橋の先に進めず、目の前には少女の幽霊と釘に打たれた藁人形がある。私は──
深夜。どうにか完成したファイルの印刷物を、上司の机に叩きつけるように置く。
しばらく前に誰もいなくなったフロアを戸締りして非常口から退出し、這う這うの体で電車に乗り、うつらうつらしているうちに自宅の最寄り駅に到着すると、シャッターが閉じた店舗を横目にゾンビのように歩き出す。
「はぁぁ」
本当に疲れた。
だが明日は土曜日。
就業規定にも明記されている2日間の休日であるため、ゆっくりと休める。
もう何もしたくない。というか向こう1年くらいは働かないでいたい。……などと決して叶うことのない願望をつらつらと考えていた時である。
「ん?」
目指す自宅のアパートは、川を越えた先にある。
今、その川に架かる歩行者専用の古びた橋の真ん中に、少女が座り込んでいる。
ブレザーのジャケットにチェックのスカートの制服姿。女子高生であろう。
予備校からの帰りだろうか?
「…………」
橋の上で両膝を崩した姿勢で、川に向かって座っている。
顔は肩下まで伸びるストレートの黒髪に遮られており、私の位置からは見えない。
それにしても……こんな遅い時間に独りで危なくないだろうか?
「…………」
それでも私は、その子から視線を外して通り過ぎると橋の出口へ向かう。
若い娘が路上に座り込んでいることが気にはなったが、とにかく今は一刻も早く帰ってシャワーを浴びて布団で寝たい。
私からその子に声を掛けることはしない。
所詮は赤の他人である。
最悪、痴漢だ変質者だと騒がれるリスクを考えると、目を合わせるのも危険ではないか。
「―――え?」
そんなふうに考えながら橋の出口まで歩いた次の瞬間、私は橋の「入口」に立っていることに気づいた。
周囲の光景は、いつも見慣れた通勤経路のそれである。
だからであろうか。目先で座り込んでいる女子高生の姿が、何やら異質な……怖ろしい存在に見えてしまう。
「……………………」
混乱しながらも私は、女子高生の横を早足で通り過ぎ、間もなく橋の出口にたどり着いた。
だが次の瞬間、やっぱり私は橋の入口に立っている。
「ーーっ!?」
これは一体どういうことか?
橋から出たと思った瞬間、入口に立っている。
橋の出口と入口が繋がっている?
橋そのものがループしている?
つまり……橋の中に閉じ込められたということかっ!?
「……帰れないじゃないか」
この奇妙な状況に、私は途方に暮れた。
全身の疲れを改めて感じ、大きくため息をつく。
「…………」
この奇妙な状況について……今も目の前で橋に座り込む彼女は、何か知らないだろうか?
私は橋の入口から彼女に歩を進めると、思い切って声をかけることにした。
「……っ」
緊張しつつも彼女に近付いたところで、私は初めて彼女の顔の詳細を確認できた。
小顔の二重瞼で、大層な美人さんである。が、それ以上に白く、透き通った表情の生気の無さに驚く。
瞳に虹彩が無く、呆とした表情を浮かべている。
その表情から、彼女の内心を伺い知ることはできない。
少なくとも困っている様子ではない。
川を見ているのかと思いきや、その目は全く別の何か……に向けられていると感じた。
「ち、ちょっと今良いかな?」
声掛けに躊躇し、下手なナンパみたいになってしまった。
その私の一声に、しかし彼女は全く反応しない。
表情を一切変えることなく、微動だにしないのである。
「ええと。……キミ?」
声を掛けながらゆっくりと近づくが、それでも反応を示さない。
なぜだろう?
やはり体調が悪いのか?
「どうした? 大丈夫か?」
彼女の目の前で手を振っても無反応である。
酷くショックなことでもあったのだろうか?
「キミ……本当に大丈夫か?」
それでも私は尋常ではない様子の彼女への声掛けを続け、同時にその肩を叩いた……否、叩こうとした。
「――――っ!?!?」
真に驚いたのは、この時であった。
肩を叩こうとした私の手が彼女をすり抜けて、虚しく空を切ったのである。
「な、なななな!?」
腰が抜けて尻もちをついてしまった。
それでも彼女は、一切の反応を示さない。
実体がなく触れることができない少女……幽霊という奴であろうか?
「…………」
私はどうにか心を落ち着かせると、よいしょと腰を上げる。
そうして再度、彼女に手を伸ばしてみる。
「……っ」
指先が彼女の内側に入り込む。
物に触れる感触は、一向に訪れない。
温度の変化といったものも感じられず、まさに空気を掴むようである。
「やはり幽霊……なのか?」
彼女に手を入れながらの問いかけに、それでも彼女は反応を示さない。
……こんな調子では、橋から出られない今の状況についての情報を聞き出せそうにない。
いや。そもそもこの状況は、幽霊である彼女の仕業ではないだろうか?
「…………」
彼女は私を見ておらず、別の方角を向いている。
それでは何を見ているんだろう?
気になった私は、彼女と同じ方角に視線を向けた。そこで
「っーーーーー!?!?」
心臓が止まるかと思った。
そこには、深紅を超えて赤黒く染まった「藁人形」が……橋の手すりに掌サイズの1体の藁人形が、巨大な釘で打ち付けられていたのである。
「これは……」
私はふらふらとそれに、藁人形の2歩手前まで近づく。
すると次第に、鉄臭く、錆臭い匂いが強くなってくる。
その匂いの元は、打ち付けられている釘によるものなのか。
はたまた釘ではない別の───
『───ア』
「? ……っ!!?」
動物が鳴くような声がした。
その声に反射的に振り向くと、私は三度驚かされることになる。
これまで一切の反応を示さなかった彼女が、こちらに手を向けて口を開いているのである。
その表情は切羽詰まった、まさに「……それだけはやめて!」と言わんばかりである。
「…………」
そんな彼女の表情を目にしたことで、私は無意識に藁人形に手を伸ばしていたことに気づいた。
その手をゆっくりと下げるに伴い、彼女の突き出された手も下がっていく。
私が完全に手を下げ終えたところで彼女の表情は元の虚ろ気なものに戻る。
『……ア』
私が再度藁人形に手を伸ばすと、彼女は声を発してこちらに手を伸ばす。
その声は決して大きくはないが、声を発した彼女の表情は、やはり切迫した焦りのようなものを感じさせる。
「…………ふむ」
私はゆっくりと手を下げながら、状況を整理する。
橋の出口に辿り着いた瞬間に入口に戻される状況。
幽霊の少女。
そして、藁人形。
この奇妙な現象を起こしている犯人が、仮に彼女だとしよう。
犯人である彼女としては、この現象を継続していたい。
また、私が藁人形に手を伸ばすと、彼女はそれを止めようとする仕草を見せる。
「つまりこの藁人形が、この奇妙な現象を引き起こしている……鍵、のようなものになっていると思うのだが?」
「…………」
藁人形に指先を向けての私の推測に、彼女は強張った表情でわずかに片手を上げる。
その様子は私の推測が当たっていることを示すのか、はたまた単に、私が藁人形に指を向けたことによる反射的な反応か。
「いずれにしても」
この藁人形が、何らかの「鍵」になっているのだろう。
私は―――
1.藁人形を釘から外すことにした。
2.藁人形を処理する前に、彼女の除霊を試してみることにした。
3.藁人形に触れようとしたところで、ふと我に返った。
次話より1話ずつ、各選択肢の内容と結果を書いていきます。ご贔屓お引き立てをいただけると嬉しいです。
2024/7/26
久しぶりに改めて読んで流れが悪いと感じたため、全体的に修正しました。次話以降も(気が向いたら)同じように修正したいと思います。
2024/9/21
話題のAI(Gemini)で生成した画像を張り付けてみました。