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戦国愛好会と双子姉妹

 ここらで俺が双子の後輩と愛車のプリウスと共に、関ヶ原(せきがはら)の西軍として参戦することになった経緯(いきさつ)を話そうと思う。


 とはいえどう話したものか分からない。俺たち三人と車一台は、本当に気付けば現代から戦国時代へタイムスリップしていた。そんなものは超常現象としか言いようがなく、科学的な考証は期待しないでもらいたい。


 ただし、誰かが言うには「すべてのことには理由がある」らしい。だからきっと俺たちの取った行動や選んだ道のり、下した判断のひとつひとつが偶然にも重なって、タイムスリップなんて馬鹿げた現象を引き起こしてしまったに違いない。

 もしくは「偶然とは神が匿名を希望しただけである」とアインシュタインが言うように、神が「関ヶ原で西軍を勝たせよ」と言っているとしか思えない。


 前置きが長くなってしまった――とにかく話は一度現代に戻る。

 多くの物事がそうであるように、きっかけは些細(ささい)なことだった。





 学校に自分だけの空間(プライベートスペース)が欲しいから。

 俺がなぜ戦国愛好会なんてものに所属しているのかというと、それに尽きる。


 受験を終えてつつがなく高校生になったものの、生徒は必ず部活動に所属しなければならないという校則を知った俺は、とにかく必死になって楽そうな部活を探した。そこで目をつけたのが文科系サークルの存在だ。


 この学校には鉄道模型同好会やらアニメ文化研究会といった、よく分からない文科系サークルが多数存在する。その中でも戦国愛好会は三年生の先輩が数名いるだけで、なんの活動もしていないといった無気力サークルだった。

 数年前の歴史ブームの時に数名の生徒が勢いで設立したものの、やることも活動方針すら定まらないまま、こうして枠組みだけ存続しているのだろう。


 そして俺の目論見通り、三年生がいなくなると、部員は俺だけになった。

 こうして俺は学校と言う公共の場に、自分だけの空間を手に入れたわけだ。


 しかしそうした俺の天下は、明智光秀(あけみつひで)もびっくりするほど短かった。

 その翌年、まさかの入部希望者がいたからだ。


 ある日の放課後、俺がいつも通り部室のソファーに寝転がりながら本を読んでいたところ、いきなりドアがバーンと開け放たれた。

 びっくりしてそちらに目を向けると、そこには同じ顔がふたつあった。

 寝ぼけているのかと疑った矢先、そのうちのひとりが入部希望だと告げた。


 それが俺と、土岐詩羽(ときうたは)文羽(ふみは)姉妹の出会いだった。


 3人になった戦国愛好会はなにをしたかというと、なにもしちゃいない。

 ただ放課後に集まって本を読んだり、雑談したりするだけだ。


「先輩って、()しいないんすか?」


 ある日、詩羽がそんなことを言いだした。


「すまん、なんだって?」

「推しっすよ、推し。戦国武将の」


 そう言って後輩はシシシと笑う。

 土岐詩羽(ときうたは)はここのドアを初めて開けて、唖然(あぜん)とする俺に入部希望だと伝えて来た時からずっと変わらない。怪しい敬語を使いながら、学年ひとつ分程度の壁であれば平気で飛び越えて来るほどに距離が近い。そんな奴だ。

 

「そういやお前らって、そーいうタイプだったな」


 戦国武将も数百年後に推されるとは思いもしなかっただろう。


「なんすか、双子揃ってオタクだって言いたいんすか?」

「そこまでは言ってねーよ。で、お前の推しって誰だっけ?」

刑部(ぎょうぶ)様っす」

大谷吉継(おおたによしつぐ)か……で、妹の方は治部少輔(じぶのしょう)だっけ」

「誰すか?それ」

「なんで吉継を刑部呼びする奴が、石田三成(いしだみつなり)の役職を知らねえんだよ」

「ああ、佐吉(さきち)くんっすか」

「なんで三成は幼名(ようみょう)で、しかもくん付けなんだよ」


 それなら大谷吉継も等しく、幼名の紀之介(きのすけ)くん呼びだろう。


「オタクの美学ってやつか?」

「なんすか、双子揃ってキモいオタクだって言いたいんすか?」

「だからそこまでは言ってねーよ」


 詩羽と喋る時はいつもこんな感じだった。詩羽がぶっ飛んだことを言って、俺や双子の妹である土岐文羽(ときふみは)が、ツッコミや茶々を入れる。


「そういや妹のほうはどうした?」

「フミなら掃除当番をやらされてるっすね」

「やらされてる?」

「みんなやんないんで、代わりにやってるらしいです」


 ふたりは双子だけあって顔は似ているが、性格は正反対だった。

 わりと活発的で思ったことをすぐ口に出す姉の詩羽に対して、フミこと妹の文羽は大人しく、言いたい事を飲み込んでしまうタイプだ。


「あいつは損な性分(しょうぶん)だよな」

「そうっすね。今日ちょっとダルかったんで有難(ありがた)いっす」

「代われって言ったのお前かよ」


 とんでもない姉だな。


「しかもお前らクラス違うだろ」


 よそのクラスに混じって掃除するのって、気まずすぎるだろ。他の生徒も掃除当番どころか同じクラスですらない奴がいるの、やりにくいだろうな。

 俺は良く知る後輩がしょんぼりと肩を落としながら箒を掃いている姿を想像してしまい、つい頭を抱えた。


「まあバレないんじゃないっすかね、同じ顔なんだし」

「双子が自分で同じ顔とか言うの、なかなかないよな」

「こういうの()(だま)っていうんすかね」

「お前が言うと急にラーメンの話っぽくなるよな」


 実際ふたりはよく似ている。こうして狭い部室で顔を突き合わせてきたことで今では容易になったが、最初は見分けがつかなかった。


「ところで先輩って、進学希望でしたっけ?」


 唐突に話題が変わったが、これに関しては突っ込まない。詩羽との会話ではよくあることだ。


「まあな」

「歴史を専攻できるところに行かないんすか?」

「自分で言うのもなんだが、俺は知識の(かたよ)りが凄いから無理だろう」


 俺が好きなのは時代区分で言えば戦国時代と幕末であり、知識もそこにだけ集中している。どちらも長い日本史のごく一部分にすぎず、教科書で言えば1ページ程度のものだろう。とても大学で専門的に学ぼうとは思えない。


「でも大学生いいっすよねー。車の免許はすぐ取るんすか?」

「一応そのつもりだよ。ここらは車がないと何もできないからな」

「じゃあ、先輩が免許取ったら」


 ここで詩羽の放った何気ない一言が、俺たちの命運を分けた。


「みんなで関ヶ原(せきがはら)に行きましょうよ」


 実際は古戦場ではなく、リアルタイムで行われている合戦の最中、しかも西軍として参戦することになるのだが、この時の俺たちには、もちろん知る(よし)もない。

 

「関ヶ原へ?」

「そうっす、古戦場ツアーしましょうよ、古戦場ツアー!ほかにも大垣(おおがき)城とか佐和山(さわやま)城とか行きたいっす!」

「大垣城はともかく、佐和山城なんてなにも残っちゃいないだろ」


 佐和山城は石田三成の居城だ。関ヶ原の戦いで西軍が破れて間もなく東軍の大軍勢に包囲され、奮闘むなしく落城。その後は徳川家に弓を引いた三成の城ということで、徹底的に打ち壊されている。


(つわもの)どもの夢の跡があるっす」

「ちょっと格好いいこと言うな」


 というかそれ松尾芭蕉(まつおばしょう)じゃねえか。盗作だ。


「とにかく連れてっていくださいよ、先輩」

「覚えてたらな」

「約束ですよ、約束」

「だから、覚えてたらな」


 俺が一方的にはぐらかして、その会話は終わった。





 結論として、俺は約束を守った。

 大学生になって最初の夏休み、免許を取った俺は自分の車も手に入れた。

 トヨタ・プリウスである。


 プリウスを選んだのに理由はない。たまたま親父のツテで、社用車として使われていたものを格安で譲ってもらえることになったからだ。


 こうして助手席に文羽、後部座席に言い出しっぺの詩羽を載せて、俺たちは地元を出発。高速道路を飛ばして、岐阜県不破郡(ふわぐん)関ヶ原町を目指した。


 旅の行程はふたりが考えてくれていた。といってもほとんど文羽が決め、詩羽は横から口出しするだけだったであろうことは想像がつく。

 よって出来上がったスケジュールは、生真面目(きまじめ)な文羽の性格を表したかのようだった。日帰りで関ヶ原や石田三成ゆかりの地を一気に訪ねるということで、各スポットの所在時間に関しては、なんと分刻みで決められている。どのくらい詰まっているかと言えば、夜中に出発して明け方に向こうへ到着するような強行軍のごときスケジュールだ。学生の貧乏旅行なのだから仕方ないと言えば仕方ない。


 しかし運転にも高速道路にも慣れない俺は、滋賀県の米原(まいばら)ジャンクションで名神高速ではなく北陸自動車道へ乗ってしまい、大きく道を逸れてしまった。ナビ役の文羽がこのままでは岐阜ではなく福井県方面に向かってしまうことにいち早く気付き、次の長浜(ながはま)インターで高速を下りることになった。


 なお最初は念願の旅行ということもあって、テンション高くひとりで喋っていた詩羽は、いまや後部座席で横になっている。ふざけんな。

 俺は文羽に寝ていいぞと言っていたが、このよく非常に出来た後輩は懸命にカーナビと、スマホの地図アプリを交互に見ている。そのおかげで助かったわけだ。面目(めんぼく)ない。


 長浜インターから下りてすぐに見えたコンビニで停車した俺たちは、飲み物を買うついでにこれからのルートについて軽く相談した。

 文羽が言うには、現在地から関ヶ原までは20キロ程度しかなく、また南のほうを大きく迂回することになる高速道路よりも、ほぼ直線距離で行ける下道を行くのが良さそう、とのことだった。ここまで高速道路で気を張っていた疲れもあって俺は賛成し、じゃあ下道で行こうと言った。


 思えばこの選択が間違っていたのかもしれない。


 カーナビや地図アプリを見ただけでは分からなかったが、関ヶ原までの最短ルートというのは、まさかの山道だった。道の両側を木々が生い茂り、車のヘッドライト以外はなにも見えない。しかも濃い霧が出てきた。

 免許取りたての運転というこで十分気を付けているつもりだったが、周りに車もいないことで、どこか油断があったのだと思う。


 そして俺は驚くほどあっさりと――石田三成(いしだみつなり)と事故を起こしていたのである。

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