20.ラスボスとの戦い
「……わたくし、こちらに座ってもよろしいかしら、ヘルムート様?」
隣の椅子を扇で示され、ヘルムート様の顔色が白くなった。しかしヘルムート様は立ち上がると隣の椅子を引き、イザベラ様に頷きかけた。
「どうぞ、イザベラ嬢」
「ありがとうございます」
にっこり笑ってイザベラ様が腰を下ろす。ぱちりと扇をとじる音に、ヘルムート様が一瞬、顔をしかめた。
「先日は失礼いたしましたわ、ヘルムート様」
「……いえ、そのようなことは」
「わたくし、ヘルムート様に謝らなければならないと、そう思いましたのよ」
イザベラ様の言葉に、ヘルムート様が動きを止めた。
「謝る……?」
「ええ、あの夜会では、兄が大変失礼なことを申しましたでしょう?」
「……失礼というなら、ハロルド卿よりあなたのほうが」
とんでもない事を言いかけたヘルムート様に、わたしは慌てて足元の小石を拾い、投げつけた。
「っ!」
脛に当たった小石に、ヘルムート様が一瞬、息を詰める。
「何を……」
ヘルムート様が驚いたようにわたしを振り返った。
「ああ、ヘルムート様! 傷が痛むのですね、大丈夫ですか!」
わたしは大声を上げ、素早くヘルムート様に近寄った。
「……あら? あなたはベルチェリ家の……」
イザベラ様がわたしの姿を目にとめ、ぱちりと扇を開いた。
「ライラ・ベルチェリと申します。本日はリオンとヘルムート様の護衛として、こちらにお邪魔いたしました。お目汚し失礼いたします」
わたしはイザベラ様に頭を下げ、同時に、見えないようにヘルムート様の足を力いっぱい踏みつけた。
「いっつ!」
痛みに悶絶するヘルムート様を振り返り、わたしは大げさな身振りで言った。
「ああ、ヘルムート様、大丈夫ですか? この痛み止めをどうぞお飲みください!」
わたしは、常に持ち歩いている栄養ドリンクの小瓶の蓋を開け、有無を言わさずヘルムート様の口元に押し付けた。
「さあどうぞヘルムート様!」
ヘルムート様の顎をつかみ、一気に小瓶の中身をヘルムート様の口に注ぎ込む。
「……っ、う……、ぐ……っ」
栄養ドリンクを飲んだヘルムート様が、口元を押さえてテーブルに突っ伏した。うん、お気持ちよくわかります。徹夜しなきゃならない時、いつもこれのお世話になるんだけど、毎回あまりのマズさに泣くんだよね。
「まあ、ヘルムート様? どうなさったの?」
驚いたようにイザベラ様が言った。
わたしは悲しそうな表情を作り、イザベラ様に答えた。
「実は……、ヘルムート様は、先の魔獣討伐で怪我をされたのです。まだ完治されていないため、傷が痛むことがあるようで」
「そんな……、でもこの間の夜会では」
「ええ、ヨナス様にお祝いをお伝えするため、無理をされたようで」
真っ赤な嘘をつらつらと述べながら、わたしはヘルムート様を振り返った。テーブルから助け起こすふりをしながら、小声で話しかける。
「ヘルムート様、この先は相槌以外の返事はされませんよう。『そうですか』と『なるほど』以外の言葉を口にしたら、さっきの薬をもう一瓶、飲ませますからね!」
わたしが睨みつけると、ヘルムート様はますます顔色を悪くして「わ、わかった……」と震える声で答えた。
「ヘルムート様、傷が痛みますの? ……それほど大変な討伐でしたのね。兄もひどく苦労したと申しておりましたけど」
イザベラ様の言葉に、反射的にヘルムート様が何か言いかけたが、咳払いするわたしに気づき、言葉を飲み込んだ。
「兄が申すところによれば、魔獣の襲撃から魔術師を守るため、兄とその部下である騎士達が命がけで戦ったそうですけど」
「……なるほど」
「それはそれは大変な戦いであったと伺いましたわ」
「そうですか」
ヘルムート様、目が死んでいる……。後で好きなだけ炎の魔法を打ちまくっていいから、もう少しだけ耐えてください。
「戦いの話は恐ろしいですわ……」
ヴィオラ様が目を伏せ、小さく言った。あー、たしかヴィオラ様のお兄様は、大規模な国境紛争で重傷を負われたんだっけ。
「まあ、騎士や魔術師達の活躍を恐ろしいだなんて」
イザベラ様が小馬鹿にしたように笑った。
「魔術師様の活躍は、戦に限った話ではありませんよ」
リオンが柔らかい笑みを浮かべて言った。
「ヘルムート様は幼い頃から、独自の魔術式を編み上げるほどの才能をお持ちで、正式に魔術を習う以前から、それは素晴らしい魔法を披露してくれたものです」
リオンの言葉に、ヘルムート様がぴくっと反応した。
「ね、ヘルムート様、子どもの頃、とても綺麗な魔法を見せてくれましたよね。キラキラ輝く黄金の……」
「む、まあ……、子ども騙しの簡単な魔法だが」
「そんなことはありません。とても素敵な魔法でした」
微笑むリオンをうっとりと見つめながら、ヴィオラ様が言った。
「まあ、どんな魔法ですの? わたくしも是非、拝見したいわ」
「ヘルムート様、お願いしても?」
「ああ、むろん……」
言いかけ、ヘルムート様はちらりとわたしを見た。わたしが頷くと、ヘルムート様がほっとしたように言った。
「では失礼して。他愛もない魔法ですが……」
ヘルムート様は席を立つと、自信に満ちあふれた態度で右手を掲げた。
おお、堂々としててカッコいい。ヘルムート様、社交スキルを無理に伸ばすより、得意分野をアピールするほうが正解だろうか?




