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三成の軍師

「順番にご説明いたします」

「ふむ」

「まず、直江様には景勝様をお連れして会津に戻っていただきます」

「会津へ?」


 この時期の大坂上杉屋敷には、兼続だけでなく当主の景勝も滞在していることは分かっている。


「殿をお連れして領地へ帰り、なにをしろと?」

「若松城の改修に取り掛かって頂きます」

「なに?」


 1598年、上杉家は秀吉の命で越後(えちご)から会津へと国替(くにがえ)している。

 現在上杉が居城としているのが、現在の福島県会津若松市にある若松城だ。


 現代の若松城は別名の鶴ヶ城とも呼ばれ、天守などが復元されているほか、城跡の公園は国の史跡に指定されている。

 歴史好きからすれば若松城は上杉の居城というより、幕末の時代に松平容保(まつだいらかたもり)率いる会津藩が立て篭もり、新政府軍と凄惨な籠城戦を繰り広げた会津戦争のイメージが強いだろう。


「また会津の要所に新城や砦を築き、武器弾薬を買い集め、広く浪人を召し抱え、軍備の増強に取り掛かって頂きます」

「なんと。三成殿は我らに(いくさ)に備えよ、と(おお)せか」

「はい。それも隠すことなく、大っぴらにやってください」

「言われずとも城の改修や建築は隠しようもないが――」


 そこで兼続は何かをひらめいたのか、言葉を区切った。


「上杉家があからさまに軍備増強に(はげ)めば、全国の諸大名は危機感を覚える」

「はい。家康などはその筆頭でしょう」

「上杉に謀反(むほん)(きざ)しありなどと、言いがかりをつけてくるはず」

「仰る通りです」

「いまの家康であれば、豊臣家を言いくるめて秀頼(ひでより)様のお墨付(すみつ)きを貰い受けることは容易(たやす)い。大軍を率いて会津へ攻め入るだろう」


 俺と話しながらどんどん兼続はヒートアップしてゆく。おそらく兼続の頭の中では、凄まじい速さで今後の構想が描かれているに違いない。


「三成殿のねらいは、そこにあるのだな」

「まさしく」


 さすがは最強と名高い上杉家において、その中でも麒麟児(きりんじ)と呼ばれた男だ。


「家康が会津へ進軍すれば、京や大坂が手薄になります」

「その隙に三成殿が大坂城に入り、秀頼様と奉行衆を説得する」

「そして今度は家康討伐のお墨付きを貰います」

「それから三成殿は大坂から西国(さいごく)の諸大名に(げき)を飛ばす」

「はい。大阪にて兵を挙げた後は、東へ進軍し――」

「東西から家康を挟んで討つ!」


 これが石田三成の描いた、日本を二つに割る合戦の全貌(ぜんぼう)だ。


「なんという構想の大きさだ。このような合戦は日本はじまって以来だろう」


 兼続は俺と言葉を交わす中で、そのことに気付いたのだろう。その身はわなわなと震えている。


 歴史に残るような合戦は、桶狭間(おけはざま)の戦いや長篠(ながしの)の戦い、そして小牧(こまき)長久手(ながくて)の戦いと呼ばれているように、どれもその土地に集中した局地戦だ。

 しかし三成の描いた構想は、大坂と会津で江戸を両側から攻めるというものだ。多くの諸大名が参戦することで、日本のいたるところで戦闘が起きるだろう。このように日本地図を広げたような合戦など、これまでの歴史で類を見ない。


「これほどの構想を思いつける者が、果たしてどのくらいいるか――三成殿のほかには、亡き太閤と謙信公くらいのものだろう」

「いいえ、もうひとりおられます」

「そなたのことか?」


 俺は黙って、(かぶり)を振る。

 そんなわけがない。俺は軍師ではなく、ただの歴史オタクだ。歴史の知識として知っているだけで、思いついたわけではない。


「それは他ならぬ直江殿のことでしょう。きっかけを与えたのは権兵衛ですが、後のことはご自分でお気付きになられたではありませんか」


 そこで左近が口を開いた。

 兼続はハッとした表情を浮かべる。


「さすれば太閤と三成殿、謙信公と俺だけということになろう。三成殿は豊臣家のため、そして俺は上杉家のため、この大合戦を戦おうというのだな」

「我が殿は、直江様ならば会津の地を要塞(ようさい)と化し、家康の軍勢を一手に引き付けてくれると信じています」

「うむ、それは俺にしかできまい。そして西国大名をまとめて挙兵に及ぶのも、三成殿にしかできないことだ」


 兼続は天を仰ぎ見るように顔を上げ、目を閉じた。


「このあまりにも壮大な(さく)は、上杉の人間が動かねば始まらぬ。それで三成殿は俺にまかせると言ったのか……」


 そして再び勢いよくこちらを向いたかと思うと、


「三成殿の本心、しかと心得た」


 膝を叩かんばかりの勢いで、そう言った。


「さすれば明日にでも殿をお連れして、会津(あいづ)へ出立するとしよう」

「明日ですか?」


 随分と急な話だ。景勝も驚くだろう。


「俺は三成殿の期待を一度裏切った」


 それはまかせるの一言で、合戦の構想を描き切れなかったことだろう。あんなのは三成の無茶振りで、気付けないのも仕方がないと思う。

 しかし結果的にこうして兼続のやる気を(みなぎ)らせたのだから、俺がヒントを出したのは正解だった。


「それを挽回(ばんかい)するには、神速の実行あるのみ」


 そう言う兼続は再び笑顔に戻っている。明日と言わず、すぐさま出立したいのが本音なのだろう。気持ちはすでに琵琶湖を越え、途中の岐阜や東京をすっ飛ばし、遠く福島の地に向かっているに違いない。


「あのタヌキめに、上杉の戦をとくと見せてしんぜよう」

「しかし敵は家康だけではありませんぞ」


 自信に満ち溢れる兼続に、左近は慎重に声を掛ける。


「会津より北の伊達(だて)最上(もがみ)は、間違いなく家康に(くみ)するでしょう」


 伊達政宗(だてまさむね)陸奥・岩出山58万石は現在の福島県と宮城県、最上義光(もがみよしあき)出羽・山形24万石は現在の山形県と秋田県であり、両者とも上杉の領地の北側に接している。

 史実では左近の言う通り東軍側につき、両軍合わせて3万人以上の兵力を動員したはずだ。


「家康が東西から挟まれるように、会津とて北と南から挟まれるのでは?」

「なあに、三成殿が到着するまで幾日(いくにち)でも耐え抜いて見せよう」


 対して、兼続は自信ありげに頷く。

 実際にもし家康や東北の諸大名が同時に会津へ攻めかかったとしても、会津はかなりの期間を持ちこたえただろう。

 なにせ戦国最強の上杉軍団であり、指揮するのは景勝と兼続だからだ。


 その間に三成らの西軍が駆け付け、家康を挟撃(きょうげき)することができれば、歴史は変わっただろう。


 ただしそうはならなかった。

 家康は三成挙兵の知らせを聞くや会津へ攻めることなく引き返し、西軍とは関ヶ原で相まみえることとなる。


 兼続の言う通り上杉は会津を要塞化することは出来たが、守りはともかく攻めの準備は万全とは言えなかった。上杉勢は左近の言うように東軍へついた伊達・最上連合軍の守る城を攻め、東北地方で最大規模の合戦を展開しつつも、関ヶ原の戦いがわずか1日で終わったことを知り、上杉は領地へと撤退することになる。

 その際に見せた撤退戦における兼続の采配が素晴らしく、伊達が敵ながら称賛したというのは有名な話だ。猛将として最低限の名誉が守られたというのが、兼続にとってせめてもの救いか。


 こうして三成の描いた構想は崩れ去り、日本を二分(にぶん)する大戦は負ける。

 しかし当然ながら、この自信に溢れた男はそのことを知らない。


「左近殿、安心めされよ。我が方の勝利は疑いない」


 兼続は念を押すように力強く言い、左近は黙ったまま頷いた。


「それにしても」


 兼続は笑みを浮かべたまま、俺へと向き直る。


「三成殿は類まれなる力を持っておいでだ」

「力ですか?」

「家来に恵まれる力よ」


 そう言って、兼続は俺と左近を交互に見た。


「過ぎたるものとまで言われる左近殿に、多くを語らずとも主の本心を完璧に言い当ててしまう権兵衛殿か。羨ましいかぎりだ」

「それは……」


 俺にはあまりにももったいないというか、過大評価もいいところだ。


謙遜(けんそん)するな。先ほど権兵衛殿が申した(さく)は、あまりに内容が具体的すぎる。三成殿が懐刀の左近殿に伝えず、権兵衛殿だけに伝えるとは考えにくい。あれはそなたが考えたものも含まれているのであろう?」


 なんてこった。兼続は完全に誤解している。なんとしてでも上杉を味方にしなければいけないという一心で、喋り過ぎてしまったのが良くなかった。


「左近殿は今更持ち上げるまでもないが、権兵衛殿もまた傑物(けつぶつ)だ」


 傑物とは、とびぬけてすぐれた人物のことだったはず。

 あの直江兼続にここまで言われるとは思わなかった。三成に褒められた時もそうだったが、歴史に名を残すような人物に褒められるのはやはり慣れない。


「三成殿の下には、良き軍師がふたりもいるようだな」


 左近はともかく、俺が軍師とは。ほんの数日前まではただの大学生だったのに、この時代に来たことで軍師になってしまうのか。

 俺は人のふんどしで相撲を取ったようなものなのに。


「それでは今後のこと、何卒お頼み申し上げる」


 会合はこれでお開きだということを察したのか、左近が念を押した。


「相分かった。権兵衛、その名前しかと覚えておくぞ」


 兼続にそう言われ、俺は黙って頭を下げることしかできなかった。

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