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大谷吉継の夢

 そのまま五分ほど無言のまま走っただろうか。


「私は三成殿と話すのが好きでした」


 吉継は突然語り始めた。


「同じ太閤殿下に仕える者として、同じ豊臣政権の中枢に立つ者として、そして親しき友として、三成殿とはよく話をしました。今よりもずっと幼き小姓(こしょう)時代から、どうすればこの国は豊かになるのかと語り合ったものです」


 その頃を思い出したのか、吉継はそこで自嘲(じちょう)するように笑った。


「私たちは理想の世を語り合い、私は男女の話をしました。農耕でも物作りでも商売でも、あるいは武将として兵を指揮し、政を執る者として活躍する女性がいてもいい。何人(なんびと)たりとも才が殺されぬ国にしたい、と私は話しました」


 しかし、あの頃の私たちは青かった――吉継はそう続けた。


「やがて私たちは出世し、それぞれが一国一城を統治する大名にまで上り詰めました。しかしいざ国を作る側に立ってみると、小姓時代に語り合った理想の国作りとはどれほど難しく、(はかな)き夢であったと思い知らされました」


 吉継の考えは現代こそ当たり前だが、この時代では異端(いたん)と言っていいだろう。簡単に女性が活躍するといっても、その土台を用意することも困難なはずだ。


 なんといっても、戦乱の世であることが難しい。日常の中に国盗り合戦があれば、男性が主役になるのはどうしたって避けられない。平和な世の中だからこそ、女性が活躍する場が生まれるというものだ。


「いつしか私は――あれは青い自分の抱いた不相応(ふそうおう)の夢だと思い、忘れようとしていました。それどころか、夢の実現に向けた努力すら手放そうとしていた」


 この戦国時代で吉継の構想を実現させるのは、あまりにも難しい。むしろこの時代にそんな考えに至った吉継は、あまりにも先が見えすぎていたんだろう。


「どれだけ時を要しようとも、私はやるべきだった。言い出しっぺの私が何もしていないのに、三成殿はすでに動いていたのだから」


 吉継からすれば、三成が女の詩羽を家臣として召し抱えているのは、それほど衝撃だったのだろう。だから傾奇者(かぶきもの)なんて言葉が出てきたのかもしれない。


「そして三成殿は、権兵衛殿のように私と同じ新しい考えを持った者を家臣にしておられる」


 やべえ、また過大評価されてしまった。

 この時代で男女平等の発想に至るのは、間違いなく先見の明がある人間だ。しかし俺らの時代ではごく当たり前のことである。

 吉継はどうやら俺の苦し紛れの発言を、めちゃくちゃ良いように捉えてくれているようだ。


「三成殿がお二方(ふたかた)に私を送らせたのは、このぷりうすを私に見せるためと、自分はお主の夢を叶えようとしているぞと、知らしめるためだったのですね」


 なんとか俺と詩羽は三成のねらいを汲み取ることができたらしい。

 ほとんど吉継の優しさと察しの良さに救われたような気もするが、結果オーライというやつだろう。


「そうですか……三成殿のねらいは、新しい国作りなのですね。豊臣家を存続させ、武士や大名の力を落とし、真に平等な国を作ろうとしている……」


 話しながら吉継の声はどんどんか細くなり、最後のほうはほとんど聞こえなかった。病気の影響だろうか。いや、なんだか眠りに落ちているように聞こえた。


「この国の新しいかたちを、三成殿は私に見せてくれる……」


 吉継はそこまで言い、目を閉じた。

 今度こそ本当に眠りに落ちたかのようだった。


「……殿がこれほど長く語らったのは久しぶりです」


 やがてまた五分ほど経ってから、五助が口を開いた。


「ここ数年は病が進行し、話すことも難儀(なんぎ)のご様子でした」


 吉継は遠路はるばる敦賀(福井)から美濃垂井(岐阜)まで、病を押して移動してきたのだ。疲れていないはずがない。さらにろくに休む暇もなく、佐和山まで移動してきた。こうして眠りに落ちてしまうのも当然だ。


「うちら、ちょっとはしゃぎすぎちゃったっすかね……」


 なんだ()()()って。お前だけだろう。


「いえいえ、滅相(めっそう)もございません。殿はお二方(ふたかた)との会話を心より楽しんでおられるご様子でした。殿があれほど笑っているところを見たのは数年ぶりです」


 そう話す五助も嬉しそうだったが、なんだか複雑そうにも見えた。

 殿が楽しそうにしているのは家臣として嬉しいが、自分たち相手には見せない笑顔を俺たちが引き出したものだから、嫉妬(しっと)の感情が混ざっているのだろう。


 安心してほしい。なにせ俺たちは普通じゃない。ふたりとも未来人であるというトンデモ設定の持ち主だ。今までに出会ったことのないタイプの人間につい惹かれてしまうのは当たり前だ。


「殿に代わりまして、厚く御礼申し上げる」

「いやいや、恐悦至極(きょうえつしごく)っす」


 恐悦至極とは、目上の人に関係のある喜ばしい出来事について、自分もたいへん喜んでいるという意で使う丁寧語だ。

 詩羽のくせに、どこで覚えたんだろう。


「これ使い方合ってるっすか?」


 ひそひそ声で聞いてくんな。

 不安なら初めからそんな言葉使うんじゃない。


「おそらく殿は、しばらく垂井に滞在するでしょう」


 こちらとしては願ってもない話だ。これで真っ直ぐ会津へ行かれてしまったら、吉継の西軍入りがなくなってしまう。そうなったら関ヶ原の戦いは、もっと厳しいものになるだろう。

 そもそも関ヶ原へ至る前に、北陸での戦闘は吉継が大将を引き受けたからこそ、東軍についた大名たちを完全に翻弄(ほんろう)できたのだ。


「すぐ会津に向かわないんすか?」

「ええ。これからじっくりとお考えになられるかと思います」


 史実でも、三成に挙兵の話を持ち掛けられた吉継は、病と称して美濃垂井に何日間も留まったとされている。


 俺としては出来るだけのことはやったつもりだが、あれで良かったんだろうか。おそらく俺が「ぜひ殿にお味方を」と嘆願(たんがん)したところで、聞き入れてもらえなかっただろう。だからまったく別の切り口から攻めたわけだが……不安でしかない。


 吉継は三成は家康に勝てないと確信している。そんな三成に味方すれば、自分の一族が途絶えることになるかもしれない。

 関ヶ原の戦いで東西どちらに味方するか。これによって自身の命はもちろん、自分のお家が続くかどうかという話になってくる。

 これから三成の挙兵が本格的に始動すれば、日本の全国各地で、それぞれの有力者たちが頭を悩ませるだろう。


 吉継が最終的にどんな判断を下すか。もはや俺と詩羽がここまで介入してしまっては、どの史実もあてにならない。あとは神のみぞ知るというやつだ。


「結構走ったっすけど、いまどの辺りっすか?」

「夜分なので確かではありませんが……」


 ふと詩羽がそんなことを言い、五助が窓に顔を近付ける。


「山の形からして、恐らく関ヶ原かと」

「…………」

「…………」


 関ヶ原。ここがそうなのか。

 もちろん彼らは知りもしないが、この地で吉継は自刃し、五助が介錯(かいしゃく)を務めることになる。言わば運命の土地だ。

 五助は関ヶ原のどこかに吉継の首を埋め、その後敵に討たれるも、首のありかは絶対に教えなかったという。


 当たり前だが街灯などなにもないので、向こうにはただの闇が広がっている。昼に見ればここにはただっ広い平野が広がっているはずだ。


 あと2ヵ月もすれば、ここは戦場になる。

 そう考えると、妙な気分だった。

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