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2.昔は可愛かった

 ヘルムート様はマクシリティ侯爵家の次男であり、わたしの幼なじみだ。

 マクシリティ侯爵家に引き取られるまで、ヘルムート様は平民街に住んでいた。正確に言うならば、王都一の規模を誇る娼館に。


 売れっ妓娼婦の息子として生まれたヘルムート様は、王都の学院に上がる年齢になるまで、娼館で育てられた。出産時に母親が亡くなったため、娼館はマクシリティ侯爵家にヘルムート様の保護を求めたのだが、当時マクシリティ侯爵家当主であったヘルムート様の祖父が、娼婦の生んだ子どもを引き取ることを頑として拒んだのだ。

 しかしその後、魔力が発現したヘルムート様は教会の鑑定を受け、当代一と言われるほどの魔力量を保有していることが認められた。それにより、ようやくヘルムート様は侯爵家に引き取られることになったのだ。


 恐らくヘルムート様の祖父は、魔力を持たない平民女性に侯爵家の血を継ぐ子どもを産むことなど不可能と思っていたのだろう。実際、ヘルムート様のお母様は出産時に亡くなってしまったわけだし。

 しかし、それにしてもひどい話だ。学院に入学させてくれただけ自分は恵まれている、とヘルムート様本人はあまり気にした様子を見せないけれど。


 ヘルムート様の育った娼館の近くに、わたしの一族が経営するベルチェリ商会の事務所があった。

 わたしと弟は、よく父に連れられて事務所を訪れたが、子どもに商売の話など退屈なだけだ。わたしと弟は父の商談が終わるまで、周辺の歓楽街をぶらついて過ごした。護衛付きだったし、歓楽街とはいえ昼間の治安はそこそこ良かったので、子どもだけでぶらぶらしていても、特に危険な目に遭うようなこともなかった。


 そこで、わたしと弟はヘルムート様――当時は様付けなどせず、ヘルムートと呼び捨てていた――と出会ったのだ。

 ヘルムート様は、とても可愛かった。売れっ子娼婦の息子だけあり、たいそう整った見目をしていた。初めて見た時は、まるでお人形のようだと思ったものだ。


「ヘルムートは可愛いから、ドレス着るといいよ! 今度わたしのドレス持ってきてあげるね!」

「なんでそうなる!?」

「いいじゃない、きっと似合うよ!」

 わたしは何とかヘルムート様にドレスを着てもらおうと粘り強く交渉を重ねた。弟のリオンが特に抵抗なくドレスを着てくれたこともあり、男だろうが女だろうが似合うならドレスを着たっていいじゃない、と思ったのだ。

 結果として、一度だけヘルムート様はわたしのドレスを着てくれた。

 仏頂面で、「不本意!」と全身で叫んでいるような態度ではあったが、それでもとても可愛らしかった。


「ヘルムートは可愛いから、将来モテモテになるよ!」

「そ……、そうかな」

「きっと、王子様がいっぱい来て、ヘルムートに結婚してくださいって言うよ!」

「なんで王子限定!?」


 そんなやり取りも今は遠い昔。

 まさかあの可愛らしいヘルムートが、幽鬼のような有様になり果て、結婚できない現状を呪う日がやって来ようとは。


「ヨナスめ……、呪ってやる……」

 血走った目でブツブツつぶやくヘルムート様に、わたしは肩をすくめた。

 ヨナス様とヘルムート様は同い年だし、戦場で何度も一緒に戦った仲だというのに、恨み妬みがハンパない。

「もーヘルムート様、結婚式の招待状を燃やしちゃうなんて。せっかくのヨナス様のご厚意を……」

「ああ!? どこが厚意だどこが! ただの嫌がらせではないかっ!」


 結婚できない人間に結婚式の招待状を送るなど、万死に値する行為! と主張するヘルムート様に、わたしは辛抱強く説明した。


「ヘルムート様、ご存じですか? 結婚式って男女の出会いの場でもあるんですよ」

「……そ……、え?」

「考えてもみてください。招待状が送られる相手って、両家の知り合いや友達、お付き合いのある方々ですよね。つまり、だいたいが素性のちゃんとした方々です。そして出席者は、男女ともに、結婚適齢期の独身者がとても多いんです」

 ヘルムート様が、黙って灰になった招待状を見つめた。


「ヘルムート様が結婚なさりたいなら、結婚式はこれ以上ないチャンスですのに、招待状を燃やしてしまうなんて」

「大丈夫だ中身は覚えている!」

 ヘルムート様が食い気味に答えた。しかし、すぐにしゅんと肩を落として言った。


「たしかに結婚式は、出会いの場かもしれぬが……、私にとっては無意味だ。私は、これまで何度も同僚の結婚式に出席してきたが、何の出会いもなかった。今回も、どうせ同じだ……」

 後ろ向きだなあ、という言葉をわたしは飲み込んだ。


 ヘルムート様、自分でも言ってるように、お金はうなるほど持っているし、宮廷魔術師団長という地位もある。次男だから侯爵家は継げないが、やりようによっては三日で婚約者くらい見つけられると思うんだけど……、うーん……。

「なんだライラ。何か言いたげだな?」

 ヘルムート様が片眉を上げ、わたしを見た。

「うーん、いや、ヘルムート様、ヨナス様の結婚式には、どういう格好で出席されるのかなーと思いまして」

「魔術師団の正装で行くつもりだが?」

 それがどうかしたか? と聞くヘルムート様に、やっぱりかーとわたしは肩を落とした。


「……ヘルムート様、ひょっとして今まで出席された結婚式とか、ぜんぶ魔術師団の正装で行ってました?」

「そうだが。……何か問題でもあったか?」

 ヘルムート様が少し不安そうな表情になった。

 こういう表情をすると、ちょっと昔の面影が見えて可愛らしい。

 しかし、ここはきちんと真実を伝えねば。


「ヘルムート様、魔術師団の正装って、全身黒一色ですよね」

「ああ、魔術師を象徴する色だしな」

 汚れも目立たないからいいぞ、と嬉しそうなヘルムート様に、わたしは重々しく告げた。

「魔術師団の正装って、色も問題ですけど、作りもマズいんですよ」

「何が」

 ヘルムート様、まったくわかってない。わたしはため息をついた。


「ヘルムート様、最近、夜会や舞踏会に出席されたことは?」

「ない」

 キッパリ断言するヘルムート様に、わたしは顔をしかめた。


「なんでですか。ヘルムート様、腐っても宮廷魔術師団長なんだから、夜会の招待状なんていくらでもくるのでは?」

 腐ってもってなんだ、と文句をつけつつ、ヘルムート様はもごもごと口ごもった。

「……私は、その……、社交は苦手なんだ」

 うつむくヘルムート様に、そんなんでよく婚活しようと思ったな、とわたしは少し呆れてしまった。

 貴族の婚活なんて、社交と同義ではないのか。


しかしヘルムート様は、

「だってあいつら、怖いじゃないか……」

 うつむいたまま小さく言った。

「あいつら、私を見てクスクス笑うし……。ダンスを申し込んでも断られるし、聞えよがしに悪口言われるし……」

「……あいつらって、貴族令嬢のことですか? ていうかヘルムート様、その貴族令嬢と結婚なさりたいんですよね?」

 わたしは呆れた表情を隠すこともできなくなっていた。


 あなた、一人で魔獣の集団をビシバシ倒しまくってる宮廷魔術師団長ですよね? 歴代最年少で魔術師としてトップの地位に上り詰めた、天才の誉れも高い御方ですよね? それなのに、貴族令嬢に笑われるのが怖くて婚活できないって。冗談だと思いたい。


「貴族が駄目なら平民……、というわけにもいきませんしねえ」

「当たり前だ。罪もない平民を殺せるか」

 ヘルムート様がぶすっとして言った。殺すというのは物騒だけど、あながち間違ってはいない。

 ヘルムート様は魔力量が多すぎて、魔力量の少ない平民と長期間一緒にいると、相手の体に悪影響を与えてしまうのだ。もし平民の女性がヘルムート様の子どもを妊娠したとしても、出産までに母親か子どものどちらかが死んでしまうだろう。


「ヘルムート様、貴族令嬢だってヘルムート様と同じ人間です。きちんと礼儀を尽くして会話を交わせば……」

「ライラにはわからないんだ!」

 わたしの言葉をさえぎり、ヘルムート様が泣きそうな表情で叫んだ。

「ライラは社交が得意だろう! 初対面の相手とでもすぐ打ち解けて仲良くなってるが、私にとってあれは神業だ! あんなの私には無理だ! 無理なんだ!」

 そうだ私に結婚なんて無理なんだぁあああ! と絶叫するヘルムート様を、わたしはつくづくと眺めた。


 うーん。これは、思った以上にこじらせている。

 確かにこの状態だと、結婚までたどり着くのはなかなか難しいかもしれないなあ、とわたしは思ったのだった。


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