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8.ベルチェリ家のアイドル

「姉さん、久しぶり」

 鷹揚に微笑むリオンに、わたしも自然と笑顔になった。

 学院から帰省した弟、リオンと会うのは、去年の社交シーズン以来だ。それもわたしの仕事が忙しく、あまり顔を会わせる機会がなかったから、まともに話すのは一年ぶりくらいかもしれない。


 わたしの後ろで、商会の使用人達がソワソワしている気配が伝わってくる。

 早くリオン様をこっちに寄こせ、と言う声が聞こえてきそうだ。

 気持ちはわかる。リオンはベルチェリ商会のアイドルみたいなものだしね。


「少し背が伸びた? リオン」

「どうかな。自分ではよくわからないんだけど」

 おっとりと答えるリオンに、後光が差して見える。実際、肩をおおうほどの長さの金色の髪が、シャンデリアの光を反射し、キラキラと輝いている。この艶、きらめき、まさの黄金の滝のよう。

 リオンの少し垂れ気味の大きな緑の瞳に、長いまつ毛が影を落とし、神秘的に見せていた。鼻は芸術家が細心の注意を払って彫り上げたように美しく完璧な高さ、角度を保ち、唇は淡いピンク色で、ふっくらと柔らかそうだ。

 これは、神……、地上に舞い降りた神……。

 こんな美神がわたしの弟だなんて、何かの間違いじゃないのか。


 わたしとリオンの容姿は母に似たのだが、どういう訳か、リオンは母の容姿を神レベルにまで引き上げた上位互換であり、わたしはまあ、母レベルのままの容姿だ。

 リオンとわたしを見た人のほとんどは、気の毒そうな視線をわたしに向けるが、しかし、わたしは自分の容姿を気に入っていた。

 くすんだミルクティー色の巻き毛はどんな色にも合わせやすいし、垂れ気味の大きな緑の瞳は、男女問わず媚びを売るのに最適だ。少し低めの鼻とぽってり厚い唇は、子どもっぽく見られやすいが、逆に言えば相手の油断を誘う絶好の武器となる。

 リオンのような驚愕の美貌より、そこそこの容姿のほうが仕事はやりやすいのだ。


 そうは言っても、やはり美しいものはいい。

 わたしはリオンに見惚れ、ため息をついた。


「どうしたの、姉さん?」

 リオンがわたしに微笑みかけた。見慣れたわたしでさえ、思わずひれ伏したくなるような美しさだ。

「……うーん、いや、リオンは相変わらず綺麗だなあと思ったのよ」

 綺麗なんて言葉では足りない。美・美・美の塊、美の化身、美の神! ……と思っているけれど、あんまり言うとリオンが嫌がるしなあ。

「そう? 僕にはよくわからないけど」

 リオンはおっとりと首を傾げた。

「でも僕は、綺麗って言われるより、姉さんみたいに頭が良くて、仕事ができるって言われたほうが嬉しいなあ」

 リオンの言葉に、わたしは思わず微笑んだ。


 これこれ、こういうところが弟の可愛いところなんだよね。

 美の化身のようなリオンは、子どもの頃から周囲にちやほやされまくり、学院に入学してからは勝手に親衛隊まで作られた。

 が、そういう状況にあっても、リオンは常に謙虚で控え目、人からの好意にあぐらをかくような真似は決してしない。

 正直、リオンはあまり頭も良くないし、身体能力もけっして高くはない。魔力もかろうじてあるが、学院に入学した平民にも劣るほどの量しかない。

 が、そんなことは問題ではないのだ。リオンの真価は、彼の性格の良さにある。正確にいうならば、その美しい容姿に付随する、真に美しい性格、というべきか。


 ベルチェリ商会の跡継ぎという立場やその容姿から、勘違いしたお馬鹿さんになっても仕方のないところを、リオンは謙虚で真面目、優しい青年に育ってくれた。

 この容姿にこの性格。身内のみならず、商会の店員までリオンを溺愛するのも、むべなるかな。


「お話し中失礼いたします、坊ちゃま、お嬢さま。リオン様の卒業祝賀会で着用される礼服ですが、何着か出来上がってまいりましたので、後でご試着いただけますでしょうか」

 後ろに控えていた店員の一人が、頃合いを見計らってわたし達に声をかけた。

「ああ、そうね、三か月後には、もうリオンも成人するのね。祝賀会……、着飾ったリオン……、さぞかし美しいでしょうねえ」

 わたしの言葉に、店員がうんうんと頷いた。

「誠に。ご当主様も奥様も、それはもう楽しみにしておられますし、ここはベルチェリ商会の腕の見せ所と、我ら一同も張り切っております」

「リオンは磨けば磨くだけ光る宝石みたいなものだものねえ、頑張り甲斐があるわよね。……ねえ、髪紐やブローチ、小物類はもう決まっているの? 後でわたしにも見せてほしいのだけど」

「はっ! かしこまりました! 何点か候補にあげている物があるのですが、お嬢様に見立てていただければ間違いございますまい!」


 盛り上がるわたし達に、リオンはにっこり笑って言った。

「ありがとう。世話をかけるね」

「いいえ! とんでもない!」

「これはわたし達がやりたくてやってることだから、お礼なんていいのよ」

 店員とわたしは、心を一つにしてリオンに応えた。

 恐らく後ろに控えている店員達も、考えてることはみな同じだろう。

 リオンはわたし達のアイドルみたいなものだしね。


「リオン、卒業を祝って茶会やら舞踏会やら、いろいろ招待されてるわよね?」

「うん、みんな義理堅いんだね。同級生のほとんど全員から、何がしか招待状をいただいてるんだ」

 いやー、義理とかそういうのじゃないと思うけど。みんな、卒業をダシにリオンを個人的に招待したいだけだと思うけど。

 が、この際だ。身内にアイドルがいるこの状況、せっかくなので利用させてもらおう。


「それ、何件かわたしも同伴させてもらえないかしら?」

「姉さんを?」

 リオンが首を傾げた。


「かまわないけど、珍しいね。姉さんが僕の同伴者としてパーティーに出席したがるなんて」

 そりゃわたしだって、無駄に恨みは買いたくないし。

 いくら身内とはいえ、リオンのエスコートを毎回独占していたら、冗談でなくリオンの崇拝者から刺される恐れがある。無用な危険は避けるのが一番だ。

 ……が、今回ばかりはそうも言ってはいられない。


「わたしともう一名を、同伴させてほしいの。ヘルムート様……、ヘルムート・マクシリティ様なんだけど、覚えてる、リオン?」

 わたしの言葉に、リオンはぱちぱちと瞬きした。

「ヘルムート……、魔術師のヘルムートのこと? うわあ、久しぶりだね、ヘルムートはいつも忙しいって聞いてたけど、どうしたの? ヘルムート、元気なの?」

 懐かしそうに聞かれ、わたしは苦笑した。

 リオンの中のヘルムート様の印象は、子どもの時のまま、止まってしまっているらしい。まあね、ヘルムート様は社交界にほとんど顔を出さないし、リオンはいつも人に囲まれてるから、ヘルムート様と顔を合わせる機会なんてなかったしね。


「ええ、相変わらずお忙しくされているけど、元気でいらっしゃるわよ。……ちょっと事情があって、ヘルムート様を社交の場に連れださなきゃならなくなったのよ」

「そうなんだ。僕はもちろん、かまわないよ。久しぶりにヘルムートに会えたら嬉しいしね」

 にっこり微笑むリオン。まぶしい。この笑顔の破壊力よ。

「ありがとう、リオン。助かるわ」


 さすがアイドルの名に恥じぬ懐の深さだ。その優しさに付け込むわたしを、どうぞお許しください、神よ!


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