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9.ヘルムート様の衣裳事情

「今回の魔獣討伐は、だいたい一月ほどかかるでしょうか?」

 わたしの問いかけに、ヘルムート様はふむ、と考え込んだ。


 魔術師の塔にあるヘルムート様の執務室で、わたし達は婚活に関する打ち合わせをおこなっていた。

 ヘルムート様は明日には魔獣討伐に出発してしまうため、この場でかなり先の予定まで決めてしまわなければならない。


「そうだな。……王都からニブル領まで往復十日、討伐に十日、事後処理に一日……、急いでも三週間か」

「ではその間に、お肌と髪のお手入れを進めましょう。それから今日は、ヘルムート様の婚活用のお衣裳のため、ベルチェリ商会のお抱えデザイナーとお針子を呼んであります。採寸させていただきますよ」


 部屋に張られた結界を解き(ヘルムート様謹製の結界魔道具は、手で押すだけで結界を張ったり解いたりできるから、とっても便利だ)、パンパンと手を打つと、ヘルムート様の執務室にぞろぞろと職人達が入ってきた。

 それを見て、ヘルムート様の顔が引きつる。

「え、もうそんな、婚活用の服とか作るのか?」

「いま作らずにいつ作ると言うのです。ヘルムート様、明日には魔獣討伐に出発されてしまうじゃないですか」

「それはそうだが……」


 ヘルムート様は気乗りしない様子だが、わたしは構わず職人達に指示を出した。

「茶会用、舞踏会用、夜会用と三種類、五着ずつ作る予定です。だいたいのスタイルは事前に伝えてある通りですが」

「ちょ、ちょっと待て!」

 わたしの言葉をさえぎり、ヘルムート様が慌てたように叫んだ。


「三種類だと!? しかもそれぞれ五着ずつって……、十五着も!?」

「最低それくらいは必要ですよ。ヘルムート様が魔獣討伐から戻られたら、毎日何かしらの催しに参加する予定ですから」

「いや無理だ、そんなに招待されてない!」

 ヘルムート様は必死の形相で訴えたが、わたしはにっこり笑って言った。

「大丈夫です。招待状は、弟のリオン宛に山ほど来ているものを利用します。リオンの同伴者、もしくは護衛の名目でそれらの催しに潜入します」

「潜入って、私はスパイか!」


 わたしはヘルムート様をなだめるように、ポンポンとその肩を叩いた。

「ヘルムート様。……わたし達の目的をお忘れですか?」

「目的って」

「三か月後、相思相愛のお方と婚約されること。それを望まないとおっしゃるなら、ええ、どうぞ、強要はいたしませんが」

 ぐっ、とヘルムート様が唇を引き結んだ。


「……ヘルムート様。婚活用のお衣裳は、目的達成のためにどうしても必要なものです。ヘルムート様は今まで、公的な催しにはほぼすべて、魔術師団の正装で臨まれていたようですが……」

「それの何が悪い!?」

 ヘルムート様がキッとわたしを睨んだ。

「魔術師団の正装は、百年の歴史を誇る伝統ある衣裳だ! 決して他人に侮られるようなものでは」

「誰も侮ってなんかいませんよ。ただ、カッコ悪いというだけです」

 うぐっ、とヘルムート様が呻いて机に手をついた。


「き、貴様、よくもそのような……」

「さ、早く採寸してください。時間を無駄にしない!」

 わたしの声に、職人達がぱっと散り、臨戦態勢に入った。


「それではヘルムート卿、服を脱いでいただけますでしょうか」

 デザイナーの言葉に、えっ、とヘルムート様がうろたえ、両腕で自分の体を抱きしめるようにした。

「ぬ、脱げとは……、そ、そんな」

「脱がなきゃ採寸できないでしょうが!」

 わたしはヘルムート様を一喝し、くるりと後ろを向いた。

「心配しなくても、見たりいたしません! ほら、衝立もわざわざ持ってきてくれてるんですよ! 向こうに回って、さっさと脱ぐ!」


 ヘルムート様は大人しく衝立に向かったらしい。背後でもそもそと服を脱ぐ気配がする。だが、

「……ヘルムート卿、体を隠されては採寸できないのですが……」

 デザイナーの困ったような声に、わたしはこめかみを押さえた。

「ヘルムート様、採寸するのは男性の職人達です、恥ずかしがらないでください。……ていうか、あなた仮にも貴族でしょう! 裸を見られて何が恥ずかしいっていうんですか!」

「だっ……、いや、だって、私はこんな風に裸になって採寸されたことなんてない!」

「ええ!?」

 わたしは驚いて、思わずヘルムート様を振り返った。


「ちょっ、こっち見るなライラ!」

「どうせ衝立で見えません! それより、どういうことですかヘルムート様! 今まで、どうやって服を仕立ててたんです?」

「いや、そもそも服を仕立てたことがない」

「え?」

 わたしは耳を疑った。


「え? ……え? どういうことです、服を仕立てたことがないって……」

「子どもの頃は、娼館の女将が適当に見繕った服を着ていたし、学院に入ってからは古着屋で売られていた制服を安く購入した。……祖父は私に金をかけるのを嫌がっていたからな」

 ふん、と鼻を鳴らすヘルムート様に、わたしは呆気に取られた。

「いや……、でも、だって……、ヘルムート様、今じゃマクシリティ侯爵様より個人的な資産は上だって言われてるくらいじゃないですか。給料も報奨金もためこんでるうえ、魔道具開発で何件も大当たりをされてますし。ベルチェリ商会でもお取り扱いさせていただいている品がございますよね? ヘルムート様、ご自分でもおっしゃってたじゃないですか、王都の一等地に城でも建てられるって。それだけお金あるのに、なんで服の一着も仕立てたことがないんですか?」


 ヘルムート様は、何故か自慢するように言った。

「うむ、魔術師用の服は、フリーサイズが多いからな! 先輩からもらったお下がりで済ませている魔術師も多いのだ! 私もむろん、偉大なる前魔術師団長から……」

「いやちょっと待って。……まさかとは思いますけど、ヘルムート様、正装まで先輩のお下がりを……?」

「ああ。前の魔術師団長も引きこもりで、ほとんど使用していないということだったしな。実際、新品同様だったぞ」

 何か問題あるか? と不思議そうに問われ、わたしはその場にくずおれそうになった。


 こ、これは……、思っていたより大変そう。ヘルムート様の外見を変える前に、意識そのものを改革する必要がありそうだ。

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