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30.東方の武器

「結局、ヘルムートは決闘をやめないの?」

 リオンに不思議そうに聞かれ、わたしはうつむいた。

「いや、説得したんだけど……」


 あの後わたしは、プロポーズの件はともかく、決闘はやめてくれ、と何度かヘルムート様にお願いしたのだが、ヘルムート様は聞く耳を持たなかった。

「なぜ決闘をやめねばならんのだ? ソフィア嬢も言っていたが、あれはちゃんと正式な作法にのっとって申し込んだものだ。なにも問題はない」

「いや、レーマン侯爵家嫡男と宮廷魔術師団長の決闘ですよ……。なんの問題もないとなぜ思えるのか、そっちのほうが不思議なんですけど」


 だが、いくら言ってもヘルムート様は決闘をやめようとはしなかった。

「あの男は、ライラに向かってひどく無礼な言葉を吐いていたではないか。……か、金を払えばいいのか、とか……」

 真っ赤になるヘルムート様に、わたしは少し呆れて言った。

「あれくらい、よく言われる事ですわ。気にしてません」

 わたしはベルチェリ商会の者として、様々な国、立場の者と商談を結んできた。その過程で、女であるがゆえに侮られたり、性的な嫌がらせを受けたりしたことは数え切れない。ベルチェリ商会の中で確固たる地位を築きつつある現在は、さすがに少なくなってきたが、ハロルド様の言動なんて、まだマシなほうだ。


「よく言われるだと!?」

 だがそれは、ヘルムート様にとって衝撃の事実だったらしい。

「だ、だだ誰がそのような破廉恥なことを……!」

「いや、破廉恥って……、金を払うから抱かせろ、くらいは別に」

「待て、なんだそれは!」

 ヘルムート様が真っ赤な顔で叫んだ。


「かっ……、金を払うから、……せろ、って、ななんだそれ……っ! かか金なら私だって、私だって持ってるのに……っ!」

「論点がズレてませんかヘルムート様」

 わたしの冷たい視線に、ヘルムート様ははっと我に返ったような表情になった。


「いや……、うん、とにかく、とにかくだ。……ライラが良くても、私がイヤなのだ。だから決闘はする」

「ヘルムート様」

「マナーの教師も言っていたぞ。愛する女性を侮辱されたら、男はその不名誉を晴らすために行動すべし、と。……ライラが、ハロルドごときの言葉に傷つけられるとは思わん。ただ、私がイヤなのだ。これは私の勝手な気持ちだから、ライラが気にする必要はない」

「気にしますよ!」

 そう言いながらも、わたしはちょっと嬉しくなってしまった。


 今はもう平気になってしまったが、昔はそうした嫌がらせをされるたび、落ち込んだり傷ついたりしていた。そのたびに、必死で気持ちを立て直し、歯を食いしばって頑張ってきたのだ。


 あの頃のわたしに、言ってあげたい。

 いつか、あなたの傷を思いやってくれる、優しい人が現れるよ、と。結ばれないかもしれないけれど、とてもとても優しい人が、あなたを守ろうとしてくれるよ、と。


 まあ、決闘はたしかに色々な噂をよぶし、しばらくはどこに行ってもこの話題で持ち切りだろうが、それ自体はそう珍しいことではない。社交シーズン中なら尚のことだ。


 それに、ヘルムート様は大層お強い。

 別に惚れた欲目でそう言っているわけではなく、単なる事実だ。

 魔力、剣技ともに王国トップクラスの実力を誇るヘルムート様を相手に、いかにレーマン侯爵家が財力にものを言わせても、対等に戦える剣士を探し出し、決闘の代理人に据えることは難しいだろう。

 決闘の是非はともかく、ヘルムート様に何かあるのでは、という心配はしなくても良さそうだ。


 ……と思っていたのだが。


「どういうことです、ヨナス様が決闘の相手って!」

 わたしは真っ青になってソフィア様に詰め寄った。

「落ち着いて、ライラ様。……わたしもヨナス様に言ったのよ。ヘルムート様と決闘なんて、そんなバカなことは止めて、って」

 ソフィア様は、ふう、と疲れたようなため息をついた。


「でもあの人ったら、『ヘルムートと戦えるなど、考えてみれば二度とない機会だ! 大丈夫、死ぬまではやらんから心配するな!』って……」

「それのどこが大丈夫なんですか!」

 言いながら、わたしは心の中で舌打ちした。


 しまった。

 これはある意味、わたしの不手際だ。

 ヨナス様とヘルムート様の仲は良好だが、それ以前にヨナス様は、超がつくほどの戦闘狂だったのを忘れていた。


 通常、ヘルムート様は魔術師として戦争に赴くが、実際の戦場では、魔法騎士として剣をふるう機会もある。

 それを間近に見ていたヨナス様は、以前からずっと『ヘルムートと戦えたらなあ』と思っていたそうだ。


 ……そういえば、ヘルムート様がハロルド様に決闘を申し込んだ時も、『いっそ俺が相手になりたいくらいだ』っておっしゃってたっけ……。まさかあれ、本気だったとは。


 そしてレーマン侯爵家も、なりふり構っていないご様子だ。ランベール伯爵家とレーマン侯爵家は、あの魔獣討伐の件で、いま現在、最悪に冷え切った関係なのに。あの高慢なレーマン侯爵家が、仲違いしている格下の伯爵家に頭を下げてまで、決闘の代理人を頼んだというわけか。

まあ実際、ヨナス様くらいしかヘルムート様とまともにやり合える方はいないだろうけど。


 しかし、ヨナス様がお相手とは……。これはちょっと、いやかなり、マズい状況ではないだろうか。


「ヘルムート様……、どうなさるおつもりですか。ヨナス様が決闘のお相手とお伺いしましたが……」

 わたしは適当な理由をつけ、ヘルムート様の執務室を訪れた。公私混同は避けるべきだが、そんな事を言っていては数日後、戦闘狂のヨナス様にヘルムート様がバッサリやられてしまうかもしれないのだ。


「うむ、ヨナスは、ちと厄介だな」

 ヘルムート様は書類にサインしながら、何でもないことのように言った。

「いや、厄介って……、そんなんで大丈夫ですか。ヨナス様、たしかに魔力はあまりおありではありませんが、たぶん魔法防御をゴリゴリに上げるアイテムを使ってきますよ」


 決闘では、マジックアイテムと呼ばれるアクセサリーを、それぞれが一つだけ、付けることを許されている。

 魔力が低い者は魔法防御を、力のないものは身体能力を上げるようなアクセサリーを。しかし、魔法を防がれてしまっては、いかにヘルムート様が物理防御を上げても、結局はスタミナに勝るヨナス様に負けてしまうのでは……。


 ウロウロと執務室を歩き回るわたしを、ヘルムート様がおかしそうに見て言った。

「そんなふうに落ち着かぬライラを、初めて見るな。私がヨナスに負けると思っているのか?」

「勝負はどうでもいいんです! わたしはただ……!」

 言いかけて、わたしは一瞬、考えた。


 これ以上、ヘルムート様に深入りすべきではないのかもしれない。

 今よりもっとヘルムート様に心を傾けては、もう引き返せなくなってしまう。

 そう思っても、わたしは言葉を止められなかった。


「もしヘルムート様が、お怪我でもされたらと思うと、わたしは……」

「え」

 ヘルムート様は驚いたようにわたしを見た。


「えっ、え……、ライラ、その、もしかして、心配している……、のか? 私を?」

「当たり前でしょう!」

 怒鳴るように言うと、ヘルムート様は真っ赤になって感動したように両手を組んだ。


「ええ……、ちょっ、それ……、すごく恋人っぽい……!」

「ふざけないで下さい!」

「ふざけてない私はすごく真面目だ!」

 ヘルムート様は勢いよく椅子から立ち上がり、わたしの側に来た。


「だってだって、ずっと憧れだったのだ……! 戦争が始まるたび、騎士の奴らがあちこちで恋人達と別れを惜しむだろ? 恋人達はみな、騎士の奴らが怪我をしないかと心配していた。そんであいつら、ところ構わずいちゃいちゃと……。爆発しろ! 呪われてしまえ! といつも思っていたのだが、まさか私にも、怪我を心配してくれる恋人ができるなんて……!」

「いえわたし、恋人じゃありませんから」


 そっけなく言い捨てるわたしに、ヘルムート様がめげずに言った。

「わかっている、私はまだライラの条件を満たしておらぬ。だがライラ、その……」

「なんですか。決闘をやめてくださるんですか?」

「いや、それはできないが」

「じゃ近寄らないでください」

「そんな!」

 ヘルムート様はもどかしそうに、わたしの周囲をぐるぐる回った。


「えと、じゃあ……、こういうのはどうだ?」

 ヘルムート様がおずおずと言った。

「決闘で、ぜったいに怪我をしないと誓う。……怪我をせず、ヨナスを倒すと誓うから」

「……それは無理なんじゃ」

「いや待て、ここは、あなたの勝利をお祈りします、って言うべきところじゃないか?」

「だって客観的に見て、ヨナス様相手に怪我の一つもなしに勝利するなんて、無理ですよ」


 こういうところが可愛くないと言われるんだろうな、と思いつつ、わたしはつい言ってしまった。

「ヨナス様は王国一と呼ばれる剣の使い手です。ヘルムート様の剣筋もよくご存じでしょうし、まともに打ち合って勝ち目があるとは思えません。魔法防御さえ突破できれば、勝機もあるでしょうが」

「ふむ……」

 だがヘルムート様は不機嫌になることもなく、真剣な表情で考え込んだ。


「魔法防御か。……たしかレーマン侯爵家は、国宝級のマジックアイテムを保有していたはずだ。ほとんどの魔法攻撃を防ぐというブローチだが、恐らく侯爵家はそれをヨナスに貸与するだろう」

 ヘルムート様はわたしを見た。

「ライラ、護衛の時に使っていた剣を見せてくれないか?」

「剣?」

 あの短い湾刀のことだろうか。わたしは一旦、控室に行き、しまっていた湾刀を持って執務室に戻った。


「こちらです、どうぞ。……これは東方の刀で、女性の護身用としてよく使われているものです。軽いのでそれほど力を必要としませんが、その分、威力も低いですよ」

「ああ。……ふむ、軽いな。魔力の乗りも良さそうだ」

 シュッと湾刀を振り下ろし、ヘルムート様が満足そうに頷いた。


「ライラ、頼みがある。……これと同じタイプの刀を、何種類か見繕ってくれぬか。決闘で、この武器を使用したい」

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