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22.モテても嬉しくない

「なんで助けてくれなかったんだ? だいたい、なんで最初に私に石をぶつけたりしたんだ?」


 サムエリ公爵家の昼食会の帰り、馬車の中でヘルムート様が、恨めしそうにわたしに聞いた。リオンはにこにこしているが、助けてくれなさそうなので、しかたなくわたしはヘルムート様に謝った。

「すみません、痛い思いをさせてしまって」

「いや、どちらかというと、その後の飲み物のほうがひどかった。あれは何なんだ? 毒か?」

「いくらなんでもヘルムート様に毒なんか飲ませませんよ! ただの栄養ドリンクです!」

「あんなひどい味の栄養ドリンクがあるのか?」

疑わしそうな表情のヘルムート様を、わたしはじっと見た。


 イザベラ様の気持ちについて、言うべきか言わざるべきか。……でもヘルムート様は他人の気持ちにはニブそうだし、言わなきゃ気づかないだろうなあ。


「石をぶつけたことも、マズい飲み物を飲ませたことも謝ります。……でもあの時そうしなかったら、ヘルムート様は何ておっしゃるつもりだったんですか?」

「あの時? ああ……、失礼なのはハロルド卿ではなくイザベラ嬢だと、そう言うつもりだった。……当然だろ? 私を変人だの死神だのと罵ってたんだから」

 思った通りの返事に、わたしはため息をついた。


「ヘルムート様……。マナーの教師から何も習わなかったのですか? 紳士たるもの、淑女を傷つけるような振る舞いはすべからず、です。衆目の面前で、イザベラ様に恥をかかせるべきではありません」

「悪いのはあっちだろ!?」

「たとえそうでも、いけません。大勢の前で面と向かってイザベラ様を非難なさっては、どちらが悪かろうと、評判を落とすのはヘルムート様です。……イザベラ様の言動に腹が立ったのなら、報復は別の方法ですべきです」

「……いや、報復って……。そこまでの話ではないのだが……」


 ヘルムート様は若干、引いた表情になった。

「私はただ、……ちょっとイヤな気分になっただけだ。悪口を言われたら、誰だってそうだろ? だから、失礼なのはそっちだ、とわかってもらって、相手に謝ってもらえばそれで……」

「謝る? イザベラ様が?」

 わたしはため息をついた。

 こういうところ、ヘルムート様はある意味、深窓の令嬢より無垢というか、純真というか。


「たとえそれが道理に反するものであっても、自分自身の言動を謝罪する貴族は、稀ですわ。今回だってイザベラ様は、兄君の発言をこそ、謝るとおっしゃいましたけど、ご自身の発言については、何ら問題があるとはお考えではないようですし。ましてイザベラ様は、天より高いプライドの持ち主でいらっしゃいますもの。王に命じられでもしない限り、ご自身の発言を謝罪されたり撤回されたりするのは無理でしょうね」

「塔の魔術師は、間違いを指摘されれば謝るし、すぐ受け入れて改善しようとするぞ?」

「だから魔術師は変わり者と言われるんですよ」


 変わり者と言われて腹が立ったのか、ヘルムート様はふいっと窓の外に顔を向けた。

「ヘルムート様、すねないでください」

「うるさい。そ、それにそれに……、イザベラ嬢があれこれと訳わからんことを言い続けるから、もうどうしてよいやらわからなくて困ってたんだぞ。ライラお前、自分とリオンがついてるから安心しろとか言っておきながら、私を放ってどっかの男といちゃいちゃしてただろ!」

「ああ、そう言えばアルが来てたみたいだね」

 リオンは楽しそうにふふっと笑った。

「ヘルムート、姉さんと話していた男性はね、アルトゥール・クベールと言って、クベール子爵家の次男なんだ。姉さんの婚約者候補だよ」

「はァ!?」

「ちょっとリオン!」


 とんでもない事を暴露したリオンを、わたしは睨んだ。

「何を言い出すのよ!」

「本当のことじゃない。正式に申し込まれてはいないけど、父さんも承知している話だ。アルトゥールは、姉さんの婚約者候補の筆頭でしょ?」

「こんやく……」

 ヘルムート様が真っ青な顔でわたしを見た。


「ラ、ライラ、結婚するのか……?」

「いや、大丈夫です、大丈夫。ヘルムート様がご結婚なさるまで、わたしは誰とも結婚しませんから」

 わたしはヘルムート様を安心させるように、にっこり笑って言った。


「わたしはベルチェリ家の人間ですよ。一度お引き受けした仕事を、中途半端に投げ出すような真似はいたしません。安心なさってください!」

「う、うむ……」

「まったく、リオンも余計なことを言って!」

「そう? 余計なことかなあ」

 ふふっと笑うリオンを睨んでから、わたしはヘルムート様に向き直った。


「わたしのことはいいんです。それより、問題はヘルムート様ですよ」

「……何だ。このうえ私に、何の問題があると」

 ヘルムート様、まだ少し顔色が悪い。昼食会での緊張が残っているんだろうか。

 わたしはヘルムート様を刺激しないよう、優しく言った。

「ヘルムート様。今日の昼食会で、イザベラ様とお話をされて、どう思われました?」

「……え? イザベラ嬢? どう思うって……、ん、そうだな、何を話しているのかわからなくて困る、と思った」

「そうではなくてですね……」

 わたしはこめかみを押さえた。

 これは、ハッキリ言わないとわからないかも。無粋の極みだが、仕方ない。


「……ヘルムート様、野暮なことを申し上げますが、どうぞお許しください」

「ん? なんだ?」

 わたしは息を吸い、一気に言った。

「レーマン侯爵令嬢イザベラ様は、ヘルムート様に恋をしておいでです」

「……は?」

 ヘルムート様がぽかんと口を開けた。


「何を馬鹿な……」

「本当のことですわ」

 わたしはため息をついた。

「お気づきでないのは、ヘルムート様くらいのものでしょう。あの昼食会に出席された方は、全員お分かりになったはずですわ」

 ヘルムート様が慌ててリオンを見た。リオンは苦笑し、両手を挙げた。

「うん、そうだね。たしかにイザベラ嬢は、ヘルムートを気に入ったみたいだ」

「ウソだろ!?」

 ヘルムート様が叫ぶように言った。


「なんでイザベラ嬢が!? この前の夜会では私のこと、さんざん罵っていたではないか!」

「あの時はあの時です。今のヘルムート様をご覧になって、そのお姿、魔法の腕前に心動かされたとしても、なんの不思議もございません」

「それにしたって変わり身早すぎだろ!」

「貴族なんてそんなものですわ。己の利に聡いことは、悪いことではございません」

 ヘルムート様はむっとしたように唇を引き結んだ。


「私は……、そういうのは嫌いだ」

 あー、やっぱりそうかー。条件だけ見れば、イザベラ様なんて顔良し資産よし血筋よしと最高の物件だけど、ヘルムート様は結婚にロマンチックな憧れを抱いているからなあ。

「見た目が変わったからって、今までさんざん悪口言われてた相手に、いきなり好意を持たれても、ぜんぜん嬉しくない」

「……わかりました。それではイザベラ様は、ヘルムート様の婚約者候補から外してもよろしいですね?」

「当たり前だ!」

 ぷんぷん怒るヘルムート様に、わたしは苦笑した。


「リオン、次の夜会でヘルムート様に他のご令嬢を紹介してくれる?」

「うん、いいよ」

「え、次!?」

 驚くヘルムート様に、わたしは重々しく告げた。


「この昼食会でのヘルムート様の振る舞いは、イザベラ様への対応はアレでしたが、それ以外はおおむね合格点といってよいでしょう。令嬢がたのヘルムート様への意識も、だいぶ変わったものと思われます。そこで、次こそは! ヘルムート様の婚約者候補となるご令嬢を見つけなければなりません!」

「こ、婚約……」

「ええ、そうです!」

 わたしは拳を握り、熱弁をふるった。


「ヘルムート様は頑張っていらっしゃいます! 元々、ヘルムート様は素晴らしいお方でしたが、それを令嬢がたにお伝えする手段を間違えていたため、お辛い思いをされていたこと、大変口惜しく思っておりました。……ですが、今は違います! 今ならばどんなご令嬢であっても、ヘルムート様に微笑みかけられただけで、瞬く間に恋に落ちてしまわれるでしょう!」

「……いや、それは言い過ぎじゃないか? リオンじゃあるまいし、微笑みかけただけで恋に落ちるとか、ないだろう」

「ちっとも言い過ぎではございません! もっと自信をお持ちください、ヘルムート様!」

 本人に自覚がないのが問題だが、ヘルムート様は十分に魅力的なのだ。あのレーマン侯爵家嫡男、ハロルド様よりもよっぽど素敵な貴公子である。……魔術理論をノンストップで語ったりしなければ。


「頑張りましょうねヘルムート様!」

「う、……うう、ん……」

 どこか歯切れの悪いヘルムート様、黙って微笑むリオン、盛り上がるわたし、と温度差はあるが、目指すゴールは一つのはず。

 ヘルムート様の幸せな結婚を目指し、頑張るぞ!


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