狐と冬の夏祭り
いつもとテイストの違うお話です。
短いお話なので、サクッと読めるかと思います。
冷たくて暖かい物語を、是非ご堪能ください。
灰色な世界、参道の中央を進む、新春の候。
半ば家を追い出されるように、小さな稲荷神社へ遅めの初詣に来ていた。
夏の時期には縁日で賑わう境内も、元日を過ぎたこの時期では閑散としている。
ただ近場という理由で何度も訪れているが、正直狐は嫌いだ。臭いし、汚いし、何より人を化かす。だから、嫌いだ。
「そんなこと言ったら、お稲荷様に祟られるよ!」
なんて怒られていた頃が今は愛おしい。
さっさと定常処理を済まし、拝殿前で目を閉じた。
祈ることなど、何もない。
――本当に?
祈るのは、未来へ希望を持つ者だけに与えられた特権だ。
希望のない者が祈るなど、烏滸がましい。
――じゃあ、どうして生きてるの?
その質問は何度も答えたはずだ。何度も何度も考えて、考え続けて、答えたはずだ。
――それでも、納得はしてないよね?
そんなもの、できない。
――どうして?
受け入れてしまえば、きっと楽になれるだろう。
と同時に、失ってしまうに違いない。大事な、何かが。
――僕が叶えてあげようか?
叶えるって、何を?
――本当の、願いを。
目を開けるも、変わらぬ拝殿の姿。底冷えする空気も、ちらつく綿雪も、何も変わらない。が。
「だーれだ!」
ひんやりと柔らかい掌が、突如視界を遮った。
「あ……」
そんなはずはない。ここにいるはずがない。
「そんな、キミは……」
大好きな声がした。待ち侘びた声がした。
「どうして……」
「約束、果たしに来たよ」
「約束――そんなっ!」
慌てて振り返る。
声の主は、紛れもなくあの子で、そして、後ろには、季節外れの出店が立ち並んでいた。
「行こ!」
手を引かれるまま、雪の舞う夏祭りを二人、駆けていく。
夢のような空間、戸惑いを振り払うように、子供のように、抜け落ちた時間を埋めるように。
狐のお面にりんご飴。ケラケラ笑うキミの姿があまりにも眩しくて、目を細める。
「……」
でも、ダメなのだ。これは夢。夢ならば、覚めなくては。
「もう、やめろよ」
「え?」
彼女の足が止まる。
「人間化かして、そんなに楽しいかよ」
「そんな、僕は……」
キミに似たキミは、今にも崩れ落ちそうな表情へ変わる。
「こんなの、惨めになるだけだ」
「ごめんね」
キミの偽物が、膝から崩れ落ちた俺を抱き寄せた。
柔らかな香りは、どこか獣の匂いがして。
「でも、これがあの子との約束なんだ」
ああ、これはキミの望みでもあったのか。
「やっぱり、狐は嫌いだ」
声にならない慟哭が寒空を震わせると、僅かな風花が舞い散った。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。
いかがでしたか?
今回のお話のテーマは『矛盾』『約束』でした。
いくつも矛盾をお話の中に散りばめてみました。
何せ、この物語はタイトルが先にできて、そこから作り上げたものですから。
そして、約束に関してですが、作中で約束は二つ交わされていました。
一つは、『夏祭りへ一緒に行く』です。
明言はされていませんが、察した方は多いのではないでしょうか。
もう一つは、『代わりに夏祭りへ行く』でした。
『狐』と『キミ』との間で交わされた約束です。
彼女は、前者の約束が果たせないことを気づいていました。
だから、その願いを狐に託したのです。
そこに至るまでの過程は、ご想像にお任せします。
少しでも面白いと思って頂ければ幸いです。
評価・感想・いいね、お待ちしております。
それでは、良いお年を。