げき)を飛ばしたところで普段の横柄(おうへい)ぶりから、どれだけ豊臣家に対する忠義(ちゅうぎ)の厚い者たちも、徳川(がた)に付き従うことになるでしょう」


 吉継の言う通り、福島正則(ふくしままさのり)加藤清正(かとうきよまさ)といった、若くから秀吉に取り立てられ、出世して大名にまで上り詰めた者たちに、三成は異常なほど嫌われている。

 彼らは本来であれば、真っ先に豊臣家の為に立ち上がらなければいけない立場にいながら、三成憎しのあまり、史実上の関ヶ原では東軍に回っている。

 この世界でもそうなるだろう。


「よろしいかな」


 そこで安国寺恵瓊が口を挟んだ。頭を丸めており、どう見てもお坊さんにしか見えない。しかしれっきとした大名であり、大大名である毛利家の顧問格(こもんかく)という立場である以上、権力者という点では三成や吉継よりも上の立場にあるかもしれない。


「たしかに大谷殿の言う通り、三成殿は人から誤解を受けやすい。そして人の誤解を解こうともせず、そう思いたい奴はそう思っておけばいい、と諦めてしまう節がある。そういった態度がより横柄に見えてしまうようだ」


 旧友である吉継と比べて、三成と付き合いの浅い安国寺は、だいぶオブラートに包んだ言い方を選んだ。しかし付き合いは短いが流石は安国寺、三成の欠点をよく分かっている様子だ。


 安国寺の言う通り、三成は「馬鹿には好きに言わせておけばいい」と考えがちだ。そりが合わない者とは、腹を割って話し合うことも避けてしまう。三成から言わせれば時間の無駄なのだろう。

 それでさらなる誤解を生み、これまで多くの諸大名と仲違いを起こしてきた。それが積み重なったおかげで、豊臣政権の中で敵を増やしているのだ。


「しかしそれをいま言っても仕方のないこと。どうするか考えなければ」

「そうですね。それではまず――権兵衛殿に話を伺いたい」

「えっ」


 吉継から突然指名され、つい間抜けな声が出てしまった。

 なんてこった。完全に予想外だ。この場には大名が何人もいるのに、まさか自分に発言する機会が与えられるなんて。

 実際に安国寺や平塚、戸田らは「誰だそれは」といった顔をしている。


「権兵衛、苦しゅうない。遠慮なく申せ」


 三成にそう言われては、素直に話すしかない。

 くそ、最近になってこのパターンが多い気がするぞ。


「我々も同じことをすれば良いのではないでしょうか」

「同じことを?」

「はい。おそらく家康は石田三成憎しの感情を利用して、多くの諸大名を味方につけるかと思います。いま会津征伐に向かっている豊臣恩顧の諸大名が、そのまま我々の敵になる可能性が高いかと」


 これは一説として歴史に残っていることだが、おそらく事実だろう。


「そんな馬鹿な」

福島正則(ふくしままさのり)池田輝政(いけだてるまさ)は太閤子飼いの大名ではないか」

「それ本当だとすればとんでもない恩知らずじゃ」


 三成の家臣団から続々と怒りの声が上がる。

 福島や池田に限らず、関ヶ原で東軍についたほとんどの大名が秀吉に大きな恩があり、豊臣家を守りたいという強い思いを持っていた。しかし家康は言葉巧みにこれは豊臣と徳川の戦いではなく、敵はあくまでも石田三成であると主張した。

 さらに家康は「三成は豊臣家を勝手に私物化しており、自分が天下を獲るために挙兵したのだ」と説いた。元から三成を嫌っている大名たちはこれを信じて怒りを爆発させ、進んで家康の味方になったという。


「よって、家康が殿を憎んでいる諸大名を集めるならば、こちらも家康を憎く思う諸大名を集めれば良いのではないでしょうか」

「なるほど、それは良い考えですね」


 すぐに同意したのは、俺に発言の機会を与えた吉継だった。


「特に徳川と同じ五大老の毛利家と宇喜多家は、徳川が天下人のように振る舞うのは、内心思うところがあるでしょう。さらに徳川は前田家、上杉家と続いて有力大名の力を()ぎにきています。次は自分たちが標的になるのではないかと、内心穏やかではないはずです」

「その通り。特に此度の会津征伐に参加していない大名たちは、内心徳川を憎んでいる者が多いはず。毛利・宇喜多の両家が立ち上がれば、その者たちは雪崩を打って我々に加担するであろう」


 吉継に続いて、安国寺までも俺に賛同した。

 ここでふたりを納得させ、今後の方針が定まったことは大きいだろう。ひとまずは俺に意見を求めた吉継や、俺の主である三成の顔に泥を塗るような真似にならなくてひと安心だ。


「そこで拙僧(せっそう)としては」


 と、ここで安国寺の声が一際(ひときわ)大きくなった。

 これまでのは前振りで、ここからが本題だと言わんばかりだ。


「願わくば反徳川勢力の総大将に、毛利輝元を(たてまつ)るようお願い申し立てる。そのために大坂からここ佐和山まで(まか)()し申した」


 安国寺がそう言った途端、左近が三成に目配せした。

 左近は先ほど話した時に毛利家の力が強くなりすぎることを警戒していたが、それを三成に伝えようというのだろう。


「なるほど、総大将に輝元殿を奉れば、徳川打倒にぐっと真実味が増します。大阪より西国(さいごく)の大名はこぞって挙兵に応じるでしょう」


 吉継は同意するが、三成と左近は浮かない顔をしている。


「三成殿は輝元殿の影に徹し、内々(ないない)に事を運ぶがよろしかろう」

「…………」


 吉継の念押しに、三成は黙ったままだ。

 これでは徳川が毛利に代わるだけではないか、と杞憂(きゆう)しているのだろう。


 とはいえ毛利家の加担がなければ、絶対的に兵力が足りない。そして輝元のほかに総大将になるべき人物がいない。散々言われたように三成は憎まれ者であり、大谷吉継は病人であり、宇喜多秀家はまだ若い。


 三成の挙兵が成功するかは、毛利家の加盟が絶対条件だ。


「恵瓊殿、輝元殿の説得はおまかせする」


 三成の返答は、安国寺の提示したすべての条件を飲むことだった。

 まずは豊臣家にとって一番の大敵である、徳川家康を倒すことだ。後のことはまた考えを練ればいい――場合によっては、今度は毛利家を倒すために再び挙兵することになるかもしれない。おそらく三成はそう考えているだろう。


万事(ばんじ)、拙僧におまかせあれ」


 対して、安国寺は力強い言葉で言い切った。

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