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29.あきらめないヘルムート様

「いや、結婚ってヘルムート様……」

「待ってくれライラ、少しくらいは考えてくれ!」

 ヘルムート様が必死な様子で言った。


「私と結婚すれば、いろいろとお得だぞ! 財産はすべてライラのものだ! 好きに使ってくれ! 魔道具特許権利もぜんぶ譲渡する!」

「いや、あのですね……」

「気に入らぬところがあれば直す! 魔術理論を延々としゃべらないと約束する! えと……、後は」

「……気に入らないところなんて、ありませんよ」


 わたしは小さく笑って言った。

「ヘルムート様は、素晴らしいお方です。……わたしにはもったいない「ぅあああああ!」

 話している途中で、突然ヘルムート様が絶叫した。


「どうされました、ヘルムート様」

「それ! プロポーズお断り文句上位二位のやつ! 『わたしにはもったいないお方です』って来たら、もれなく後ろに『申し訳ありませんがお断りいたします』がついてくるのだ! やっぱり断るんだなそうなんだな、あああああ!」

「お断り文句二位って……、ちなみに一位は何なんです?」

「一位は『あなたのお気持ちは大変ありがたいのですが』だ! 『紳士の求愛作法』第五章百十二ページ目に載っている! ああああああ!」

 記憶力を無駄に使ってるな、と思いながら、わたしは、芝生に突っ伏すヘルムート様を見下ろした。


「やっぱりあれか、私が死神みたいだからか!? 執念深くて根暗だから!? そ、それにそれに……」

「ヘルムート様、とりあえずお立ちになって」

 わたしはヘルムート様の髪についた芝生を払いながら、小さく笑ってしまった。


 なんてことだ。

 ヘルムート様が、何をとち狂ったのか、わたしに求婚するなんて。


 うれしい、と思ってしまう心を、握りつぶしてしまわねば。


「……結論から言えば、わたしはヘルムート様と結婚できません」

「やっぱり!」

 ああああ! と再び絶叫するヘルムート様。わたしはヘルムート様を立たせるのをあきらめ、自分も芝生に座り込んだ。


「でもそれは、ヘルムート様が根暗でひがみっぽくて死神みたいで執念深くて陰険だからではありません」

「なんか文句が増えてないか!?」

「わたしもお慕いしております、ヘルムート様」

「だいたい……、え?」

 ヘルムート様はきょとんとし、ついで、わたしの言葉を理解したのか、じわじわと顔を赤くした。


「えっ……、え? お慕い? って、それ……、えっ、え……」

「子どもの頃から、ずっとヘルムート様を好きでした」

「えええっ!?」

 ぴょんっとヘルムート様が跳ね、わたしから飛びすさった。


「うそ……」

 両手で口を押さえ、まるで乙女のように恥じらいながら、ヘルムート様がわたしを見た。

「す、……すすす……き、って……。そんな、そんな……」

「お気づきではありませんでしたか? わりと態度に出ていたかと思いますけど」

「ぜんっぜん気づかなかった! いや、態度になんて、まったく出てなかったぞ!」

「そうですか? リオンには、とっくの昔にバレてますけど」

「はァ!?」

 ヘルムート様は驚いたような声を上げた。


「そ、それならそうと言ってくれれば……、いや待て、ちょっと待て。……私はプロポーズを断られたんだよな?」

「そうですね」

「なんで!?」

 ヘルムート様が、わたしの隣にさっと滑り込むように正座した。


「なんで、りょっ……、りょ両想い……、なのに」

「わたしは、リオンがベルチェリ商会に入ったら、その補佐を務めなければなりませんので」

「補佐しながらでも、結婚はできるだろ!?」

「相手によります」


 わたしはため息をついた。

「リオンにはあまり商才がありません。……けれど、やりようによっては、ベルチェリ商会を更なる発展へと導く、素晴らしい当主となれます。ただそのためには、リオンを補佐し、実質的に商会を切り盛りする人物が必要なのです」

 わたしはヘルムート様をちらりと見た。真剣な表情でわたしの言葉を聞いている。


「リオンを補佐するのは、決して彼の権益を侵害しないと言い切れる人間でなければなりません。万が一にも、ベルチェリ商会の当主をめぐる争いが生じてはならないのです」

「……私が結婚相手では、その争いが発生する可能性があるということか?」

 ヘルムート様の言葉に、わたしは頷いた。


「そうです。ヘルムート様は、マクシリティ侯爵家のご次男で、そのうえ宮廷魔術師団長という、魔術師の頂点に立つお方です。もしわたしがヘルムート様と婚姻を結ぶなら、リオンはさらに高位のご令嬢と結婚する必要があるのです」

「……たしかに数は少ないが、そうした条件にあてはまる貴族もいるんじゃないか?」

 ヘルムート様が考え込みながら言った。


 確かにいることはいる。レーマン侯爵令嬢イザベラ様やサムエリ公爵令嬢ヴィオラ様などが、その条件にあてはまるだろう。しかし、

「リオンは伯爵家の人間です。侯爵家以上の高位貴族のご令嬢に縁付いていただくには、それなりの対価を差し出さなければなりません。が、我が家にあるのは人脈と資産だけです。レーマン侯爵家もサムエリ公爵家も、それだけでは我が家と姻戚になることを承諾してはくださらないでしょう」


 ヘルムート様は頷いた。

「なるほど、よくわかった」

「そうですか……」

 少し寂しい気持ちでわたしも頷いた。

 もうちょっとごねてくれても……と、我ながら理不尽な気持ちが頭をもたげたが、それを振り払うように、わたしはヘルムート様に微笑みかけた。

「そういう訳ですので、ヘルムート様とは」

「それなら、その条件にあてはまるご令嬢と、リオンを婚約させれば良いのだな!」


 ヘルムート様は、ぱっと立ち上がった。

「よし、それならば問題ない!」

「え」

「待っていてくれ、ライラ! 私は必ず、その条件を満たしてみせるぞ!」


 月明かりに照らされ、自信満々にそう宣言するヘルムート様は、言いたくないが格好よかった。

 とても凛々しく美しく、素敵な貴公子に見えてしまった。


 ……ヘルムート様もおかしいが、わたしもどうかしている。

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