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戦国のスマホ

 石田三成が徳川家康との戦に備えている。

 そんな噂が京や大坂の市民たちの間でささやかれているという。


 いつの間にか話は大きくなり、三成が佐和山城の堀を深くするなどの改修を行っている、奉行時代に蓄えた金を惜しげもなく四方にばらまき、大量の浪人(ろうにん)を抱え込んでいる――と、えらく具体的な内容になっているらしい。


「根も葉もない話が広まるなんて、この時代も現代とそんなに変わらないっすね」


 島左近から受けた報告を話すと、詩羽(うたは)は呆れた様子でそう言った。


 現代と違うのはこうした人の噂話がSNSなどで拡散されたりはせず、あくまでも道行く人々が、顔を合わせたついでのように情報交換が行われているだけのこと。特に娯楽らしい娯楽のないこの時代においては、戦国大名の噂話ほど民衆を熱くさせるものはないのだろう。

 だから誰も知らない情報を聞かせたいとの一心が、噂話に尾びれも背びれも付くことになり、それがまた人から人へと話され拡散されてゆくわけだ。


「いつの時代も庶民は噂好き、ということであろうな」

「その喋り方なんなんすか?」

「あの人たちと話してると伝染(うつ)るんだよ」


 自分でも話し方がこの時代の人間に感化されつつある、と自覚はしていた。

 おそらくこれは良くないことだと思う。自分がこの時代の人間ではなく、あくまでも現代人であることを忘れない為にも、こうして双子と話すことは重要だった。


「大変っすね、佐和山城主(さわやまじょうしゅ)石田三成が家臣、名無しの権兵衛(ごんべえ)さんは」

「それをイジるな」


 なにも意味なく偽名を使っているわけではない。


「もし石田家の誰かが書いた書状に俺の名前が記されることになったら、面倒なことになるだろう。権兵衛だけなら何の問題もない」

「歴史に名前が残るかもしれないっすよ」

「だからそれが嫌なんだって」

「でも京都や大坂で広まっているっていう噂、事実ですよね」


 これまで俺たちの会話を黙って聞いていた文羽(ふみは)が口を開いた。


「事実って、どういうことだ?」

「ほらこれ」


 そう言って、文羽はスマホを取り出した。ほんの二、三日前まではスマホなんて毎日見ていたのに、こうして文明の利器を目にすると、なんだか違和感がある。

 もはやネットにも繋げず電話も使えないスマホなんて何の価値もないと思って存在を忘れていたが、なるほどカメラ機能だけは使えるということだ。


「ここ電波弱くないっすか?」

「そうだな。この城Wi-Fiないのかよ」

「真面目に聞いて」


 詩羽がネタを振ってきたので乗っかったら、怒られてしまった。

 大人しく文羽のスマホ画面を覗き込む。


 そこには佐和山城の外堀と、半裸で働く男たちの姿が映っていた。


「お堀だな」

「うん。堀を深くしているってのは間違いないみたい」


 俺が家臣のひとりに数えられるようになったことで、その従者である双子は城内であれば自由に歩いて良いと許可を貰っている。

 そこで文羽は佐和山城の隅々までを観察しているらしい。憧れの佐和山城の実物があるのだから無理もない。

 とはいえ、写真を撮って回っているのは予想外だった。


「この写真も見て」


 別の写真では、槍の稽古をしている男たちが映っている。

 彼らは武士ではなく、佐和山の領内に住む農民だ。


 襲撃事件は三成が謹慎処分を甘んじて受けたことで、終息した。それに伴って城内の武装は解かれている。今や城内で具足を身に着けている者はいない。

 しかしその代わり城内には近隣に住んでいる農民が集められ、家臣が交代で槍の指導に当たっている。つまり三成が浪人を集めているという噂は、当たらずとも遠からずといったところだ。


 三成が戦支度(いくさじたく)をしているというのは間違いない。


 ちなみに謹慎を命じられた三成だが、けして城で大人しくしていたわけではない、というのは史実通りだ。三成は方々(ほうぼう)に使いを出し、書状をしたためるべくずっと自室に籠っている。

 聞いた話だとずっと筆を走らせており、止めることもしないらしい。それでよく腱鞘炎(けんしょうえん)にならないものだ。そう思うとシートベルトを握っていただけで、手が痺れたと嘆いていた三成の姿が蘇る。


「スマホはあまり使うなよ。バッテリーが切れたらおしまいだからな」

「この部屋コンセントないっすからね」


 詩羽は先ほどのやり取りが気に入ったのか、まだそんなことを言っている。


「それで言ったら、プリウスはどうですか?」


 文羽が不安げに聞いてきた。たしかにプリウスのガソリン残量は、俺たちにとってスマホのバッテリー残量よりも生命線になるだろう。


「最後に見た時は、ガソリンはまだ8割くらい残っていた」


 高速道路を下りる前に給油していたことが幸いした。サービスエリアのガソリンスタンドはバカみたいに高かったが、必要投資だったということになる。


「ここと大坂の三往復くらいは出来るんじゃないかな」


 ここから大坂城までの距離は約150キロほど。信号もないし、リッター30キロくらいはいけるんじゃないだろうか。つまり残りのガソリンを35リットル程度としても、三往復はできるということになる。まあ、したくはないが。


「じゃあ関ヶ原の戦いが終わっても、大坂でもう一戦いけるっすね」

「…………」

「…………」


 いつもとなんら変わらない詩羽の冗談だ。本気でないことは分かっている。

 これが現代の戦国愛好会の部室での発言であれば、俺と文羽は反応することができたはずだ。


 ただし今は戦国時代で、ここは佐和山城の一室である。

 言葉の重みがまるで違うだけでなく、俺は三成の家臣だ。このままの流れでいくと、関ヶ原の戦いに西軍として従軍することになる。


 残念ながら俺は腕っぷしに自信がない。これまで生きてきて殴り合いの喧嘩もろくにしたことがないくらいだ。

 三成には背が高いことを褒められたが、それだけだ。武将相手はもちろん足軽にすら負けるだろう。そもそも槍や刀を持つことすら避けたいところだ。


 適うのならば、やはり歴史の知識を活かすことのできる軍師ポジションが良い。

 しかし歴史の知識があることと、実際に軍隊を指揮することはまるで違うだろう。平素は三成の良き相談役というポジションに収まり、いざ合戦の時は最後尾に控えているくらいが調度よいのだが、果たしてそう上手くいくだろうか。


「入っても良いかな」


 そんな時、(ふすま)の向こう側から声がした。

 この声には聞き覚えがある。


「どうかしましたか」


 すぐさま立ち上がり、襖を開ける。

 俺の予想通り、そこには島左近がいた。


「これより大坂に出立しようと思う」

「大坂へ?」


 まさか今の話を聞かれていたのでは、と不安に駆られた。それが分かりやすく表情に出たらしく、左近はさぞおかしなものを見たかのように笑い、


(はかりごと)をするにはそなたらの声は大きすぎるのよ」


 (たしな)めるようにそう言った。

 迂闊(うかつ)だった。今にして思えば日本の伝統家屋(かおく)というやつは、プライバシーという概念が微塵もない。俺たちは普段通りに話しているつもりでも、それが隣の部屋や廊下に筒抜けだ。


「安心せい、会話の半分も理解できなんだわ」


 俺の後ろにいる双子ふたりもさぞ緊張に顔を引きつらせていたのだろう、それを安心させるように左近は続けた。

 どこから聞いていたのだろう。スマホやガソリンなんて部分は聞いたところで理解できないにしろ、関ヶ原や大坂という地名は分かっただろう。大坂はともかく、何故美濃の地名が出て来るのか不思議に思われたかもしれない。


「それで本題だが、殿の窮地(きゅうち)を救ったあの乗り物を借りたい」


 まさか大阪まで車で行くというのか。現代なら特に違和感のないセリフだが、この時代に武士からそんなことを言われるとは思わなかった。


「あれは俺にしか乗りこなせませんが……」

「それを聞きたかった」


 とっさに答えてしまい、しまったと思った。

 左近は初めから俺を一緒に行かせるつもりだったのだ。


「されば共に大坂まで参ろうではないか」


 命令するわけでもなく、同僚をランチに誘うかのように左近は言った。

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