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23.わたしの事情と不機嫌なヘルムート様

「姉さん、今夜も騎士服なの?」

「だってわたしは護衛だもの」


 あれから何度か、イザベラ様が出席しない催しを選び、ヘルムート様、リオン、わたしのセットで、夜会や茶会に精力的に参加してきた。

 ヘルムート様の評判は上々で、そろそろどなたか本命のご令嬢を決めてほしいところなのだが。


 リオンが何か言いたそうな表情でわたしを見ている。

「なに? どうかした、リオン?」

「うーん、もうそろそろ騎士服はやめてもいいんじゃないかって思うんだけど」

「まさかドレスを着ろって言うの? 護衛がドレスなんか着て、どうやってリオンやヘルムート様を守るのよ」

「僕を攻撃する人物がいるとは思えないし、ヘルムートは宮廷魔術師団長だよ? 姉さんより、よっぽど強いと思うけど」


 それは確かにそうだ。今回はリオンのファンが主催する夜会だから、常よりもリオンの安全は保障されているし、ヘルムート様にいたっては、害意を持って襲われてもよほどのことがない限り、返り討ちにしてしまうだろう。しかし、

「たとえ名目だけとはいえ、わたしは護衛なんだから、そういう訳にはいかないの。……それに、ドレスなんか着てヘルムート様の側にいたら、いらぬ邪推をされるかもしれないでしょ?」

 これまではヘルムート様の側にドレスを着て立っていても何の問題もなかったが、貴族令嬢にヘルムート様が結婚相手として見られるようになった現在、万が一にもわたしが邪魔をする訳にはいかないのだ。


「……何もそんなまどろっこしい事しなくても、姉さんがヘルムートの婚約者になればいいじゃない」

 リオンがふざけたことを言った。

「嫌ね、なに言ってるの、リオンったら」

「僕は本気だよ。姉さんならヘルムートもイヤとは言わないだろうし、姉さんだってヘルムートを」

「リオン!」

 わたしは鋭く言った。


「それ以上言ったら、ただじゃおかないわよ」

「でも姉さん」

「令嬢たちに、あなたの恥ずかしい過去をバラされたいの? 何歳までおねしょをしていたとか、女装したらうっかり隣国の王子様の初恋を奪ってしまったとか」

「ごめんなさいもう言いません」

 素直に謝るリオンに、わたしも肩の力を抜いた。


「姉さんにはかなわないよ……」

「わかってるなら、バカなこと言わないの」

 額をつつくと、リオンは困ったように笑った。

「……姉さんが、僕のためにベルチェリ商会を継がないと決めたのは知っている。僕はそうしてほしくはないけど、僕が何を言ったって、姉さんは一度決めたことを決して覆さないよね」

「よくわかってるじゃないの」


 わたしの言葉に、リオンはため息をついた。

 伏し目がちのリオンは、憂愁にとざされる麗人、という感じでとんでもなく美しい。わたしの弟、神々の仲間入りしちゃったらどうしよう? と心配になるレベルだ。

「……僕は、姉さんにもヘルムートにも幸せになってほしいんだ」

「リオンは優しいわね」

 わたしは微笑んだ。


「心配しないで。ヘルムート様には、魔術理論を延々と聞かされてもキレたりしない、優しく辛抱づよいお嬢さんを、ちゃんと見つけてみせるわ」

「……それも中々の難問だけど、僕はどちらかというと姉さんのほうが心配だよ」

「あら、言ってくれるわね! これでもわたしは、引く手あまたなのよ!」

 胸をそらして自慢すると、リオンは眉を下げた。

「それはわかってるよ、そういうことじゃなくて……」

「いいから早く支度をして。あなたは何を着ていても誰も文句なんて言わないだろうけど、せっかく一緒に夜会に出席できるんですもの、美しく装った姿を見せてちょうだい」

 わたしはリオンをせかし、ヘルムート様を迎えに、馬車で魔術師の塔へ向かった。


 リオンを馬車に残してヘルムート様の執務室に行くと、ヘルムート様はまだ部下たちと残業の真っ最中だった。

「すまない、あと少し待ってくれ。あと二枚、転移用の魔法陣を描かねばならんのだ」

 切羽詰まった顔で、ヘルムート様がわたしに言う。

 ヘルムート様の執務室には、顔見知りの魔術師が数人と、なぜか騎士が一人いた。


「あ、ライラ様」

 騎士が驚いたようにわたしの名を呼んだ。人の好さそうな茶色のたれ目に、そばかすの……。

「まあ、アーサー様」

 わたしのお見合い相手であり、今は商売相手でもあるフランケル男爵家次男、アーサー様がそこにいた。

「魔術師の塔でお会いするとは思いませんでしたわ。今日はどういったご用向きでこちらに?」

「ああ、騎士団の次の遠征で、詳しくは申し上げられないのですが、急ぎ転移陣が必要な事態となってしまって」

 アーサー様が困ったように頭をかいた。


「そうなんですの。こう申してはなんですが、塔の転移陣は民間の粗悪品とは違って、座標通り、正確無比に転移できますわ。安心してお使いになって」

「それはもちろん」

 アーサー様は小さく微笑んだ。しかし、その顔には緊張の色が濃く、笑顔も硬かった。

「アーサー様も、その遠征には参加されますの?」

「僕は補給部隊ですが、ええ、第二騎士団員として出征することになるかと思います」

「そうなんですのね……」

 わたしは残念な気持ちでアーサー様を見上げた。

 補給部隊なら、そう危険な目にも遭わないだろうが、絶対はない。何が起こるかわからないのが戦争だ。


 いま時分の遠征というと、北部の山岳地帯、もしくは国境付近の小競り合いだろうか。現地が雪で閉ざされる前にケリをつけようと、急いでいるのかもしれない。


「アーサー様、どうかお気をつけて。ご無事のお帰りを、一日千秋の思いでお待ちしておりますわ」

「ありがとうございます。……せっかくライラ様にご尽力いただいたのですから、ここで終わりとならぬよう、無事戻ってまいりたいと思います」

 うん、わたしも本当にそう願う。あの香水の売れ行きも順調だし、これからアーサー様の伝手で他の商品も掘り起こそうと思っているところなのだから。戦争なんかに邪魔されてたまるか。


「終わったぞ!」

 いきなり後ろでヘルムート様が大声を上げたかと思うと、わたしとアーサー様の間にぐいっと体を割り込ませてきた。

「これを持ってとっとと失せろ! また今回のような無茶な依頼を持ってきたら、次はただでは済まさん! そう上の者に伝えろ!」

 そう言ってアーサー様に転移陣の束を押しつけると、ヘルムート様はわたしを睨みつけた。琥珀色の瞳がメラメラ燃えている。


 な、なんで怒ってるんですか、ヘルムート様。

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