25.作戦変更
「姉さん、どうしよう?」
「いや、どうしようと言われても……」
本日はコール伯爵家主催の夜会に来ている。
学院のアイドル、リオン様が来てくれたー! とコール伯爵家の皆さまは大喜びで、リオンやヘルムート様のみならず、護衛のわたしまで下にも置かぬもてなしを受けているのだが、ひとつ誤算があった。
この夜会に、イザベラ・レーマン侯爵令嬢もいらしていたのだ。
「……コール伯爵家って、どちらかというと武官の家柄だから、あまりレーマン侯爵家との仲は良くなかったと思うんだけど」
だから、イザベラ様の出席もないと思って安心していたのだが。
「そうだね。どう考えてもヘルムート目当てだと思うよ」
リオンはさらりと言い、わたしを見た。
「ヘルムートは、イザベラ嬢とこれ以上の交流を望んでいなかったよね。姉さん、助けてあげたら?」
わたしはため息をついた。仕方ない、撤退するか。
「リオン、コール伯爵様にお詫びを伝えておいてもらえる? 従僕に言って馬車を用意させておくわ」
「うん、ご子息には僕から茶会に招待するとお伝えするよ。それで大丈夫だと思う」
夜会から急に退出することは場合によっては失礼にあたるが、リオン直々の謝罪と後日のお誘いをセットにすれば、コール伯爵家のご子息も怒るまい。ていうか、ご子息はリオンのファンだから、たぶん喜ぶだろう。
わたしはすすっとヘルムート様の背後に近づいた。
イザベラ嬢の他、何人かの令嬢がたに取り囲まれ、引きつった表情のヘルムート様が必死に交流を頑張っている。
「……皆さま、ご歓談中のところ、失礼いたします。ヘルムート魔術師団長様、塔より急ぎの使いが参りました。誠に申し訳ないのですが今夜はこれで……」
わたしが声をかけると、ヘルムート様はぱあっと顔を輝かせた。
「お、おおそうか! そういうことなら仕方ない、うん、うん! ……では申し訳ないが私はこれで! 失礼!」
まあそんな、と令嬢がたは残念そうな声をあげたが、塔からの呼び出しとあれば、そこを押してまで残ってくれとは言えない。
ヘルムート様はあからさまにほっとした様子で、そそくさと踵を返した。
わたしもその後に続いたが、その時、「商人ふぜいが」と小さな呟きが耳に入った。
もちろん振り返って声の主を確かめたりはしないが、恐らくあれは……。
「ライラ、助かった、ありがとう」
ヘルムート様がにこにこしながら言った。これは夜会を失礼するための単なる口実で、本当に緊急の呼び出しではないとわかっているため、リラックスした様子である。
夜会等から早めに撤退する場合、その方法を何種類かヘルムート様と取り決めてあるのだが、その一つが『塔からの呼び出し』だ。
通常、塔からの緊急の呼び出しならば、ヘルムート様が常に携帯している魔道具に直接、連絡が来る。わざわざ使いの者を寄こすような、時間の無駄を魔術師は嫌うのだ。が、そんなことは魔術師以外の方はご存じない。塔からの呼び出しですよーお仕事ですよーと言えば、そういうものなのね、と納得してもらえるのだ。
「イザベラ嬢がこの夜会に来ると知っていたら、絶対に欠席したのに。……今夜もまた、訳のわからん話を延々とされて困っていたのだ。あの令嬢の話は、本当に意味がわからん。家格の釣り合いがどうの、資産の有無がどうのという自説の後は、イザベラ嬢の好みの宝石やドレスの話をずっと聞かされていた……、地獄だった。ライラが来なければ、我慢できずに走って逃げていたかもしれん」
「それは止めてください」
わたしはため息をついた。
「ヘルムート様、少し作戦を変更しましょう。今まではイザベラ様が出席されないであろう催しを選んできましたが、それだけではイザベラ様を回避できなくなるかもしれません」
「む……」
ヘルムート様が眉根を寄せた。
馬車回しに着くと、ベルチェリ家の馬車が用意されていた。
「あ」
ヘルムート様は何かに気づいたようにわたしを見ると、すっと手を差し出した。
「どうぞ、ライラ嬢」
わたしは思わず微笑んだ。
「マナーを十分に習得されたようですね、ヘルムート様。でも、わたしにそうした気遣いは不要ですわ。わたしはヘルムート様の護衛ですから」
「ん、まあ、そうだが……。マナーの講師は、大切な女性にどう振る舞うべきかを教えてくれた。ライラは私にとって、大切な人だ。……ん、その、幼なじみだし、色々と助けてもらっているし……、気遣うのは当然のことだ」
「ヘルムート様」
頬を染めてもじもじするヘルムート様に、わたしは何だか感動してしまった。息子の成長を見守る母親って、こんな気持ちだろうか。いや、ヘルムート様はわたしより年上なんだけど。
ヘルムート様の手を借り、馬車に乗り込むと、中でリオンが待っていた。
「ヘルムート、姉さんも。無事に脱出できたようで良かった」
「脱出って、迷宮じゃないんだから」
わたしは思わず突っ込んだが、ヘルムート様は真面目な顔で言った。
「いや、リオンの言う通りだ。ここより迷宮のほうがよほど安全だぞ。魔獣との戦いなら、私の得意分野だからな。しかし社交となると、そうはいかん。……今夜はひどい目にあった」
聞いてくれ! とヘルムート様が勢いよく愚痴をこぼし始める。うんうん、そうなんだ大変だったねえ、とリオンは相槌を打ちながらわたしを見やった。
「どうする? 姉さん。たぶんイザベラ嬢は今後もヘルムートに付きまとうと思うよ。毎回、こんな風に逃げていたら、ヘルムートに誰も紹介できないけど」
「そうね……」
考え込むわたしに、ヘルムート様がおずおずと言った。
「その事なんだが、あの……、思うんだが、無理してどこぞの令嬢をリオンに紹介してもらわなくともいいんじゃないか?」
「え、ヘルムート様、婚約を諦めたのですか?」
「いやそうではない! そうではないが」
慌てるヘルムート様に、わたしは重々しく告げた。
「では引き続き、ヘルムート様には夜会に出席していただきます。……ただ、イザベラ様対策として、わたしも同行いたしますが」
「今までと何が違うんだ?」
不思議そうなヘルムート様に、わたしは簡単に説明した。
「今後は護衛ではなく、ベルチェリ伯爵令嬢として同行いたします。護衛ではイザベラ様の盾となれませんが、伯爵令嬢としてなら、何とかなるでしょう」
「そういうものなのか?」
ヘルムート様はよくわかっていないようだが、リオンはピンときたらしい。優しく微笑んだまま、意味ありげな視線をわたしに向けた。
「……何よ、リオン」
「別に? 姉さんのドレス姿、楽しみだなあと思って」
ふふっと笑うリオンを、わたしは睨んだ。
まったく、笑いごとじゃないんですからね!




