16.天敵登場
馬車回しでランベール伯爵家の馬丁に馬車を預けると、従僕の出迎えを受けた。
「ベルチェリ家のリオン様と宮廷魔術師団長ヘルムート様、それに護衛の方一名ですね。ようこそいらっしゃいました、こちらへどうぞ」
招待状を出すまでもなく、リオンを見たとたん、伯爵家の従僕にすんなりと邸内へ案内された。
「……さすがリオンだな」
ヘルムート様が小さくつぶやいた。
招待状を出しても私一人だと半刻は入口で足止めされるぞ、と悲しいことを言うヘルムート様に、わたしは優しく言った。
「前もってランベール伯爵家に使いを出しておきましたからね。まあ、リオンの顔が知れ渡っているせいもありましょうけど」
大広間に入ると、すぐにヨナス様とソフィア様が挨拶にきてくれた。
「ヘルムート!? ヘルムートか、おまえ!? 普段とまったく違うなあ! おまえ、綺麗な顔をしていたんだな、気づかなかった!」
ハハハと明るく笑うヨナス様に、ヘルムート様は緊張の面持ちで挨拶を返した。
「んん……、まあ、その、なんだ、おまえも……、結婚おめでとう」
「ヘルムート様、ご結婚はまだです、婚約です、婚約!」
慌ててわたしが後ろから耳打ちしたが、ヨナス様は気にしていないようで、ニコニコしている。
よかった。まあ、ヘルムート様のご友人でいらっしゃるくらいだから、細かいことを気にされるような方ではないだろうけど。
「リオン様、ライラ様、来てくださってありがとう!」
ソフィア様が満面の笑みでわたし達に声をかけてくれた。
「ソフィア様、ご婚約おめでとうございます」
リオンが膝を折ってお祝いを口にすると、ソフィア様は照れたように笑った。
「まあ、ありがとうございます。……ライラ様、ほんとにあなたの弟君は、まるで光の神のように麗しいのねえ。それにヘルムート様も、あんなにお綺麗な方だったかしら? 以前、一度お会いしたことがあったはずなんだけど」
ヨナス様と会話を交わすヘルムート様を見て、ソフィア様が首をひねっている。うん、まあ戸惑う気持ちはよくわかります。
ソフィア様はわたしと同い年で、現在は騎士団に所属する治療師として働いている。学院に在籍中は何かと話す機会があり、親しくさせていただいた。
その縁もあって、ヘルムート様の婚活初戦に、この夜会を利用させてもらおうと思ったのだ。
「別人ではありませんわ。……ちょっと事情があって、わたしが腕をふるいましたの」
「まあ、ライラ様が? 本当にあなたって多才な方ねえ。私にもぜひ、その魔法をかけていただきたいわ」
ふふっとソフィア様が笑う。
「あら、ソフィア様には魔法なんて必要ありませんわ。今夜のソフィア様は、誰よりも輝いていらっしゃいますもの」
わたしはお世辞ではなく、心からそう言った。艶やかなダークブロンドの髪にきらきら輝く青い瞳をしたソフィア様には、派手ではないが生き生きとした魅力がある。
だがソフィア様は微妙な表情になった。
「そう言っていただくのは嬉しいけど、あなたの弟君を見てしまうとねえ……」
リオンは神枠で考えてください。人間は別枠で!
「ソフィア、宮廷魔術師団長のヘルムート卿だ。よく戦場で一緒になるのだが、ヘルムート卿は魔力が多くてな、どれほど魔法を使っても魔力切れをおこさぬ。頼りになる奴だ」
ソフィア様と話していると、ヨナス様がニコニコしながら話しかけてきた。ヘルムート様がソフィア様に膝を折り、お辞儀をした。
「ソフィア・ヴァルダ嬢。ヘルムート・マクシリティと申します。この度のご婚約、お祝い申し上げます」
「まあ、ありがとうございます」
ヨナス様やソフィア様と歓談されるヘルムート様を見て、周囲の人達がひそひそと囁きかわすのが聞こえた。
わたしは今夜、魔術師の塔特製耳飾りをつけているので、魔獣並みの聴力となっている。耳をすますと、
――ヘルムート? あの魔術師の? いやまさか。
――違いますわ、あんな美しい方では。
――マクシリティ家のヘルムートだと? あれが?
表情を変えぬように気を付けながら、わたしは内心、ほくそ笑んでいた。
よし、ここまでは計画通り!
すると、
「あら、まさか、違いますわ。あれは宮廷魔術師団長ではないことよ」
後ろからバカにしたような声が聞こえた。
「だが今夜、あのベルチェリ家のリオンの同伴者として、ヘルムートがこの夜会に出席すると聞いたが」
「マクシリティ家の魔術師は、いつも野暮ったい服を着て、何かというと奇声をあげる変人じゃありませんか。髪もボサボサで死神みたいな格好をしていたはずですわ、別人よ」
何ともひどい言われようだが……、どうしよう、一つも間違ってない。
隣でヘルムート様が、うぐぅと小さく呻いた。わたしは肘で軽くヘルムート様の脇腹をつついて言った。
「ヘルムート様、しっかり! わたしとリオンがついていますから!」
「む、……だ、大丈夫だ」
ヘルムート様は、ふう、と息を吐くと、ゆっくりと振り返った。わたしもさりげなく向きを変え、失礼な発言の主を確認した。
艶やかな金髪に深い青い瞳をした、派手な顔立ちの美しい兄妹が立っていた。
「ハロルド卿、イザベラ嬢」
ヘルムート様が落ち着いた様子で膝を折り、優雅にお辞儀をした。
ヘルムート様の天敵、レーマン侯爵家のハロルド様とイザベラ様。
二人の姿を認め、わたしは背筋を伸ばした。
ここが一番の踏ん張りどころだ。頑張って、ヘルムート様!




