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2.私と先輩の秘密

 図書室で話を続けるわけにはいかないからと、奥の談話室に場所を移すことにした。

 部屋に入ると、香り立つお茶がテーブルに並んでいた。


「どうぞ」

「おじゃま、します」

「別に俺の部屋じゃないんだけど……まあ。くつろいでくれ」


 先輩は笑って席を促す。落ち着かないままお茶が置かれた席に着く。先輩も向かいに座り、「さて」と指を組んだ。


「俺が欲しいのは君の涙だ、という話はしたけど。まずはその理由についてだね」

「はい」


 ん、と頷いた先輩の口がゆるりとつり上がる。


「俺はね。吸血鬼なんだ」

「さっき自分で否定したじゃないですか」

「火の無いところに煙は立たないだろ?」

「根も葉もないのに燃えるものがあるんですか?」

「あるよ」


 そう言って先輩は指を鳴らす。小さな火がぽっと灯って消えた。


「こういう感じでさ」

「……」


 どうしよう。思った以上に怪しい。ついてきたことをちょっと後悔しかける。

 私が少し身を引いたことに気付いた先輩はくすくすと笑った。


「魔法はエーテルを介して発動するものだからね、根も葉もないけど原因と理由はある」

「そうですね」

「大丈夫。俺は君に正直であることを約束するよ。吸血鬼、というのは丁度良い表現だから使わせてもらうことにしただけ」


 先輩の顔が上を向いた。この部屋に窓はないけど、空を見上げたようだった。


「俺はね、太陽の下に長く居られない体質なんだ」


 だから吸血鬼なんだよ、と先輩は言う。


「いつからか、太陽に当たると魔力が減るようになった。自然回復でも追い付かない程に。それは魔力を扱う者にとって致命的な欠点だ」

「確かに、そうですね」


 魔法や魔術は、時に多くの魔力を使用する。思ったより減っていて魔力切れを起こしたら困ることだってある。それに、自然回復で追いつかないのなら、枯渇も時間の問題だろう。それは、魔法国家の貴族にとっては別の意味でも致命的な欠点となる。


「普段はポーションでなんとか補ってるけど、無尽蔵に手に入るわけじゃない」

「そうですね」


 ポーションは消耗品だ。手に入れにくい訳じゃないけど、数に限りはあるし、日常的に買い込めるほど安くもない。


「レシピを見つけて作ってもみたけど、味がいまいちすぎた。改良という努力は偉大だね。原因も効果的な対処法も長らく探してはいるが、劇的な効果をあげるものはなかった。けど」


 そこで出会ったのが、と私に指先が向いた。


「君の涙だ」

「はい……」

「昨日君が残した涙に魔力を感じたんだ。たったあれだけでその存在を感知できる程の濃度だ。そんなに濃い魔力を持った人材がこの学園にいると思わなかった。まさに逸材だよ。うまく加工できれば、魔力の補充だけじゃなくて研究の進展にも期待が――」

「あ、あの!」


 にこにこと話す先輩に待ったをかける。


「あの。待ってください先輩」

「うん?」

「その。私の涙に、魔力があるんですか?」


 先輩の頭が傾いて、顔に髪の毛がさらっと落ちてきた。


「あるよ?」


 あるらしい。それが私には信じられない。


「どうしてないと思ってるの?」

「それは。私が……いえ、見せたほうが早いですね」


 手のひらを先輩に向けて差し出す。


「<灯れ>」


 先輩の口が小さく開いた。私の手を、信じられない顔で見ているのが分かる。

 本来なら小さな光の球が出てくる呪文だけど、なにも起こらなかった。


 これは、入学して最初に学ぶ呪文のひとつ。初歩の初歩。この学園の生徒が使えないなんてあり得ないのだから、先輩が驚くのも当然だ。


「いや、君。これは」

「嘘じゃないです」

「魔力はあるのに使えない、ってことか? それじゃあ今までどうやって」

「方法はあるんです」

「ほう?」


 髪の毛を一本抜いて、手に乗せる。


「<灯れ>」


 今度は呪文の通り、小さな灯りが生み出された。


「ふむ。媒体があれば使える、ということか?」

「そうなんだと思います。授業はこういうのを杖やアクセサリーに仕込んでなんとかしています。でも、いつでも用意できるとは限りませんし、威力や持続時間にも限界があります」

「なるほど」

「私は、普通に魔法が使えるようになりたいんです。先輩は禁書を嗜んでいるとも聞きます。こういう症状に心当たりがあれば、教えて欲しくて」

「禁書を嗜むって……いや、うん。そこはいいや。なるほどなあ」


 先輩は私の灯した光をまじまじと見つめ、失礼、と一言呟いて髪をするりと拾い上げる。取り出した懐中時計を開いて近付けると、文字盤に埋め込まれていた宝石がひとつ、仄かに光った。


「媒体にできるのは髪だけ?」


 ふむふむと髪の毛を眺めている間に、宝石の光は消えてしまった。


「あとは血液ですけど、あんまり使ってないです」

「なるほど」


 ありがとう、と髪の毛が返却された。返却されても困るけど、捨てるわけにもいかない。ポケットにそっと突っ込む。


「君の髪や血液は、魔力を帯びていて魔法を使うことができる」

「はい」

「でも、涙は違う?」


 はい、と頷く。


「自分の身体の一部を使えば魔法が使えると気付いてから、どれが効率的かを調べました。でも、涙は上手くいかなかったんです」

「ふむ。ちょっと失礼」


 そう言うが早いか、先輩の左手が伸びる。指が揺れて、小さなつむじ風が私の前髪を吹き散らす。

 目が、露わになる。


「あ。だ、だめです! 見ないで下さい!」


 反射的に顔を背けた。こんな色の目、見られたら何を言われるか分からない。

 しかし、先輩の反応はちょっと違った。


「どうして? 綺麗な目じゃないか」

「え……」

「うん?」

「なにも、思わない。ですか?」

「思うこと? まあ。あるとすれば、右は「星呑み」と呼ばれる色だな」

「……はい」


 流星の降る夜に生まれるとされる、銀色の目を持つ子供。「星の魔女のかけらをその身に受けた子供は、星々の加護を得られる」という古い言い伝えは、誰もが一度は聞いたことのあるお伽話だ。


「片目だけなのは珍しいとは思うけど、そこに何か?」

「それだけ、ですか」

「それだけだけど?」


 先輩の表情は変わらない。不思議そうではあるけど、それ以上はないらしい。


「その、私が生まれた地域では。厄災を呼ぶと、言われてて……その」


 お前の瞳は厄災を呼ぶ。ずっとそう言われて生きてきた。

 両親は気にするなと守ってくれたけど、私が居るだけで周りは語り続ける。だから、家から離れた学園を選んだ。けど、左右で色が違うのも人目を惹く。また何か言われるかもしれない。だから目を隠して過ごしてきた。


 そんな私の目を綺麗だと言ってくれた人は初めてで。なんだかほっとして。さっきとは違う涙が零れた。


「俺は昼より夜の方が好きだから、その色も……って、あ、こら。泣くな。ティアラドール=クラレック! いや、涙は採取したいけど、そうじゃなくてさ……!」

「う。うぅ、だって……そういう反応、してもらえるって……思って、なくて……」

「ああもう! 悪かったよ。ほら、涙拭いて」


 先輩の差し出してくれたハンカチを断って、自分のハンカチで拭く。

 しばらくすると涙は止まった。前髪も丁寧に戻して座り直すまで、先輩は静かに待ってくれていた。


「すみません」

「いや、俺も悪かった。けど……」


 先輩の視線が、ハンカチと懐中時計の間を移動する。


「今の涙に魔力は無いのか。なるほどそれじゃあ媒体には使えない」

「はい」

「しかし、昨日の涙には確かに魔力があった。君が居なくなった後にも残るほどに。何か条件があるのか?」

「条件、ですか?」

「そうだ。条件。たとえば昨日は……ああ、そうだ。昨日。君はどうして俺を見て泣いた?」

「――あ」


 思わず零した声に、先輩の視線が鋭く光った。


「その反応、心当たりがあるね?」

「ええ、まあ……」


 心当たりはある。昨日の涙と、今の涙の違いはたったひとつだ。

 でも、本当にそれで再現されるかわからない。再現できなかった場合はどうなるんだろう。代わりに血を採られるとか、研究の手伝いをさせられるとか? なんか色んな可能性が頭をぐるぐる回るけど、意を決して視線をあげる。


 先輩の目を、初めて真っ直ぐに見た。


 長い睫毛に縁取られた、淡い黄色の。輝く月のような瞳。

 そんな綺麗な目が、驚いたように見開かれた。


「えっ、ちょっと!?」


 先輩は慌てて席を立ち、ハンカチを手に取る。

 ああ、やっぱりそうだ。私は、先輩の目を見ると涙が出る。それはきっと私の体質だ。ただ、どうして先輩の目でも同じ事が起こるのかが分からない。


「すみません。大丈夫です。これは、先輩が何かしたと言うわけじゃありませんから」

「そう、なのか?」


 頷いて涙を拭く。それから目の端に残っていた雫を掬って、差し出す。


「これは、どうですか?」

「む? ちょっと失礼」


 先輩の指が私の雫を掬う。懐中時計に近づけると、文字盤に組み込まれていた宝石のほとんどが光った。


「……」


 さっきの髪の毛とは比にならないくらい輝く文字盤を見て絶句している。いや、私も驚いている。普通の涙では媒体にならなかったから、今のだって半信半疑だった。

 このことから、ひとつの可能性を導き出す。


「仮説ではあるんですが」

「うん」

「私も、ちょっと変わった体質なんです」

「魔術が使えない、だけではない?」

「はい」


 今度は私が空を見上げる。空は見えない。石造りの天上に、木で飾られた壁が、暖かい明かりに照らされている。


「私、月を見ると涙が出るんです。月を見なければ何も起きないと思ってました」


 でも、と視線を戻す。先輩の目を避け、懐中時計に添えられた手へ。


「先輩の目は、月と一緒なんです」

「月と? 色はよく似ていると言われるけど」

「はい。でも、多分色だけじゃなくて。何かは分からないんですけど、きっと同じ部分が他にもあって。私の涙はそれに反応をしているのかも、と」


 ふむ。と背もたれに身体を預ける音がした。口に手を当て、何かを考えている。


「君は月を見ると涙が出る」

「はい」

「俺の目も、月と同等の効果を持つ」

「はい」

「そして、その場合の涙に魔力が含まれている可能性がある……ふむ。これは……」


 思考を続ける先輩が俯くと、まつ毛が目に影を落とした。何を言っているかは聞こえないけど、口が小さく動いている。


「――よし。わかった」

「?」

「どのくらい協力できるかは分からないけど、俺のできる限りの協力は約束しよう。だから、俺の研究に手を貸してほしい。


 先輩は身を乗り出し、私に手を差し出した。


「俺のことはルナと呼んでくれ。研究者兼、実験体2人。仲良くしよう」

「はい。ルナ先輩。よろしくお願いします」


 私もその手を、そっと握り返す。

 少し冷たい手のひらは、静かな夜のようだった。

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