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19.天敵ふたたび

 サムエリ公爵家ご自慢の庭園は、さすがの一言だった。

 王宮の庭園にもひけを取らない広大さ、綿密に計算された噴水や像の配置、木々の並びに種々の花々。

 わたしとリオンはうっとりしながら案内する従僕の後を歩いていった。ヘルムート様は景色を楽しむ余裕もないのか、緊張の面持ちをしている。


「ヘルムート様、そんな怖いお顔をしないでください。せっかく新調したお衣裳が台無しです」

「む……」

「そうそう、ヘルムート、笑って」

 リオンも声をかけてくれたが、相変わらずヘルムート様の表情は硬いままだ。


 本日のヘルムート様は、騎士服を基調とした衣裳を着ている。マントやブーツの色は黒だが、ジャケットなど他すべての色は白、ボタンや縁取り、マント留めは金と、昼食会にふさわしい明るく爽やかな衣裳だ。

 髪は上の方で一つにまとめ、琥珀の飾り玉のついた髪紐で結ってある。凛々しい美青年といった仕上がりで、見た目だけならあのレーマン侯爵家のハロルド様にも引けを取らない。


 わたしとリオンの服装は、同じ仕立ての色違いだ。刺繍のほどこされた丈の長いビロードのフロックコート、同じ生地のベストに、ぴったりしたキュロットと革のブーツ。リオンは秋の終わりに咲くルルシアの花のような薄い紫色で、わたしは瞳に合わせて濃い緑にした。リオンは武器の類は身に着けていないが、わたしは念のため、いつもの短い湾刀をコート裏に隠した。公爵家の昼食会で何かあるとは思えないけど、一応、わたしは二人の護衛だしね。

 ちなみにヘルムート様も丸腰だと落ち着かないというので、見栄えのいい細剣を腰に佩いている。


 わたしはヘルムート様に言った。

「昼食会とは言っても、これは庭園にテーブルを置いて軽食を楽しむタイプの、茶会に近い気楽なものです。特に席も決まっていませんし、そんなに緊張される必要はありませんよ。サムエリ公爵家のヴィオラ様は、リオンのファンでいらっしゃいますから、その幼なじみであるヘルムート様にも親切にしてくださるでしょう。あの夜会での一件もご覧になって、ヘルムート様に好意的だとリオンも言っていましたし」

「うん、ヴィオラ嬢はヘルムートに同情的だったし、お美しい方ですねっておっしゃってたよ」

「そ、そうか?」


 前回の夜会での一幕は、社交界でも話題となっている。まあそりゃそうだ。

 レーマン侯爵家の美貌の嫡子と、娼婦の息子と蔑まれながらも宮廷魔術師団長にまで上り詰めた若き天才の確執なんて、噂にならないほうがおかしい。その効果もあって、ヘルムート様の驚きの変貌ぶりや、リオンとの繋がりなどに注目が集まっている。これを利用しない手はない。


「ヘルムート様、この昼食会では、どなたかご令嬢とお話をしてみましょう」

「無理!」

「大丈夫です、リオンが橋渡しをしますから」

 ヘルムート様は無理無理と青くなっているが、この好機を逃すわけにはいかない。わたしは重ねて言った。

「お話をすると言っても、基本的にヘルムート様は聞き役に徹してください。リオンがヘルムート様をどなたか良さげなご令嬢に紹介いたしますから、ただ挨拶だけをして、あとはご令嬢のお話に耳を傾けてください」

「だ……、黙っててもいいのか?」

「ええ、基本的には頷くだけ、相槌だけで結構です」

「ぜ、善処する」


 緊張のせいか、ヘルムート様がぷるぷる震えはじめた。

「ヘルムート様、大丈夫です、安心してください。わたしもリオンもいますから。ね、リオン」

「うん、誰か優しそうなお嬢さんをヘルムートに紹介するね! 楽しみだなあ」

 リオンがにこにこして言った。ヘルムート様の醸し出す余計な緊迫感に、みじんも影響を受けていない。さすがリオン。


 昼食会の席は、満開のルルシアを楽しめる一角に用意されていた。わたし達の姿を認めたヴィオラ様が、にこやかに微笑んで声をかけてくださった。

「お待ちしておりましたのよ、リオン様、ヘルムート様、それにライラ様も。さあ、こちらにいらして」

 わたし達は中央に置かれたテーブルへと案内された。わたしは護衛なのでテーブルから少し離れ、その後ろに立つ。リオンはヴィオラ様の隣の席、ヘルムート様はさらにその隣、リオンを挟んでヴィオラ様と向き合う席に腰を下ろした。


 他の令嬢達やそのエスコートをつとめる紳士諸氏も、それぞれ席についている。向こうの端に、アルトゥールの姿が見えた。サムエリ公爵家から招待状をもらうとは、なかなかやりおる。わたしの視線に気づいたアルトゥールがこちらを見て、いたずらっぽい笑みを浮かべた。後で挨拶に行くとしよう。

 招待客はそれぞれ、暗黙の序列に従った席に座っている。……そう考えると、リオンとヘルムート様の席は特等席と言えるだろう。リオン効果、絶大なり。ありがとう弟よ。


 その時、わたしはやけにキラキラしたご令嬢がこちらに近づいてくるのに気がついた。ゆるやかにウエーブのかかった美しい金髪に深い青い瞳をした……。

「少し遅れてしまったかしら? ご機嫌よう、ヴィオラ様」

「あら、イザベラ様。今日はたしかご欠席とのお返事をいただいたかと」

「ええ、でも、気が変わりましたの。……本日、こちらにヘルムート・マクシリティ様がいらっしゃると聞き及んだものですから」


 ちらりとイザベラ様がヘルムート様を見やった。ヘルムート様はまったく表情を変えていないが、わたしにはわかる。あれは動揺のあまり、表情筋が仕事をしていないだけだ。内心は阿鼻叫喚の地獄だろう。


 ……ど、どうしよう。まだ社交界初心者のヘルムート様に、ラスボス並みの強敵が現れてしまった。前回は台本があったし、早めの撤退も準備してたから何とかなったけど、今回はそうもいかない。

 リオンという大砲一つに頼っても大丈夫だろうか。それとも、強引にでもこの場から連れ出し、撤退すべき? そもそも、イザベラ様は何を目的としてこの場に現れたんだ。それがわからないことには動きようがない。

 わたしはヘルムート様とイザベラ様を見つめ、いそがしく考えを巡らせた。


 ただ、一つだけ、はっきりしていることがある。

 ヘルムート様の社交界での印象を良くし、ステキなお嬢様とヘルムート様を結婚させる。この目的を邪魔することは、絶対に許さない。たとえレーマン侯爵家が相手であっても。


 わたしは腹に力をこめ、ぐっと拳を握ったのだった。

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