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17.一生懸命がんばりました

「……ヘルムート・マクシリティか?」

 ハロルド様がいぶかしむような視線をヘルムート様に向けた。

「ずいぶん、いつもと様子が違うではないか」

 嘲るような言い方に、わたしはぐっと拳を握りしめた。ハラハラしてヘルムート様を見上げたが、

「ここは戦場ではありませんから」

 ヘルムート様は唇の端を上げ、小さく笑った。事情を知っているわたしには、緊張した引きつり笑いだとわかるが、この場にいる他の人達には、内心をのぞかせぬ謎めいた笑みに見えているだろう。


「……本当にヘルムート様ですの? 宮廷魔術師団長の?」

 ハロルド様の隣に立つイザベラ様が、扇で口元を隠し、目を眇めた。

「まあ、本当にお兄様のおっしゃる通り、いつもとご様子が違いますわね。そのお衣裳も……」

「イザベラ嬢」

 ヘルムート様は落ち着いた様子でイザベラ様を見つめ、言った。


「先ほども申し上げた通り、ここは戦場ではありませぬ。我が友ヨナスとソフィア嬢の婚約を祝うめでたき場です。それにふさわしい装いをせねば失礼というもの」

「まあ」

 イザベラ様が驚いたように目を見開いた。いいぞいいぞ、その調子、ヘルムート様!


「ふん。ふさわしい装いというが、東方風の衣裳だな。野蛮で危険な騎馬の民の服装だ」

 ハロルド様が面白くなさそうな顔で言った。

「……とても美しく、素晴らしいお衣裳だと思いますわ」

 ソフィア様がさりげなくヘルムート様とハロルド様の間に立ち、言った。

「ヘルムート様によくお似合いで、見惚れてしまいましたわ。まるで東方の国の王子様のよう」

「ええ、誠に」

 わたしはすかさずソフィア様の言葉に乗っかった。

「ソフィア様のおっしゃる通り、物語から抜け出た王子様のようですわ。昨今の流行小説のようではありませんこと? 恋に落ちたら、見も知らぬ神秘の国へ連れていかれてしまいそうな。……もしそうなら、ええ、ハロルド様のおっしゃる通り、たしかにヘルムート様は、危険な殿方ということになりますわね」

「まあ」


 わたしとソフィア様が顔を見合わせて笑うと、その場に居合わせた令嬢がたも、つられたように笑い声をあげた。そして皆、興味津々の視線をヘルムート様に向ける。

 注目を浴びたヘルムート様は、居心地が悪そうだ。あと少し、頑張って!


「……貴殿がこのような夜会を好むとは、意外だったな」

 ハロルド様がはっきりと敵意をあらわにしてヘルムート様を見た。ハロルド様のようなタイプは、自分以外の人物が注目を集めるのは我慢ならないだろう思っていたが、その読みは当たったようだ。


「貴殿はこうした場に現れても、ものの一刻もせぬうちに、いつもそそくさと逃げるように帰ってしまうではないか」

 せせら笑うハロルド様を、ヘルムート様は物憂げに見た。うんうん、退廃的な美青年って感じで、とてもいいですよヘルムート様!

「……たしかに私はこうした場は好かぬ。だが今夜は、友に一言、祝福を伝えたいと思ったのだ。……しかし、場違いだったようだな。私はこれで失礼することにしよう」

 さっと東方風の服の裾をひるがえし、ヘルムート様は踵を返した。わたしもその後に続く。

すると、


「お待ちください、ヘルムート様!」


 リオンがすっと現れ、ハロルド様に鋭い視線を向けた。

「この夜会には、僕が無理を言ってヘルムート様にいらしていただいたのです。確かにヘルムート様は、こうした場を好まれません。しかし、ヨナス様とヘルムート様は戦場で何度も共に戦った仲と聞きました。それ故、良かれと思って僕が強引にこの夜会へお連れしたのです。……ヘルムート様は、ニブル領の魔獣討伐から戻ってきたばかりの身で、ただヨナス様にお祝いを伝えようとされたのに……」


 悲しげにうつむくリオンに、その場がざわつく。

 ハロルド様は侯爵家嫡男、リオンは新興貴族の伯爵家嫡男だ。二人の身分の差は明らかだが、ことリオンに限って、身分差はそのまま作用しない。


「まあ……、リオン様、そのようなご事情がありましたの?」

 おずおずとリオンに声をかけたのは、サムエリ公爵家の令嬢ヴィオラ様。曾祖母に王族の姫君をいただく、この場で一番高貴な身分のお方だが、ヴィオラ様は筋金入りのリオンのファンで、親衛隊にも所属している。

「はい……、ヘルムート様は、僕の幼なじみなんです」

「まあ」

 リオンの言葉に、その場は再びざわついた。

 どこに行っても人に囲まれる人気者のリオンと、めったに社交の場に姿をあらわさぬ宮廷魔術師団長の、意外な縁に驚いているのだろう。イザベラ様もいぶかしむような表情をしている。


「……良いのだ、リオン。私が慣れぬことをしたせいで、レーマン侯爵家のご兄妹に不快な思いをさせてしまったようだ。この場は、これで失礼させていただこう」

 ヘルムート様はすっと膝を折り、こちらを注視している皆に頭を下げた。その拍子に、東方の香水がふわりと香る。


 毒気を抜かれたように立ち尽くすレーマン侯爵家兄妹をしり目に、ヘルムート様は今度こそ足を止めず、大広間を後にした。


 その後を追いながら、わたしはちらりと後ろを見やった。

 うつむくリオンと、それを慰めるように周囲をかためる令嬢達。その半分は、非難するような眼差しをハロルド様に向けている。


 よしっ! ヘルムート様の努力とリオンのアイドル力のおかげで、初戦は無事、勝利したぞ!


「……ヘルムート様、やりましたね!」

 屋敷の外に出て馬車を待つ間、わたしは小さくヘルムート様にささやきかけた。すると、


「……った……」

 小さくヘルムート様がつぶやいた。

「え? なんです、ヘルムート様?」

 聞き返すと、ヘルムート様は両手に顔をうずめ、絞り出すように言った。


「……死ぬかと思った……!」


 あー……、お疲れさまです、ヘルムート様。

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[一言] アウェーを一瞬でひっくり返す何か。
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