直江兼続
大坂へ着いたのは、ほぼ日の出と同時刻だった。
このまま車で市内や大名屋敷のある大坂城へ乗り込むわけにもいかないので、左近の案内で近くにある山の中に入り、なんとか入れそうな林の中に駐車した。
しかしそれだけでは目立つので、ふたりで葉のついた枝を折って集め、それを車に被せることでカモフラージュした。かなり骨の折れる作業だったし、こんな風に車を置いておくのは不安だが仕方ない。
正直めちゃくちゃ疲れているし、宿にでも入って眠りこけてしまいたい。
しかし左近はこのまま人と会う約束があるという。
「どこへ行くのですか」
「上杉屋敷」
俺の質問に、左近は歩きながらぼそりと答えた。
先ほど車内でした話に出た、家康に対抗しうる二人のうちの一人、上杉景勝の住まう屋敷である。大坂まで来たのはやはりただの物見遊山ではなかったらしい。
本来であれば三成がその人物と会う予定だったらしいが、七将による襲撃のせいで急ぎ大坂を離れなくてはならなかった。そして今も佐和山城から動けない。それで左近は急ぎ自動車ではせ参じた、というわけだ。
上杉屋敷へ着く頃には陽は完全に昇り、正午を過ぎたあたりだった。
「どなたにお会いするのでしょうか?」
ダメもとで聞いててみたものの、上杉屋敷ということで俺の中では二択のうちのどちらかだ。上杉景勝そのひとか、それとも筆頭家臣のあの人か。
「直江山城守兼続」
聞いてみると、左近はあっさりと答えた。
どうやら後者だったらしい。どっちにしろ俺にとっては厄介なことになりそうだ。出来ることなら、三成とその家臣団以外の人間とはあまり関わりたくはない。それが身分の高い大名クラスともなれば尚更だ。
俺のやらかした些細なことが、歴史にどんな影響を与えるのか分かったものじゃない。
もちろん左近からすれば俺の都合なんて知ったことではないだろうし、こうして屋敷の前まで来てしまった以上、お前も同席せよ、と言いたいんだろう。
「やあ左近殿、久方ぶりかな」
「山城守殿。しばらく」
やがて屋敷の外まで出迎えてくれた男と、左近は親しげに挨拶を交わした。
直江兼続といえば戦国最強と名高い上杉軍団のなかでも、猛将の名を欲しいままにした筆頭家臣である。
俺の中では左近のような大男だと勝手に想像していたが、実際の兼続は俺よりもだいぶ小柄で、しかも色白だった。
もしかしたら現代では優男なんて呼ばれる部類かもしれない。鎧や兜なんかよりもスーツが似合いそうだ。やたらと目鼻立ちがくっきりしているところなどは、どことなく三成に似ている。
たしか三成と兼続は同い年だったと言われているから、兼続も40を過ぎていることになるが、とても見えない。
「こちらは権兵衛と申す者だ」
「よ、よろしくお願いします」
急に紹介されたので、つい声が上ずってしまった。
「妙な喋り方をなされる。生まれはどちらかな?」
「少し訳ありでな。とはいえわしと同じ石田三成が家臣には変わらん」
「左様ですか。どうぞよしなに」
左近が素早いフォローを入れてくれて助かったが、これほど大事な場にどうして俺なんかを同席させたのかますます分からない。
この時期に左近が兼続に会うのは、間違いなく挙兵の段取りを組むためだろう。
「此度は大変だったな」
奥の間に通され腰を下ろすなり、兼続はそう切り出した。労っているのは襲撃事件か、それとも家康による不当な謹慎処分か。あるいはその両方だろう。
「加藤、福島らは太閤殿下子飼いの大名なれど、いささか知恵が足らぬと見える。よりにもよってあの老賊にそそのかされ、手先になり下がるとは」
左近の返事を待たず、兼続は早口でそう続けた。
老賊とは悪人や盗人のことだが、あまり品の良い言葉ではなかったはずだ。話の流れから察するに家康のことを言っているのだろうが、家康のことを顔色ひとつ変えずにそう呼ぶ者など、日本広しと言えどこの男と三成しかいないだろう。
大の家康嫌いだったと史実に残されているが、その通りのようだ。
「それで、三成殿は俺に何の用かな?」
そう言って、兼続は不敵に笑う。なるほど、こうして見ると細身のわりに強キャラ感があるというか、妙な圧力があっていかにも有能そうだ。
「主より言伝を預かっております」
「ほう、文ではなく言伝を?」
左近の返答に、兼続はそれは面白いと笑い、前のめりになった。
「あの男は直江兼続に手紙は不要だとでも言うのかな」
「まさしく。それでは申し上げます」
そこで左近は一度だけ軽く頭を下げた後に、
「まかせる、とのことです」
そう言ってのけた。
隣で聞いていた俺は思わずずっこけそうになってしまった。
まさかそのたった一言のために、滋賀の湖西からここ大坂まで遠路はるばるやって来たというのか。俺の睡眠時間はどうなる。帰りの運転もあるんだぞ。
さすがの兼続も予想外だったのか、瞳を大きくした。
「ふむ……三成殿がそう言ったのか」
そして顎に手を当てて、考え込んでしまう。
「殿はその一言だけで通じる、と仰っていましたが……」
兼続の反応が良くなかったことで、左近は不安になったようだ。
左近は三成と上杉家の間には、すでに今後の取り決めがなされており、今のが決行の合図か何かである、と予想していたらしい。
「通ずるものもあるにはある。しかし完全ではない」
「といいますと?」
「俺と三成殿は、盟友と呼べる間柄だ。お互い名君である上杉家と豊臣家に仕え、若い頃から意見を交わしてきた」
昔を懐かしむように、どこか遠い目で兼続は語り始めた。
「どちらのお家が危ういことになれば、共に立ってお家を守ろう、という取り決めを交わしていたのだ」
「家康は豊臣家から天下を奪おうとしております。いわば豊臣家存亡の危機。我が主は家康を討つため、上杉家にお力添えをたわまりたいのでは?」
「うむ。左近殿が訪れた時はその相談かと思った。しかしそれならば、言伝が俺にまかせる、とはどういうことだ」
兼続の疑問はもっともだ。豊臣家を守るために上杉家に協力を要請するのなら、助けてくれ、共に立ってくれ、などと言うべきだろう。
まかせるというのは、相手に判断を委ねるということだ。
「おそらく三成殿の本心はべつのところにあるはず。左近殿でも分からぬか」
「面目ございませぬ」
左近は心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「本心が分からない以上、俺も動くことはできんな」
溜息まじりに兼続は言う。
まずい、これでは苦労して大坂まで来た意味がない。なんとしても三成の本心を伝えねば、兼続もとい上杉家が味方でなくなってしまうかもしれない。
そもそもこれでは俺の知る歴史と違ってしまう。
上杉と家康の対立が決定的となり、家康が大軍を率いて会津征伐に向かったことが、三成が挙兵するきっかけになるからだ。
「お待ちください」
気付けば、俺は声を上げていた。
左近の付き添いだと思っていた俺が突然発言したことで、兼続は面食らった顔を浮かべる。それは俺の横に座る左近も同じだった。
「そなたは権兵衛といったか」
「はい」
「そなたは三成の本心を知っておるのか」
「仰る通りです」
出しゃばり過ぎか。いや、ここで直江兼続を動かさなければ、関ヶ原の戦いが起こるかどうかも怪しい話になってしまう。
「では聞こう。三成殿は俺になにをまかせようと言うのだ」
石田三成の本心。ぶっちゃけそんなものは分からない。
その代わり俺の頭の中には、三成が家康を倒すために描いた、あまりにも壮大な作戦が頭の中に入っている。
それを兼続に伝えるしかない。
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