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3.研究成果

 ルナ先輩の研究に協力を初めて1ヶ月くらいが経った。


 私は数日に一度研究室を訪れて、涙を提供したり、魔法の練習に助言をもらったりしている。

 涙の提供は目を見るだけなので楽だけど、じっと見つめられるのは何度やっても恥ずかしい。でも、先輩の目はそれを忘れそうなくらい綺麗で、真っ直ぐだ。


 二人の体質について大きな進展は無いけど。お茶を飲んだり話をしたりする内に、少し先輩の事が分かってきたような気がする。 

 研究に没頭すると寝食を忘れがちになるらしいけど、噂に聞くほど変ではない。

 気難しい顔をしてるのは考え事をしている時で、普段はよく笑う。私の目の色についても何も言わないし、魔法の練習にも付き合ってくれる。従者のリネットさんに色々言われて言い返す姿は他の先輩達と変わらない。

 私から見れば、噂や第一印象とはちょっと違う、優しくて真面目な先輩だ。


 そんなある日の放課後。


「ねえねえ、ティアちゃん」


 声をかけられて顔を上げると、そこには友人のレヴィが居た。

 普段のほわほわした空気と声を潜めて、彼女は廊下の方を差す。


「あそこで待ってるの。先輩といつも一緒にいる人じゃない?」

「うん?」


 彼女の差す方――廊下を見ると、上級生が廊下に立っていた。

 すらっと背が高く、青い髪を三つ編みにして前に流している。綺麗な顔立ちに、隙なく着こなした制服がよく似合う。廊下で立ってるだけなのに、凜とした佇まいを感じるその人は。


「……リネットさん?」


 先輩の従者、リネットさんだ。ルナ先輩と同じ学年に所属しているから、本当はリネット先輩と呼ぶべきなんだけど、そこは本人が頑なに認めてくれなかった。

 こんな時間にここに居るのは珍しい。そもそもここは1年棟。上級生が来るのはとても珍しい。珍しさの重ねがけとリネットさんの佇まいに、教室の一部もざわついているように見える。


「何か用事かも。ごめん、図書室行くの明日でも良いかな?」

「いいけど」


 レヴィは何か言いたげに眉を寄せた。


「ティアちゃん、本当に大丈夫なの? あのヴァンカリア先輩でしょ?」


 あの、という微妙な強調に、先輩の色んな噂が詰まっているのが分かる。


「大丈夫だよ。ちょっとお手伝いしてるだけだし」

「本当に?」

「本当だよ?」


 何をそんなに疑ってるのかわからないけど、大丈夫だと念を押す。

 レヴィは「そっか」と頷いた。理解を示してくれる友達がありがたい。


「ティアちゃんがそんなに良く思ってるなら、きっと大丈夫だよね。でも、なんかあったらすぐ言ってね?」

「うん。ありがとう」


 レヴィと別れてリネットさんの所へ向かう。


「こんにちわ、リネットさん」

「ああ、クラレック嬢」


 挨拶をすると、リネットさんはふわりと微笑んだ。緑の瞳が涼しげで、男女問わず虜にできそうな笑顔だ。上級生だというのに、リネットさんは私に向けて緩やかに頭を下げる。


「急に申し訳ありません」

「あ、あの。頭、あげてください……!」 


 上級生が下級生に頭を下げる様に、周りの生徒が一瞬ざわついたのが分かる。

 ずっと静かに過ごしてきたんだ。ここで目立ちたくはない。いや、もう遅い気もするけど。


「それで、その。何かあったんですか?」

「ええ。少々進展がありまして。ルナイル様が呼んできて欲しいと」


 こうしてリネットさんが呼びに来るなんて、何か大事なことがあったのかもしれない。

 そうでなくてもここは早く立ち去りたい。これ以上はちょっと耐えられない。


「そうでしたか。じゃあ、行きましょうか!」

「はい」


 頷いたリネットさんは「それでは参りましょう」とさらっと踵を返す。

 私も追いかけるように、教室を後にした。


 □ ■ □


 先輩の研究室は、研究棟の隅にある。学校から許可を得て借りているらしい。

 図書室と小さな通路で繋がっていて、先輩はそれを使って研究室と図書館を行き来していると話してくれた。なるほど、だか図書室から出てこない、なんて噂が立つんだ。

 

 研究室のドアを開けると、いつも以上に薄暗かった。

 カーテンも閉め切って、灯りも最小限にしてあるらしい。


「ルナ様」


 リネットさんが呼ぶ。返事はないけど人の気配はある。忙しいのかもしれない。リネットさんはため息をついて、床に灯りで道筋を描いてくれた。


「クラレック嬢。この上をお進み下さい」

「ありがとうございます」


 通り過ぎると蛍のように散って消える道を辿る。

 この部屋は物が多い。机だけじゃなく床にも資料や器具が置いてある。リネットさん曰く「片付けが苦手な訳ではないのですが。物の多さと増加速度が収納に追い付かないんです」とのこと。それを体現するような、物が溢れた部屋。明るくても蹴ったり引っ掛けたりしそうで怖いのに、暗いと尚更だ。


 なんとか部屋の奥へ辿り着く。先輩はいつもの机の上にノートを広げて、何かを書き込んでいた。何本もの試験管と、広げられた本。メモ用紙にノート、筆記具。そんなものが卓上のランプにぼんやり照らされている。


「ルナ様。クラレック嬢をお連れしましたが」

「あ。ああ。来たか」


 リネットさんの声でようやく気付いたらしい。先輩はペンを止めて顔を上げた。


「急に呼び出してすまなかった。ちょっと見てもらいたいものがあってさ」

「いえ、大丈夫です。でも、どうしたんですか? 窓も閉め切って」

「暗くしないとよく見えないんだ。これなんだけど」


 ちょいちょいと指で呼ばれるままに、近くへ寄る。

 ノートを横にどけて、試験管を引き寄せる。揺れる透明な液体は私の涙だろう。


「これを加工して魔鉱石にするつもりだという話はしたよね」

「はい」

 魔力は液体に溶かすのは簡単だけど、逆は難しい。なので、硬質化することができれば、魔力を取り出

してさらなる加工ができるのではないか、と先輩は言っていた。


「だけど」


 先輩が指で試験管を叩く。小さな火花がいくつかはじけて消えた。


「火花?」

「いや。よく見てて」


 先輩の指が試験管の縁を叩く度に、火花が……いや、言われてみれば確かに違う。何かしらの形を持っているように見える。目を凝らす。緑や紫に光って消える、小さくて淡いそれは、文字と幾何学模様。うん、これは部屋を暗くしてないと見えない。


「これは……魔法陣、ですか? でも一体何の」

「封印《プロテクト》だ」

「封印」

「そう。加工のために魔法を流し込もうとすると、こうして弾ける。転写したのがこれなんだけど――」


 と、先輩がノートをめくって明かりを灯す。複雑な魔法陣がいくつか。それぞれにメモが書き付けてある。あの小さいのを読み取って書き込んだらしい。


「かなり複雑だし、他国の術式も含まれている。ざっと読み取った感じだと、魔力の封印と消化が主な機能のようだ。ご覧の通り、外部からの干渉を防ぐものも含まれてるけど……そこはいいや」


 つまり、と先輩がもう一度ノックして魔法陣を散らす。


「クラレック。君は、誰かに魔力を封印されている」

「封印、ですか?」


 そう。と頷かれたけど、心当たりがない。戸惑う私を見る先輩の目が、小さな明かりを弾いて光る。


「君に魔力はある。髪や血液で魔法を使えるのがその証拠だ」

「でも、どうして封印なんて……」

「それは魔法陣を読み込めば何か分かるかもしれない。もう少し時間をくれると嬉しい」

「はい」

「それから――」

「ルナ様」


 するりと差し込まれた声で、先輩の言葉が止まった。

 リネットさんが呆れた顔というか、なにか言いたげな顔をしている。


「なんだリネット」

「クラレック嬢を立たせたまま長話する気ですか? せめて椅子を勧めてください。全くそんなだから――」

「あー。わかったわかった」


 先輩は頭を掻きながらリネットさんの言葉を遮った。


「要は茶の用意ができたってことだろう? 続きはそっちで話そう」


 ため息をついて、ノートと本を持って席を立つ。数歩進んだところで、何かに気付いて私の方を振り返った。


「気が回らなくてすまないな」

「いえ。私は全然……!」


 先輩はそれに何か答えるわけでもなく、すたすたとお茶用のテーブルへと向かう。


 席に着くと、リネットさんの姿はもうなかった。先輩が研究をしている時は、お茶の用意と時間の管理以外は他のことをしているらしい。


「それで、さっきの話の続きだけど」

「はい。その。私の魔力が封印されてる理由は、ちょっと分からないのですが」

「そうか。まあ、封印が施された理由については一旦置いておこう。何か思い出したことがあったら教えてくれ」

「はい」

「で。この魔法陣と君の魔力についてだけど。これは仮説として聞いてほしい」


 広げられたノートに視線を落として頷く。

 学校で習う魔方陣よりずっと複雑だ。シンプルな物だとパッと見て属性を読み取ることもできるけど、これじゃあ難しい。


「君の魔力は体外に出ないような処置が施されている。通常、使われない魔力は周囲のエーテルに溶け込むが、君の場合はそうじゃない。身体とエーテルの間に断絶が起こっている。エーテルに触れると発動するのかもしれない」

「つまり、私はその封印でコーティングされてるような?」

「そう。そんなイメージでいいだろう。魔力は体内で一定以上の濃度になると、暴走の危険性が増す。それを阻止するために魔力を動力として発動している」


 しかし、と先輩の指が魔法陣の縁をなぞる。


「この魔法陣は燃費が悪い。例えるなら、明かりを灯すのに火炎呪文の並の魔力を必要とする。他国の術式を混ぜることで、敢えてそうなるよう作ってあるようにも見える」

「魔力が減る分には問題ない、ということですか」

「だろうな。そしてこれは月明かりに弱い箇所をそのままにしてある。月光に当てると綻びが生じる。すぐに修復されてるようだけど、綻ぶ方が早いらしい。対策がないのもわざとだろうな」

「月明かりは魔力を回復させるから……」

「そういうことだと思う」


 肯定するように先輩は頷いた。


 月明かりは魔力を回復してくれると同時に、魔法や魔術の規則を綻ばせる。

 昔、世界を滅ぼそうとした魔女を分割して封印したのが、空に浮かぶ二つの月。そこから流れ出る魔力の欠片が星だと言われている。

 魔女の膨大な魔力は、長い時をかけて世界に降り注ぎ続けている。同時に、魔女の「世界を破壊する」という強い呪いも流れ出ていて、魔法陣や呪文を劣化させる。

 魔法に触れる人は誰でも知ってるおとぎ話だけど、その効果は本物だ。月光に当てて魔力を蓄積させたり、魔法を打ち消す効果を持たせたりするマジックアイテムはたくさんある。


「回復する魔力が綻びから溢れ出る。それが涙という形で現れる。そういう仕組みではないかと」


 思うんだが、と先輩の言葉が濁る。

 先輩の説明は何となくわかる。


「でも、月光を浴びる、ではなくて月を見る、なんですね」

「うん。それは瞳が最も光を取り込みやすいからだと思っている」

「なるほど。じゃあ、先輩の目も同じ効果があるのはなぜでしょう?」

「そこなんだよなあ」


 放り投げるように天井を仰ぐ。はあ、とため息。


「俺の目が月光と同等の効果を持つとしても、俺の目が光るわけじゃないんだよ……」

「ですね」

「つまり、君の涙が出る仕組みは月光によるものではなく、月そのものに何か仕掛けがあるのか。俺の目に月光のような何かがあるのか……いや、だったら……」


 先輩が完全に詰まってしまった。お茶もお菓子もほったらかしで本を見つめて何かを考えている。時々何かを呟いているけど、私にはよくわからない。リネットさんのお茶は美味しいなあと思いながら、先輩のメモを見つめるばかりだ。


 結局、先輩はリネットさんが戻ってくるまで考え続けた。

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