3.提案
「ヘルムート様、落ち着いてください」
うぉおおおお! と荒ぶるヘルムート様に、わたしはぴっと人差し指を立てて言った。
「ヘルムート様の婚活について、わたしから提案があるのですが、聞いていただけますか」
「……提案?」
ヘルムート様が、ぐりん、と首を曲げてわたしを見た。悪霊に憑依された人間みたいで、ちょっと怖いんですけど。
「なんの提案だ。おまえの社交術を駆使して、私を結婚させてくれるとでも言うのか?」
ふん、と拗ねたように鼻を鳴らすヘルムート様に、わたしは辛抱づよく言った。
「ええ、そうですよ。……ヘルムート様、わたしの言う通りになさってくだされば、今から三か月後、ヘルムート様は婚約されているはずです」
「……え?」
「わたしの言う通りになさってくれれば、ですよ。そうすれば、ヘルムート様は結婚できます」
「冗談……「じゃないです」
わたしはヘルムート様の目をじっと見つめた。
「ヘルムート様は、ご自分の武器も弱点もご存じではない。だから婚活という戦場において、百戦百敗という惨状にあるのです」
「……百回も断られてない……」
抗議するようにヘルムート様がつぶやいたが、無視。
「いいですか、ヘルムート様」
わたしはちっちっと指を振りながら言った。
「貴族の……、いいえ、平民であっても同じことです。婚活とは、己の市場価値を知り、それを高め、より高い値をつけてくれる相手に売りつけること。つまり、商売と同じです」
「商売……」
乱暴な言い方だが、単に結婚するだけなら真実の愛など必要ない。もちろん愛ある結婚が理想だが、なくともどうにかなる。愛は結婚後、ゆっくり育めばよいのだ。
「ヘルムート様、わたしはベルチェリ家の長女として、様々な商品を売り込む手管を父から叩き込まれました。どんなに市場価値が低く、誰も欲しがらないと思われるガラクタであっても、ベルチェリ商会の手にかかれば、それは黄金と同じ価値を持つ宝に生まれ変わるのです」
「それって詐欺……」
「いいえ!」
わたしはキッとヘルムート様を睨みつけた。
「何をおっしゃいますか、ヘルムート様! ベルチェリ商会は、顧客満足度が大変高いことで有名なんですよ! 要は、何を人は欲しがるのか、どうすれば欲しがるようにできるのか、これを知ることが肝要なのです! よいですか、ヘルムート様!」
わたしはビシッとヘルムート様に指を突き付けた。一介の事務官のわたしが魔術師団長に不敬極まりない態度だが、今のヘルムート様は完全にわたしの気迫に飲まれ、そんなこと気にもかけていない様子だ。
「ヘルムート様、率直にお答えください。……なぜ今まで、ヘルムート様は結婚できなかったと思われますか?」
「よくそんな残酷なこと聞けるな!」
ヘルムート様はわたしを睨み、泣きそうな顔で叫んだ。
「わっ、私が結婚できないのは……、で、できないのは……、ウ、ウウ……、みんなみんな滅びてしまえばいいんだぁあああああ!」
「落ち着いてくださいヘルムート様」
発作のように荒ぶりはじめたヘルムート様の背中を、わたしはバンバンと遠慮なく叩いた。
「こんなんでいちいち傷ついてたら、とても結婚なんてできませんよ」
「いた、痛い、もう叩くな! おまえ力強くないかライラ!」
涙目でわたしを見るヘルムート様に、わたしはため息をついた。
「商会関係者には危険が付いて回ります。ましてわたしはベルチェリ商会トップの長女なんですよ。護身術の一つや二つ、使えないようでは困りますから」
「おまえ伯爵令嬢なのに、護身術つかえるのか……」
驚愕の眼差しを向けるヘルムート様に、わたしは淡々と告げた。
「わたしのことはいいんです。問題はヘルムート様ですよ。……ヘルムート様は次男ですから侯爵家は継げませんが、宮廷魔術師団長という地位をお持ちです。それを狙って婚姻のお話もあったかと思いますが、ヘルムート様、それ全部断ってますよね? なんでですか?」
ヘルムート様は有名人だし、わたしの所属する魔術師の塔の頂点に立つ方だ。その噂は聞きたくなくとも耳に入ってくる。そしてヘルムート様は、宮廷魔術師団長に就任した直後、降るように持ち込まれた数々の縁談を、相手に会いもせずに断っていると評判だった。正直、そのせいでヘルムート様にまわってくる縁談が皆無になったといっていい。
何故そんな愚行を犯したのか、そこら辺をまず、把握しなければ。
「……私が結婚したいのは、家庭を持ちたいからなんだ……」
蚊の鳴くような声でヘルムート様が答えた。
まあ、そりゃそうだとわたしは思った。
家を継ぐ必要のない次男以下が婚活するって、出世の足がかりの為か家庭を持つ為だろう。既に宮廷魔術師団長という魔術師としてトップの地位に上り詰めたヘルムート様が、これ以上の出世を望むとも思えないし。
「……私は家庭を持ちたいのであって、名ばかりの結びつきを求めているのではないのだ……」
悲しそうに言いつのるヘルムート様。
「そう言えばヘルムート様、子どもの頃から結婚願望強かったですもんね。大きくなったら幸せな家庭を築くんだ! っていつも言ってましたねえ」
商談を終えた父がわたし達を迎えに来るのを、ヘルムート様はいつも羨ましそうに見つめていた。
生い立ちから言っても、ヘルムート様が温かな家庭に憧れを持つ気持ちはよくわかる。
「……だが、私にまわってくる縁談は、いつもいつも『夫婦が顔を合わせる機会は年三回まで』とか、『互いに干渉せず、それぞれの恋人については不問とする』とか、そんなのばっかり条件についてくるんだ……」
「………………」
まあそういう婚姻も、貴族間ならよくある話なんだけど。
だけど、そうか、それは確かに、温かい家庭を夢見るヘルムート様には、受け入れがたい話だろうなあ。
「わかりました」
わたしは重々しく頷いた。
「ヘルムート様、確認させていただきます。……ヘルムート様は、心から想いあう相手と結ばれ、温かく笑いの絶えない幸せな家庭を築きたい。……それで間違いないですね?」
「間違いない! ……が、無理だろそんなの」
いじけるヘルムート様に、わたしは力強く言った。
「いいえ、ベルチェリ商会に不可能はございません! わたしの言う通りにして下されば、先ほど申し上げました通り、必ず三か月以内にヘルムート様は婚約されていますよ!」