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21.黄金の蝶

 ヘルムート様は右手を掲げると、空気を撫でるようにさっと手を振った。

 すると、

「まああ……」

 ヴィオラ様が驚いたような声を上げた。周囲の人達もざわめいている。特に令嬢がたから、嬉しそうな声が上がった。

「なんて綺麗なの!」

「まあ、素敵」


 ヘルムート様の指先から、黄金の蝶が次々と生まれ、ひらひら羽ばたく。咲き乱れるルルシアの花にとまり、令嬢がたの指にとまり、キラキラ輝きながら舞うように庭園を飛ぶ気まぐれな蝶の動きに、皆の目が釘付けだ。

「……簡単な幻影術ですが、お気に召しましたでしょうか」

 ヘルムート様は指をくるりと回すと、黄金に輝くルルシアの花を一輪、生み出した。幻影だってわかってても、精度が高くてまるで本物みたいに見える。さすがヘルムート様。

「どうぞ」

 ルルシアの花の幻影を差し出され、ヴィオラ様はにっこり笑ってそれを受け取った。


「さすが宮廷魔術師団長様ですわね。素晴らしい魔法をありがとうございます。楽しませていただきましたわ」

 このルルシアも素敵じゃありませんこと? とヴィオラ様がリオンに幻影の花を見せると、リオンはそれを受け取り、「失礼」とヴィオラ様の髪にそっと挿した。

「とてもよくお似合いです」

 リオンに褒められ、ヴィオラ様はさらに嬉しそうな笑顔になった。たしかにヴィオラ様の暗褐色の髪に黄金のルルシアの花はよく映え、その高貴な美しさを一層引き立てている。


「ヘルムート様、幻影術とおっしゃいましたけど、この蝶は本当に生きているようですわね。わたくし以前、幻影術を拝見したことがございますけど、すぐ消えてしまいましたわ。こんなに長く動く幻影術は初めてです」

 イザベラ様も驚いたように蝶を見ている。

 フッとヘルムート様が勝ち誇った笑みを浮かべた。


「……それは魔術師の魔力が低いか、術式が粗雑に組まれていたせいでしょう。幻影の術式は基本的に……」

 ヘルムート様は滔々と話しだしたが、わたしが再度、あの栄養ドリンクの瓶を取り出したのを見て、もごもごと口ごもりながら椅子に腰を下ろした。

「ん、まあ……、簡単な魔法です、なるほど」

 ヘルムート様……、なんでも『なるほど』を付ければいいってもんじゃないんですよ……。

 しかし、この魔法は本当に綺麗だ。令嬢受けもいいみたいだし、これからはこういった魔法も、売りとしてヘルムート様に使ってもらおうかな。


 周囲を見回すと、令嬢がたは席を立って、ルルシアの花にとまる蝶々を鑑賞しながら楽しげに笑いさざめいている。ちらちらとヘルムート様に向けられる視線も、好意的なものがほとんどだ。

 イザベラ様まで、感心したようにヘルムート様を見ている。


「……わたくし、ヘルムート様を誤解していたようです」

「そうですか」

 イザベラ様が熱を帯びた瞳をヘルムート様に向けた。

「きっと、わたくし達にはこうして、お互いをよく知るための時間が必要だったのですわ」

「なるほど……?」

 ヘルムート様が困ったような表情でわたしを見た。あー、『この人なに言ってんの? わかんない、助けて!』ですね。

いやいや、しかし、これはもしかしすると……。


 ふと気づくと、わたしの隣にアルトゥールが立っていた。

「やあ、ライラ」

 彼はにこにこ笑いながら、宙を舞う黄金の蝶に目を向けた。

「……素晴らしい幻影術だ。ヘルムート・マクシリティ様はたしか、君の父上と相識の間柄でいらしたのだったか」

「ええ。父も母も、ヘルムート様のことは昔から存じ上げております。ヘルムート様がまだ学院に上がる前の、お小さい頃から」

 わたしはヘルムート様を見た。戸惑ったような表情でイザベラ様と見つめ合うヘルムート様は、とても美しかった。少し不安げな眼差しが、少年のヘルムート様のそれと重なる。

結婚して幸せな家庭を築くんだ、と言っていたヘルムート様。あの時の、少し寂しそうな瞳も強気な口調も、何もかもすべて、よく覚えている。


「ここ最近、君が妙に忙しそうにしていると思ったら、そういうことだったのか」

 アルトゥールがおかしそうに笑って言った。

「あの死神のような宮廷魔術師団長を、よくぞここまで磨き上げたものだ。君は本当に、大した手腕の持ち主だよ、ライラ」

「お褒めいただき、光栄ですわ」

 目の前をひらりと黄金の蝶が横切る。本当に、なんて美しい幻だろう。


「まったく。あのヘルムート卿とレーマン侯爵家の妹姫の縁組など、君以外、考えつく者はいないだろうね」


 アルトゥールの言葉に、わたしは耳を疑った。

「……なんですって?」

「とぼけるのはやめてくれ、ライラ。見ればわかるじゃないか。レーマン侯爵家の妹姫、イザベラ嬢は、すっかり宮廷魔術師団長殿にのぼせ上っているようだけど?」


 アルトゥールの視線の先をたどると、そこにはたしかにお似合いの美男美女が座って談笑していた。伏し目がちに相槌を打つヘルムート様と、うっとりした表情でヘルムート様に話しかけるイザベラ様。


 誰の目にも明らかだ。アルトゥールに指摘されるまでもない。

 イザベラ様は、ヘルムート様に心を奪われていた。

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