表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/56

石田三成

 さて、どうしたものか。

 この人物が本当に石田三成(いしだみつなり)なら、感動ものである。


 俺たちの目的は関ヶ原古戦場ツアーだ。しかしどういうわけか、関ヶ原の戦いで西軍を実質的に率いていた人物が、今こうして目の前にいるということか。


 とはいえその石田三成(仮)は倒れてしまっており、完全に車の影になっていて姿を見ることができない。

 そして俺は加害者である。石田三成を車で()いた人間など、日本(ひのもと)広しと言えどもそういないだろう。いや、他にいてたまるか。


 とりあえずこんな時はどうするべきだろう。


 俺は迷った挙句、ひとまず運転席側の窓を開けることにした。車を降りることはもちろん、ドアを開けることにすら抵抗がある。

 まずは会話だ。顔を出すくらいなら大丈夫だろう。


「だ、大丈夫ですか……?」


 交通事故の加害者側が取るべき正しい対応なんて分からない。なにせこちらは免許を取ったばかりの初心者ドライバーだ。この場合相手が何者なのかは置いておいて、とりあえず下手(したて)に出ておけば問題ないだろう。


人間(ひと)だ! おい、人間がいるぞ!」

「中におったということは、これは(かご)か!?」

「馬鹿を申すな、このような籠があるか!」


 顔を出したことで、かえって相手を混乱させてしまったみたいだ。


「あのう、ぶつかっちゃった人、大丈夫ですか?」


 会話にならなかったので、もう一度聞いてみた。

 すると足軽のひとりがずい、と前に出て来る。


「き、貴様、なんと無礼(ぶれい)な態度か! このお方を(たれ)と――」

(ひか)えいッ!」


 びっくりした。

 吠えたのは、先ほど島様と呼ばれた男だ。


「それは言ってはならぬ。なんのために身を(しの)び、灯火(とうか)を消し、馬も使わずここまで来たと思っておるのだ」

「ははーっ!」


 というか、石田三成そのばに控える島様って、島左近(しまさこん)か。

 三成を語る上で避けることは出来ない、筆頭家臣だ。

 なんということだ。まさかこの二人を実際に見ることが出来るとは。


「左近、もうよい。俺は大丈夫だ」


 その時、車の前方から初めて聞く声がした。

 この騒がしい中で、やけに透き通る声だった。


「そんなに大声を出しては、それこそ忍んできた意味がなかろう」

「はっ、仰る通りです」

「もう離せ。大した傷ではない。ひとりで立てる」


 男が立ち上がったことで、俺たちからは急に現れたかのように見えた。

 この男が石田三成か。

 肖像画(しょうぞうが)の人物とはだいぶ違う。線の細い、小柄な男だった。


「左近。これをどう見る」


 三成は着物の土を払いながら、そんなことを言った。


「と、申されますと?」

「俺にはこれが人ならざるものに見えるが」


 そう言って、三成は改めてこちらに向き直った。

 徳川家康(とくがわいえやす)をタヌキ、石田三成をキツネにたとえた話があったが、なるほど、たしかにキツネに見える。単にライトが眩しくて、目を細めているだけなのだが。


「ははっ、(それがし)も同意見でござる」

「やはりそう思うか。これは人外の使いか、あるいは物怪かのどちらかだろう」


 もしかして、三成たちにはこの車が生き物に見えているのか。

 言われてみればふたつ並んだヘッドランプは、目玉に見えなくもない。プリウスだから静かではあるものの、エンジン音だって(うな)り声に聞こえなくもないだろう。


「ふむ……なるほど、そういうことか」

「と、殿?」

「左近、俺は決めたぞ」


 三成は(あご)に手を当ててしばし考えるような顔つきをしたかと思うと、突然名案が浮かんだとばかりに表情を明るくした。


「俺はいまからこれに乗って、伏見(ふしみ)に戻る」


 とんでもないことを言いだした。


「殿、何を申されます!」


 左近や周りの足軽が慌てるのも無理はない。

 彼らからすれば、まったく得体の知れない物怪(もののけ)に殿が殺されそうになったかと思いきや、今度は殿がその物怪に乗ると言い出したのである。

 しかもどこへ行くだって? 伏見だと?


「俺はこいつを使って――あの憎き家康を討つ!」


 三成は不敵な笑みを浮かべたまま、高らかにそう宣言した。

 待て待て、家康を討つだと? この車を使って?

 まったく理解が追い付かない。


「殿、それは一体どういうお考えで――」

「左近、しかと聞け。俺の前にかような者たちが現れたということは、物怪の力を借りてすぐさま伏見へ取って返し、家康を討てと神は(おお)せかもしれん」

「殿、しかしそれは――」

「さればこれをなんとする。この昼間の如く(まばゆ)い明り、鋼が如き肉体、そしてこやつは駿馬(しゅんば)のような速度で迫ってきおった! この世のものとは思えん!」


 三成は興奮冷めやらぬ、といった様子で(まく)し立てる。

 うーん、こうして実物を見ると、とても冷静な五奉行(ごぶぎょう)筆頭の石田三成像とは似つかわしくない。


 おそらく戦国時代の人間に自動車なんてものを見せたら、誰でもこうなってしまうのかもしれない。もしくは事故に遭って、興奮状態にあるかのどちらかだろう。

 まだアドレナリンなんて言葉のない時代だが。


「そもそも、この俺が左衛門尉(さえもんのじょう)主計頭(かずえのかみ)ごときから逃げるというのが気に食わん」

「殿、ここまで来てまだ申されますか」


 左近はまたいつものが悪癖(あくへき)が始まった、とばかりにため息をつく。

 左衛門尉や主計頭というのは豊臣家における役職で、左衛門尉は福島正則(ふくしままさのり)を、主計頭は加藤清正(かとうきよまさ)のことを指しているはずだ。


 なるほど、それを聞いて今がいつ頃なのか、そして何が起こっているかを理解することができた。

 石田三成が福島や加藤から逃げるといえば、関ヶ原の戦いの一年前に起きた、豊臣七将による石田三成襲撃事件だろう。


 天下人である豊臣秀吉(とよとみひでよし)はすでに亡くなっており、徳川家康(とくがわいえやす)がついに自分の時代が来たとばかりに、天下を手中に収めようと行動を開始した時期だ。


「あいつらはどうしようもない馬鹿だ。いま俺を殺してなんになる。豊臣恩顧(おんこ)の大名が二つに分かれれば、家康が喜ぶだけだと何故分からんのだ!」


 三成はまだ喋っている。

 一度感情的になって相手の悪口を言い出すと、止まらなくなるタイプらしい。


 歴史書で語られる三成という人物は、義理堅(ぎりがた)いが強情(ごうじょう)であり、とにかく融通(ゆうずう)が利かない。また尊大(そんだい)な態度で人に応じてしまう悪癖(あくへき)があり、陰では「横柄者(へいくわいもの)」と呼ばれ、多くの大名から嫌われていたらしい。


 そこで三成を憎んでいる大名たちが、あんな奴は斬ってしまえと、ついに腰を上げて行動に移したのが石田三成襲撃事件なわけだが……

 その襲撃から逃げている最中に、俺と事故ってしまったということか。


 なんとも間の悪い。


「先輩、ひとつ思ったんすけど」

「どうした」


 必死に状況を整理しようとしている俺の心労もいざ知らず、詩羽が身を乗り出して話しかけてきた。その頬はわずかに赤くなっており、興奮しているのが分かる。


「うちはゲームに出て来る石田三成が若いイケメンなのも、大河ドラマの石田三成を若いアイドルが演じるのも、許せないタイプなんすよ」

「いきなりどうした」


 それはちょっと分かる気もするが、いま言うことか?


「それがなんなんすか、実物も結構イケメンじゃないすか!」

「知らねーよ、良かったな!」


 ちょっとは緊張感を持ってくれ。


「左近、もう俺は決めたぞ!」

「殿、お待ちくだされ! 何卒(なにとぞ)ご再考を!」


 一方で、あちらはあちらで大変な様子である。

 いよいよどうしたものか分からなくなってきた。

ブクマ・評価頂けますと励みになります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ