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詩羽の推し活

 従者に肩を借りながら佐和山の石段を下りる大谷吉継の揺れる白頭巾を追いつつ、俺はひたすらにこの男をどうやって説得するか考えていた。

 しかしどれだけ頭を捻っても、(はな)から無理ゲーであるとしか思えない。


 なんせ親友である三成の言葉すら、吉継には届かなかったのだ。

 それを高名な島左近などとは違い、吉継の知らないうちに家臣に取り立てられた俺が、説得など可能だろうか。


 無理にきまっている。

 だとすれば、三成はなにを期待して、俺に吉継の送迎を任せたのか。


権兵衛(ごんべえ)どの、と申されましたか」

「は、はい」


 考えのまとまらぬうちに名前を呼ばれ、慌てて返事する。先を行く吉継たちはいつの間にか石段を下り切っており、その場で待機していた。

 まずい、大名を待たせるとはなんたることだ。


「貴方はなぜ三成殿の家臣に?」


 早足で石段を下りたところで、吉継はそんなことを聞いてきた。

 ここで嘘を言う必要はないだろう。


「襲撃事件の際、殿を佐和山まで送り届けた功績(こうせき)により、召し抱えられました」

「なるほど。それは大層な武者働きですね」


 吉継は感心した様子でうんうんと頷いた。ついさっきまで佐吉と紀之介として言い争っていた時とは打って変わり、最初の柔和な印象に戻っている。


「その際に殿の助けとなったのが、プリウスです」

「そのぷりうすというのは、馬の名前ですか」

「いいえ、(かご)のようなものです」

「ぷりうす……何度口にしても不思議な響きですね。南蛮由来ですか」


 いいえバリバリ日本車です、と答えてもいいものか。


「ひとまず実際にお乗りになって頂くのが早いかと」

「あの三成殿が是非にと勧めるくらいですから、相当珍しいものなのでしょうね」

「ええ。この国にひとつしかありません」


 実際にはこの国どころか、世界のどこを探しても自動車は一台だけだ。

 自動車が誕生したのは今より200年近く先の話。1769年にフランスで蒸気で走る自動車が発明されたのが最初だ。


「これがそのプリウスです」


 三成が指示を出していたようで、(わら)はすでにどかされた後だった。


「これが……」


 時刻は既に真夜中を回っており、わずかな月明かりがあるだけ。それでなくとも病気のため、吉継の目はほとんど見えていない。それでもプリウスにガソリンや鉄の匂いが分かるほど近付けば、その異質さが十分伝わったようだ。


「鉄製の籠ですか。それにかなり大きい。これは何人がかりで運ぶのです」

「運ぶ必要はありません。これはひとりでに走ります」

「そんなはずが――」


 言葉で説明するのはあまりにも面倒なので、このまま乗って頂くことにする。


「お連れの方はそのままお隣にお乗りください」


 俺はロックを外すと、後部座席のドアを開け、乗車を(うなが)した。


 吉継の従者は目に見えてオロオロし始めた。こんな得体の知れないものに果たして殿を乗せていいものか、しかし他ならぬ石田三成の推薦である以上は無下に断るわけにもいかない、といった葛藤(かっとう)があるに違いない。


 そんな彼の不安を取り除くにはどうすれば良いか考えていると、


五助(ごすけ)、構わん。私から乗るとしよう」


 吉継が自ら動いて、車のシートに身を滑らせた。

 俺はというと、その名前を聞いて声を上げそうになった。ただの従者かと思っていたが、この男は湯浅五助(ゆわさごすけ)か。

 れっきとした吉継の家臣であり、関ヶ原の戦いでは吉継の最期まで付き添い、自刃した吉継の首を関ヶ原のどこかに隠したとされている人物だ。


「殿、お気を付け下さいませ」


 その五助はなんとかといった様子で車に乗り、頼りない動作で奥側のシートへ詰める吉継を、ハラハラした様子で見守っている。


「病に負けた身ですが、座るだけで心配されるほど落ちぶれてはいませんよ」

「決してそのような……」

「それにしても妙な座り心地ですね。座っているだけなのに、寝具(しんぐ)へ身を沈めているかのような感覚になります」


 吉継は話しながら、何度も座り心地を確かめるように座り直した。病の身からすれば、固くて揺れる板輿(いたごし)よりも、シートの方が良いだろう。


「お気に召して頂けて何よりです」


 五助も吉継に座って腰を下ろしたが、落ち着かないようだ。無理もない。


「揺れるかもしれないので、お気を付けください」


 念のためそう断ってから俺は運転席に座り、ブレーキを踏みながらパワースイッチを押してエンジンを掛ける。サイドブレーキを解除し、パーキングからドライブへ切り替えようとシフトレバーに手を伸ばしかけたところで、コンコン、とガラスの叩く男が聞こえた。


「は?」


 弾かれたように横を向くと、そこにはあろうことか詩羽がいた。


「お前、どうして――」


 訳が分からず絶句する俺を尻目に詩羽はガラス越しに笑ってみせると、車の前をぐるりと回ると、助手席のドアを開ける。なにやってんだこいつは。


「どなたかな」

「すみません、家臣のひとりです」


 吉継の問いかけに、慌てて答える。


「石田三成が家臣、土岐詩羽です。殿のお申しつけで、私も同行します」


 詩羽といえばまるで何度か練習してきたかのようにさらりとそう言って、さっさと助手席に座ってシートベルトを締めてしまう。

 三成が、詩羽を吉継の送迎に同行させただと? 本当か?


「ほう、三成殿は女性も臣下にしておられるのですね」

「はい。石田様には大変お世話になっているっす」


 アドリブ下手くそか。もう喋り方戻ってるじゃねえか。


「なるほど、そうですか――」


 そう言って、吉継は考え込むように沈黙した。


 まずい、このまま詩羽を喋らせておくと、いつよからぬことを言ってしまうか分からない。さっさと車を出して、美濃垂井まで向かってしまおう。


「それでは出しますね」


 断ってから俺は今度こそドライブに切り替え、ゆっくりアクセルを踏んだ。

 プリウスはほとんど揺れることなく滑らかに砂利道を移動したが、後ろからは五助がひっと息を飲むのが聞こえた。


「これは驚いた。こんなものが本当に動くのですね」


 相変わらず表情に出ない(といっても白頭巾で初めからほとんど見えない)吉継だったが、それでも声色がわずかに弾んでいるようだ。


「三成殿は大層な武器を手に入れたようですね」


 吉継は感心した様子で呟く。この時代の人間、とりわけ戦国武将ともなれば、みな一様(いちよう)にして自動車のことを移動手段ではなく武器として認識するようだ。


「なるほど、これがぷりうすですか。これがあれば――」


 そこまで話して、吉継はまた言葉を止めた。話の途中で思いついたことがあれば、そのまま考えに(ふけ)ってしまうというのが吉継の癖かもしれない。

 ただその時は、あえて自ら途中でこれ以上話すのは止めておこうと区切りをつけたように感じた。ならばこちらとしては追及を避けるべきだろう。


「これがあれば、吉継さまも最前線で指揮が取れるっすね」

「おい」


 吉継がもし自軍にプリウスがあれば、どう使うかを考えていることは俺にも分かった。しかしその思考に土足に踏み入るのは、許されざる行為だ。


「だってお神輿(みこし)はどう考えても危ないでしょ」


 なんてところに踏み込みやがる。

 こいつは土足どころか地雷原でタップダンスを踊るつもりか。


「おいウタ、もう黙れ――」

「はっはっはっは」


 耳を疑った。あの吉継が可笑しそうに笑っている。


「と、殿?」


 長年付き添った家臣からしても珍しかったようで、五助も動揺している。


「いや、失礼。少々驚きまして」

「自分なにかやっちゃいました?」


 言ってる場合か。


「私の身体は病に侵され、歩くことはおろか馬で駆けることも叶いません。それで此度の会津征伐からは、戦場でも板輿(いたごし)に乗って指揮を取るのもやむなし、と考えていたのですが――それがどうして、貴女に分かったのかな?」


 やばい。この展開はあまりにもマズすぎる。

 吉継が関ヶ原でそのように戦ったというのを、詩羽は推しの知識として知っているだけの話だ。吉継からすれば、自分の予定をほかの第三者に言い当てられたということになる。


「ええと、それはっすね……」


 頼むぞ詩羽。上手いこと誤魔化してくれ。左近だけならまだしも、これ以上俺たちが未来人であると知る人物が増えるのは絶対に良くない。


「ズバリ、女の勘っす」


 最悪だった。


「なるほど、女性の勘ですか」

「そうっす。大変頭の良い吉継様ならば、そうするだろうと思いました」


 お前まじでもう黙れ。

 今は戦国時代。女性が男性に意見することすら(はばか)られるような時代だ。ましてや相手は大名。三成の家臣とはいえ、たたっ斬られても文句は言えまい。


「はっはっはっは」


 しかし吉継はその答えに気に入ったとばかりに高笑いをする。


「私がぷりうすを(ほっ)したのが分かったのも、女性の勘ですか?」

「ピンポーンっす」

「ぴんぽん?」

「あっいやっ、大正解っす!」

「変わった喋り方をなされる女性だ」


 俺のハンドルを握る手には自然と汗が浮かんでいる。おそらく五助も殿にタメ口を利く女性の存在に、気が気でないだろう。


 頼む詩羽、もうこれ以上の墓穴は掘らないでくれ。

 俺にはそう願いながら、ゆっくり道を辿ることしかできない。

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