24.荒ぶるヘルムート様と慈愛の弟
「ライラお前、ひどくないか?」
馬車に乗ってから、ヘルムート様の恨み節がずっと続いている。
「サムエリ公爵家の昼食会では、婚約者候補とかいう男とずーっとしゃべってるし、今夜は残業してる私の前で、別の男といちゃいちゃいちゃいちゃ……」
「勝手に事実を歪曲しないでください。誰ともいちゃいちゃなんてしてません」
「してた!」
ふんっとヘルムート様は馬車の窓に顔を背けた。子どもですか。
「へえ、姉さん、アル以外にもそんな男性がいるんだ。さすが、引く手あまただって自慢するだけあるね」
ふふっと笑ってリオンが余計なことを言う。ヘルムート様が、バッとリオンを振り返った。
「なんだそれは! 引く手あまただと!? 他にも男がいるのか!?」
「僕は知らないけど、そう言えば最近、よく色んな男性が姉さんに会いに屋敷を訪れてるみたいだよ」
「色んな男性!?」
ヘルムート様がわなわなと震えだした。
「ちょっと、その言い方……」
わたしは呆れて言った。
「まるでわたしが男をとっかえひっかえしているような、誤解を招く言い方はやめてちょうだい。……屋敷にいらした方々は、わたしのお見合いのお相手ですわ」
「見合いぃ!?」
ヘルムート様がくわっと目を剥いた。
「どういうことだ、見合いって! 私は何も聞いてないぞ!」
「そりゃ言ってませんから。……だいたい、わたしが見合いをしようがしまいが、ヘルムート様に何の関係があるんです? 仕事はちゃんとしてますよ。文句を言われる筋合いはありません」
わたしの反論に、ヘルムート様は絶句した。
「……だっ……、で、でも……」
「でも? 何です?」
ほらほら言えよ言ってみろよ、と顎を上げて続きをうながすと、ヘルムート様はしゅんとうなだれてしまった。
「………………」
うつむき、黙り込んでしまったヘルムート様を、リオンが気づかわしげに見た。
「ヘルムート、大丈夫? ……姉さん、ひどいよ。何もそんな言い方しなくたって」
「え、わたしが悪いの?」
「だって可哀そうだよ」
ヘルムート様は叱られた犬のようにしょんぼりと下を向いている。……ちょっと! なに理不尽に叱られた大型犬のフリしてるんですかあなたは!
わたしは咳払いし、コートから例の香水を取り出した。
「……ヘルムート様、急いでいたから香水をつける暇もなかったでしょう? お使いください」
「……いい」
かたくなに目を合わせようとしないヘルムート様に、わたしはため息をついた。
「わたしが悪かったです。何も言わなくてすみませんでした。……機嫌直して、これ、使ってください。最近、ヘルムート様がお使いになっている香水を欲しいと、よくお問い合せをいただくんですよ」
「…………」
「素敵な貴公子がお使いになっている香水ですから、みんな気になってしかたないんでしょうね。ヘルムート様にぴったりの、エキゾチックで神秘的な香りだと、評判になっているんですよ」
「…………」
ヘルムート様は黙って香水瓶を受け取ると、手首とうなじに香水を軽くつけた。馬車がたてる音にまぎれて消えてしまいそうな小さな声で、「ありがとう」と言うと、ヘルムート様は香水瓶をわたしに返した。
「その香水、ほんとに素敵だよね。王都で流行りはじめてるみたいだけど、ベルチェリ商会で最近、取り扱いを始めたんだっけ?」
「ええ、そうよ。元はフランケル家のアーサー様が取り扱っていらしたんだけど、ベルチェリ商会でその販売を引き継ぐことになったの」
「……アーサー?」
ヘルムート様がぴくりと反応してわたしを見た。
ここでちゃんと説明しないと、後でまた、聞いてない! とヘソ曲げるんだろうな、と思い、わたしは端的に答えた。
「アーサー・フランケル様。わたしのお見合いのお相手ですわ」
「はァ!?」
ヘルムート様は馬車の中で勢いよく立ち上がり、ドゴッ! と天井に頭をぶつけた。
「……いっつ……」
頭を抱えてうずくまるヘルムート様に、わたしは一応、声をかけた。
「大丈夫ですか? ヘルムート様」
「へ、平気だ。それより、見合い相手って……、アーサーとは誰だ。どこのどんなヤツだ」
頭を押さえながら、ヘルムート様が必死な様子で言った。
「どこの、って……、フランケル男爵家のご次男ですよ。先ほどヘルムート様の執務室にいらした、あの騎士様です」
わたしの返事に、ヘルムート様はカッと目を見開いた。
「あああ、あの騎士!? あの無茶な依頼を持ってきやがった騎士か!」
いや、アーサー様はたぶん、上司に命じられただけで……と言いかけたが、荒ぶるヘルムート様には聞こえていないようだった。
「あやつめ、無事に返さず、消し炭にしてやればよかった!」
ヒートアップするヘルムート様を、リオンが慈愛の眼差しで見ている。いや、弟よ……、そこは見守るんじゃなく、諫めるべきところなのでは。




