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5.司書リブロ=リオフィリー

 図書室に行くと、薄暗い書架の奥に淡い色の長い髪が見えた。先生だ。両手に本を抱えて足早に書架へと向かっている。

 図書室内で走るのは御法度。できるだけ早足で先生に追い付く。

「先生」

「ああ、ヴァンカリアくん」

 いらっしゃい、と足を止めた先生は、夜空のような色の瞳を細めて笑う。

 忙しそうですねと言うと、新しい本が入ったからその作業中なのだと答えてくれた。

「って、”僕”に用だよね」

「はい」

「奥の部屋にいるよ。多分寝てると思うから、起こしてもらっていいかな」

 右目の下にほくろが二つある先生は申し訳なさそうな顔で部屋の奥を示す。

 わかりましたと答えると、本当に忙しいらしく「よろしくね」とだけ言い残して行ってしまった。


 言われた通り、図書室の奥にある部屋には人影があった。

 薄紫の髪を見るまでもない。この部屋に居られるのは教員かその許可を得た者。

「先生。リオフィリー先生」

 ノックをしつつ声をかけるも無反応。持ってる本に視線を落として動かない。「先生」が言ってた通り、寝てるのだろう。

 起こしてやる前に、隣の小部屋に移動する。ポットを水の魔法で満たして火にかける。湧くのを待つ間に、棚にストックされてる簡易食を探し出す。

 先生は読書に没頭しすぎることがよくある。数時間程度ならいいけど、寝食を見事に忘れて数日なんてこともザラ。結果、そのまま動けなくなってしまう。ある意味では寝てるのかもしれないが、いつか死ぬのではと心配になる。

 仕事は代理人形がやってるから影響はないらしい。さっき図書室で会ったのも、「2号」だ。普段は先生の世話もしている人形が居るはずだけど、この状況を見るに、手が回らないほど忙しいのだろう。

 用意ができた軽食を目の前に置いて、肩を揺する。まつ毛が揺れて、先生の頭がわずかに動いた。

「四方の神が空を区切り……夏は陽炎の奥に、って。あれ……?」

「なんですかそれ。起きてください」

 眠そうな目をぱちぱちと瞬かせると、視線がようやく焦点を結ぶ。目に映ったのは温かな湯気を立てるコーヒーだろう。一瞬不思議そうな顔をしたけど、すぐに俺の方を見上げた。

「用意してくれたのかい?」

「2号さんに先生は寝てると言われたので。どうせ今日の食事もまだでしょう?」

「うん……。ありがとう」

 先生はカップに手を伸ばし、ふうと吹いて口をつける。温かい飲み物を入れたからか、肩の力が抜けたのが分かる。

「いや、いつも悪いねえ」

「そう思うんなら生活習慣を見直したほうがいいと思いますよ」

「いやあ、そうなんだけどつい。それで」

 どうしたんだい、と先生は空いてる席を勧める。

「この間頼んだ本の状況を聞きたいのと、ちょっと見たい本があるのでその申請に」

「なるほど。封印関係の呪文書と魔方陣の辞書はカウンターで貸し出せるよ。咫川草稿(あたがわそうこう)は本国から写本として譲り受ける手配をしたからもう少し待ってね」

「国の図書館にある分だけでもよかったのに」

 いやいや、と先生は首を横に振る。

「いい機会だもの。ここは魔術国家一の学園だよ。この図書室にこそ、あらゆる流派の魔術書があってしかるべき。そうだと思わない?」

「そうかもしれませんけど。読みたいだけでは?」

 ツッコむと、イタズラがバレたような顔をされた。

「そりゃあ読みたいよ。僕だって研究者の端くれだもの。1ヶ月もあれば届くと思うからもう少し待ってね。それで、他に見たい本って言うのは?」

「これです」

 と、タイトルを連ねたリストを渡す。先生はふむふむと頷き、数秒。

「なるほど。過去の伝承に体質の原因を求めようと思った、ってところかな? 残念だけど、君の体質に関係するような記述はないよ?」

「タイトル並べただけでそこまで分かるの怖いんですが」

「ふふ。司書だもの」

「学園の司書で済むレベルじゃないって言ってんですが」

「いやいや、司書ならこのくらいできるよ」

「俺はできな――いや、そうじゃなくて。これらの本、借りれますか?」

 ずれかけた話を戻す。

「うん。いくつかは貸し出せる。けど、ラメルの童話集とフォールマン呪文集はここで読むか、僕が読み聞かせるかのどっちかだね」

「じゃあ読んでいきます。メモは取ってもいいですか?」

「童話集ならいいよ。呪文集は紙に書き写すだけでも効果を発揮するものがあるから不可」

「わかりました」

「しかし、物語からのアプローチとはまた思い切ったね」

 先生は細い指を組んでニコニコと問いかける。これはじわじわ詰めてくる合図だと察する。

「あー、ちょっと仮説が立ちまして」

「へえ。聞いてもいい?」

「どうせそれを閲覧許可の対価にするつもりでしょう?」

「うん」

 そういうことだろうと思った。ため息をつきながら話せる情報をざっくりまとめる。

 俺の体質は先生も知っているから良いとしても、彼女の目については極力伏せておきたい。しかし、話の流れで触れない訳にはいかない。どう話したものかを考えながら言葉を置く。

「最近、研究に協力者ができたって話はしましたよね」

「うん」

「彼女が、持っていたアイテムにですね。変わった効果を発揮する物があって」

「ほう。どんなのなんだい?」

「月光に当てると魔力混じりの、水が湧くんです」

「へえ、魔力が混じるのは珍しいな」

「マジックアイテムにも興味あるんですか?」

「いや、図録を読んだことがあるだけだよ。で、彼女はそれをどうやって手に入れたの?」

「経緯については覚えてないそうです」


 一度だけ「その現象は生まれつきなのか」と尋ねたことはある。

 彼女は素直に違うと答えてくれた。ある時期を境に片目が変色して以来だと言うが、経緯はよく覚えていないらしい。


「昔から持っている物だったけど、元からそういう効果があったものではないそうで」

「へえ。ということは、後天的に付与された属性って事か」

「ですね」

「なるほど。――クラレックさんの目にそんな秘密がね」

「え」


 背中がヒヤリとした。今の話で、彼女の目に結びつく情報はなかったはずだ。それどころか彼女の名前も出してない。なぜバレた。

「ああ、気にしないで。僕の持ってる情報からそう結論付けただけだから。でも」

 先生の目が細くなる。柔らかさの中に、情報をひとつも逃さない鋭さがあった。

「君のその反応を見るに、当たりみたいだね」

 メモ用紙をピン留めするような声。ここで下手に言い訳しても逃げられないと嫌でも分かった。諦めて頷く。

「……その通りです。ただ、本人は目のこと気にしてるので、触れないでやってください」

「もちろん。君がその明言を注意深く避けてたからね。この部屋以外に持ち出さないと約束するよ」

「ありがとうございます。はあ、後で謝っておかないと」

 完全に俺のミスだ。いや、先生を甘く見ていただけかもしれない。それにしてもどこでバレたんだろう。

「どうして分かったんですか?」

「んー……正直閃きのようなものなんだけど。そうだなあ」

 道筋を考えるから待ってね、と先生はカップに口を付けて思案する。

「特定の光を浴びると魔力を帯びた水が出てくる、という逸話は割と各地に残ってる。何かを封じたものであることが多いね」

「はい。よくありますね」

 月光、日光、魔法の光。そういうものを発動条件としたマジックアイテム。水が湧き出る石が沈んだ泉。よくある話だ。

「うん。よく語られるのは女神像かな。その涙に何かしらの効能がある、みたいな。それでも魔力そのものっていうのは少し珍しいし、後天的なものでマジックアイテムとなると、ここ数十年記録にない」

 時折目を閉じて、何かを思案しながら先生は言う。

「ただ。それが、何かの封印だっていうなら確率は上がる。というか、よくある話だ」

「ふむ」

「だから、後天的なら何かに施された封印。それも魔力を抑えるものと仮定した。月光でその封印が綻ぶから流れ出る水。それなら涙だろうか、っていうイメージ? そこから目に特徴がある生徒を絞って……、みたいな?」

「ホントにひらめきで来ましたね」

「ふふ」

 あとはそうだなあ、と先生はのんびりと言う。

「君が先日閲覧申請を出した本かな。アイテムに使う呪文にしてはちょっと古い。魔方陣を付与するにしても、最新の論文を当たったほうが効率的だ。つまり、君は何かに施された封印や魔方陣を読み解こうとしている」

「その通りです」

「ま、色々言ってみたけど。全部置いといて」

「置いといて?」

 何か決定的な理由があるのか。先生は応えるように笑った。

「君が下級生をそんなに気にかけるなんて、ただのアイテム所持者な訳ないじゃない」

「……え?」

 根拠が急にふわっとして理解できなかった。どういうことかと視線で問う。先生は指を組んで楽しそうにしている。

「いやだって、そうでしょ? アイテムだけが目的なら譲り受ければ良いんだから。君がそうしないって事は、彼女自身に何かあるか、……うん、まあ、そういうことじゃないかな?」

「どういうことですか」

「そういうことだよ。そういうわけで、君が読み解こうとしている物はマジックアイテムではなく、彼女の自身に施された何かではないかと予想した。そもそもアイテムだけの話なら所有者の情報は省くだろう。君」

「む。……そう言われるとそうですね」

 つまり、一言目から間違っていたってことだ。ため息が出た。

「まあ、大体合ってます。この際だから話しますけど、彼女には魔力の封印が施されているんです」

「それ、授業で困らない?」

「困ってますよ。だから、効率的な魔力の使い方や組み合わせを教えたりしてます」

「なるほど。月光でそれが綻んで、体内の魔力が涙に混じって溢れると言うことかな」

 頷く。

「月光で流れる涙にだけ魔力が混じる。それが、俺の目を見ても同様の効果があるんです」

「君の目に?」

 そう言いながら首を傾ける。俺の目を見たいのだろう。頷いてその視線を真正面から受け止める。満足げに目を細められた。

「僕から見ると、ただの綺麗な目だけどね」

 ふむふむと先生は頷いて目を半分ほど伏せる。俺の話を聞きながら、自分の中にある情報と照らし合わせているのだろう。

「しかし、君の目に月光と同等の効果があるからそっちから当たることにした……にしては根拠が薄いね」

「薄いですか」

「うん。だったら禁書指定されるくらい古い書物を当たる必要ないでしょ?」

「む……」

 少し考える。どう話すか。いや、下手に伏せる必要はないかもしれない。謝ることは確定しているんだし。

「彼女の目はですね。いつもは髪で覆ってますが、星呑みの色なんです」

「へえ。いいじゃない」

 星呑みの色は、先生の反応が一般的だ。目の色なんて多種多様だし、その中の一色にすぎない。加護を得られるなんて話があるから、好意的に受け止められる色でもある。

「そうなんですけど。それで、星呑みの伝承には月が関係してる。だから、そこに何か手がかりがあったりしないかと」

「彼女の封印が星呑み関係ってこと?」

「そこは分からないです。でも、手がかりになるなら当たっておきたいなと」

「んー……。そうか。確かに星呑みの伝承には月に関する記述が多い。星の魔女の話をするなら、月と太陽の魔女についても触れなくてはならない。ああ……そうか。あの辺も関わってくるのかな……」

 先生は自分の頭の中の本をめくり始めたらしい。俺も思案に耽ってリネットに注意されるが、なるほどこういう状態なんだな。

 先日クラレックにも似たことをしたのを思い出した。謝りはしたが、今後も気をつけよう、と心にメモをする。

「と、いうわけでですね。先生」

「――あ。ああ。ごめんね」

「その辺をあたってみたいので、他にもいい本があったら教えてください」

「わかった。三日ちょうだい」

「よろしくお願いします。……ところで、ひとつ聞きたいことがあるんですが」

「何?」

「星呑みの色って後天的になることもあるんですか?」

「いや、読んだことないよ」

「片目だけ、ということは?」

「んー……オッドアイはよくあるけど、星呑みに限れば、そんな記述は見たことないな」

「そうですか」

 考える。

 クラレックはオッドアイだ。片目が星呑みの銀、もう片方が赤紫。隠しているのは星呑みの方だ。

 そして彼女は「この目は厄災を呼ぶと言われている」と言っていた。隠している側からして、星呑みの色がそう言われていたのだろう。

「さっき話した通り、彼女の目の色は後天的なんです。封印が施された時期と目の変色時期が同一の可能性がある」

「ふむ。つまり、星呑みの色が封印で変色したと?」

「そうかもしれません。彼女の地域では星呑みは厄災を呼ぶと言われてたようなので、封印と色の」

「え、ちょっと待って?」

「はい?」

 先生が珍しく話を止めた。信じられない話を聞いたような表情をしている。

「星呑みが、厄災を呼ぶ……?」

 先生の目が鋭く光ったように見えた。

「そう、言ってましたけど」

 頷くと先生は難しい顔で「ちょっと待って」と言って目を閉じた。

 そのまま数秒。目を開けて首を横に振った。

「今、僕がこれまで読んだ星呑みに関する伝承を一通り読み返したんだけど」

 サラッとすごいこと言ったなと思いながら、頷くに止める。

「僕の知りうる限り、そんな話はない」

「先生が読んだことがない、ってことですか」

 うん。と先生は眉を寄せたまま頷いた。

「そう。古くから広く知られている話というのは、それなりに人口に膾炙したものであることが多い」

「はい」

「星呑みの伝承なんてよく知られた物語の筆頭だ。バリエーションこそ多岐に亘るけど、どれも加護を得られるなど好意的な結末だ」

「そうですね」

「魔女が月に封じられたところで終わるものもあるけど、厭われる理由として機能する物語が存在しない」

「……えっと、つまり?」

 先生が俺に詰め寄るように顔を寄せる。

「星呑みの色だから厄災を呼ぶ、というのはきっと後付けだ。多分、彼女には何か隠されている」

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