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男と女

 佐和山の領内を出ても、詩羽と吉継は会話を続けている。

 詩羽の話を吉継は面白がり、積極的に話を振っていた。


「私はもはや声を張り上げることも適いません。しかもこうしてぷりうすの中にいては、大軍に指示など出せないのではないでしょうか」

「心配無用っす、その時はこれをこうするだけで」


 言いながら、詩羽は横のボタンを押した。音を立てて窓が下がり、車が風を切る音と虫の鳴き声、そして草木の匂いが入り込んできた。


「これで外に声が届くっすよ」

「はっはっは、なんと不思議な……」

「それでもダメだったら、私が代わりに言うっす」

「なんと、貴女が私の代わりに?」

「こう見えて、声が遠くまで良く響くって評判っすからね」


 それは褒められたのではなく、授業中に私語のでかさを怒られただけだろう。


「よもや貴女も戦場に立つおつもりですか?」

「もちろんっす。うちだって立派なさき……殿の家来っすから」


 こいつ佐吉くんって言いそうになりやがった。あぶねえ。


「はっはっは、なるほど――面白い」


 吉継は詩羽の言いかけた内容にもしかしたら気付いたかもしれないが、それでも軽く笑い飛ばした。それだけで吉継の器の大きさが知れるというものだ。


「三成殿は相変わらず、まことに面白い」


 吉継は面白いという言葉を噛み締めるよう、続けて言った。

 たしか左近も同じことを言っていた。石田三成は誰よりも賢く、革新的な発想を持っており、この男についていけば必ず面白い世界を見せてくれる、と。


「このぷりうすもそうですが、女子を家来にして戦場にまで従えるとは。この日本(ひのもと)に大名は二百といようとも、三成殿のような傾奇者(かぶきもの)はふたりとていません」


 傾奇者という言葉が京や大坂で使われ始めたのは、戦国時代あたりだ。 言葉の意味としては異風を好み、常識にとらわれない行動に走る者のことを指す。


 なるほど、三成は横柄者(へいくわいもの)ではなく傾奇者(かぶきもの)か。

 史実に残る気難しい三成像を、真っ向から否定するような新しい説だが、こうして三成を古くから知る親友が言うのなから間違いないだろう。


「やっぱり女な戦場に立つのはいけないっすか?」

「あ、当たり前じゃ、不吉であろう!」


 ついに耐え切れなくなった五助が話に割り込んできた。

 五助の反応も無理はない。何故ならこの時代、というよりも日本人は古来から基本的に迷信深い。戦の前には名のある神社や寺に戦勝を祈願するのが当然であり、大名ともなれば日頃から多くの寄付も行っている。

 それからいざ出陣となれば戦場に僧侶や祈祷師(きとうし)を連れて行き、願掛(がんか)けをさせるのも珍しい光景ではない。


 そんな彼らだからこそ、女性は(けが)れを持ち込むとして、戦場に呼ぶことを避ける傾向にある。また、武士の間では合戦が起こる数日前からは、女性と関係を持ってはいけないという仕来(しきた)りがあったと伝えられている。


 もちろん籠城(ろうじょう)戦などやむを得ない時は、女性も負傷兵の手当てや弾薬の運搬などに携わったり、槍を持って戦いに加わっていたようだ。

 自ら進んで戦場に立とうとする女性など、この時代でも異質なのだろう。


「権兵衛殿」

「は、はい」

「貴方はどう思いますか?」


 まさかここで俺に振られるとは思わなかった。

 どうする。なんて答えるのが正解だ?

 詩羽に賛成するか、五助のように不吉だと切り捨てるか。


 いや、ちょっと待て。

 三成が詩羽をここに同席させた理由はなんだ?

 ただプリウスの存在を吉継に明かすだけなら、俺だけでいいはず。つまり吉継を味方に引き入れるためには、詩羽がキーになると三成は考えているということだ。


「私は女性も戦場に出たっていいと思います」

「ほう」


 助手席で詩羽がドヤ顔でうんうんと頷いている。うっとうしい。


「さらには戦場だけでなく、ほかにも活躍の場が広がってもいいと思います」

「活躍の場というのは?」


 吉継がやけに突っ込んで聞いてくる。

 これは失敗したか。いや、まだ分からない。


「この世の半分は女なのに、働いているのは男ばかりです。女も働く世にならなければなりません」

「女とて田畑を耕し、織物などもするのでは?」

「仰る通りです。しかし戦場に立つのも、民の上に立って政治(まつりごと)を取り仕切るのも、男の役割になっています」


 出しゃばり過ぎかもしれない。女性が政治や社会に出て活躍するなんてのは現代からすれば当たり前のことだが、いまは女性が男性に対して意見を言うことも良く思われない時代だ。

 特に大名などは跡取りを残すことが重要なので、男子の誕生が望まれた。それでどうしても男尊女卑(だんそんじょひ)の傾向が強くなりがちである。


 大名の吉継にこの話をするのは、かなりリスキーだ。

 

「いずれ妻や母ではなく、大名になる女性がいてもいい。私はそう思います」

「ほう、女が大名に……」


 しかし吉継の反応は、相変わらず柔らかいままだった。


「なるほど、面白い。権兵衛殿はじつに新しい考えをお持ちだ」

「す、すみません」


 冷静になると、自分がとんでもないことをしたと気付く。つい勢いで喋り通してしまったが、自分はいち家臣の分際で、ほかの大名相手に説法(せっぽう)したことになる。これが吉継のような優しい相手でなければ切腹ものだ。


「何故謝るのです。私は嬉しく思います」


 嬉しい? どういうことだ?


「まさか、自分以外にその考えに至る者がいたとは。それは私が若い頃に思い描き、到底無理だと諦めた、この国の新しいかたちです」


 この国の新しいかたちだと?

 戦国武将の口から出て来たとは思えない。


「この国の新しいかたち、っすか?」


 詩羽も予想外の言葉にキョトンとしている。


「ええ。権兵衛殿の言ったように、この世の半分は女です。しかし女に産まれたというだけで、男を陰で支えるような仕事しかやらせてもらえていない。それではこの国はみすみす半分の才を捨てていることに等しい」


 驚いた。吉継がそんな考えを持っていたとは。

 誰もが口を閉じ、吉継の言葉に耳を傾けている。


「それではいずれこの国は立ち()かなくなってしまう。日本がより良い国になるには、男女の(へだ)たりなく、自分の才を活かすことのできるようにしなければ」


 信じられない。

 吉継はこの国がいずれ抱える問題を、この時代に(うれい)いていたというのか。


「じゃ、じゃあ吉継様は、女が戦場に立つことに賛成っすか?」

「ええ。それが三成殿の助けになるのであれば、存分に働きなさい」

「はいっ!」


 実物の推しからのお墨付きを得た詩羽は、嬉しそうにはにかんだ。

 ただし、それはプリウスがあるからこそ成し遂げられるものだ。この時代の女性がいざ戦場に立とうと思えば、やはり様々な困難が立ちはだかるだろう。


 それに戦国時代に自動車があれば無双できるかというと、チートと言えるほどではないんじゃないか、というのが俺の本音だ。

 これが普通車ではなく戦車だったら間違いなくチートだが、果たしてこれ一台でどこまで戦況に影響を与えられるか。


「それじゃあ吉継様も、殿の味方になってくれるっすか?」

「お、おい」


 それはさすがに調子に乗り過ぎだ――そう(とが)めようとしたが、吉継はなんの反応も示さなかった。

 ルームミラー越しでは、白頭巾の影になって表情は分からない。


 それからまた、車内は無言になった。

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