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13.ヘルムート様の嫌いなもの

「ヘルムート様、ご無事の帰還、お祝い申し上げます」

「何がめでたいものか!」

 ニブル領の魔獣討伐を終え、魔術師の塔に戻ったヘルムート様は、怒り心頭の様子だった。

 背後からゴゴゴと怒りの炎を噴き出す(幻覚だ、幻覚)ヘルムート様に、わたしは首を傾げた。


「どうされたんです? 討伐は成功したと伺いましたが」

「……まあな。討伐自体はなんとかなった。だが当初の予想よりも被害が大きい。魔術師二名が重傷を負い、戦線離脱を余儀なくされたのだ。……この私がいて! 二名も魔術師を戦線離脱させるなど、屈辱の極みだ!」

「ちょっとヘルムート様、頭を搔きむしらないでくださいよ。せっかく髪ツヤツヤになってきたんですから」


 わたしは、どうどう、とヘルムート様の肩を叩き、執務室の椅子に座らせた。

 気持ちが落ち着くよう、鎮静効果のあるハーブティをいれてヘルムート様に渡すと、一瞬怒りを忘れたのか笑顔になって「ありがとう」と受け取った。

ヘルムート様、このお茶大好きなんだよね。自腹で大量購入し、戦地にまで持っていってるくらいだし。


「魔術師に被害が出たことは、わたしも聞き及んでおります。……ニブル領の魔獣が危険なのは承知しておりますが、たしかに意外でした。魔獣の暴走でもあったのですか?」

 基本的に、魔術師は後衛だ。騎士が盾となって守るため、激戦地でもない限り、魔術師が戦線離脱するほどの重傷を負うことはあまりない。


 ヘルムート様はお茶を飲み、気持ちを落ち着かせるようにひとつ息をついた。

「魔獣の暴走のほうがまだマシだ。……今回の被害は、人災だ。はっきり言えば、無能な廷臣どもの利権争いのせいだ」

「ちょっとヘルムート様!」

 わたしは慌てて周囲を見回した。

 魔術師団長の執務室には、結界が張られている。そこを突破できるような人間はまずいないと思うが、それでも万が一ということがある。

 だがヘルムート様は、なおも激しく言いつのった。


「まったく宮廷の阿呆どもは、ろくなことをせん! 今回の討伐には何の口出しもなかったと安心していたら、後から侯爵家のボンクラ子息を前線に送り込んで来やがった! 魔法もろくに使えん、一度も戦場に立ったことのない侯爵子息に! 騎士団を掌握する全権を与えるだと! 常軌を逸している!」

「そ、それは……」

 わたしは言葉に詰まり、口ごもった。


 現在の宮廷には、様々な派閥が入り乱れている。それらすべてを従えるほどの強大な権力を持つ貴族はおらず、政治は半ば混乱状態だ。現王が幼く、後ろ盾も弱いことから、一部貴族のやりたい放題になってしまっている。

 こういう場合、騎士団や魔術師団が、これと見込んだ貴族もしくは王族のバックにつくものだけど、次期騎士団長のヨナス様も魔術師団長のヘルムート様も、政治には無関心だからなあ。まあ、政争に巻き込まれるよりは傍観者の立場でいたほうが安全だとは思うけど。


しかし、いくらヨナス様が温厚とはいえ、これが表沙汰になったらさすがにひと悶着あるんじゃないか。

今回の魔獣討伐には、ヨナス様及びその麾下にある第一騎士団は参加していない。が、これは明らかに王宮直属の全騎士団を束ねる次期騎士団長、ヨナス様の権利を侵害している。高位貴族といえど、糾弾されればただでは済まないだろう。

 ていうか、その前に魔術師団が騒ぎそうだ、とわたしは怒り収まらぬ様子のヘルムート様を見ながら思った。


「無能どもが、お気に入りに地位を与えたいというなら、勝手にすればいい。別に私は反対などせん。……が、その尻拭いを魔術師団に押し付けることは許さん! あいつら、今度という今度は……!」

「ヘルムート様、落ち着いて。……あの、ヘルムート様はどこぞの貴族か王族の後見として立つおつもりで?」

「……いや」

 ムスッとした表情でヘルムート様が言った。


「塔の魔術師は、政治に関わりを持たぬ。そもそも誰が王になろうが我々には関係がないからな。塔の魔術師は、その師団の長にのみ忠誠を誓い、長は国に忠誠を誓う。王ではなく、国にな。建国の時から変わらぬ、塔の魔術師と国との契約だ。だから今まで黙っていたのだ」


 ヘルムート様はふん、と鼻を鳴らした。

「塔の魔術師は、誰にも肩入れはせん。……もちろんそれは建前であって、歴代の魔術師団長の中には、政治にどっぷり関わった者もいる。が、私は政治は好かん。廷臣どもの思惑に振り回されるのはまっぴらだ。……だが今回、あやつらのくだらん権力争いのせいで、魔術師に被害が及んだのだ。長として見過ごすことはできん」

 ヘルムート様は吐き捨てるように言った。


「本来なら、魔術師は騎士に守られているはずだった。だが、魔術師の護衛担当だった騎士にまで、魔獣掃討の命が下された。あの侯爵家の阿呆は、魔術師の命を守るより、己の功績を優先したのだ! 魔術師が助かったのは、単に運が良かったからにすぎん!」

「そ、そうだったんですね……」


 わたしは怒れるヘルムート様に恐る恐る尋ねた。

「それで、今回騎士団の全権を任されたというご子息は……」

「レーマン侯爵家のハロルドだ」

 苦虫を噛み潰したような表情でヘルムート様が言う。


「あやつめ、学生の頃から何かとカンにさわる奴であったが、まさか魔術師団長になってまであの阿呆に煩わされることになるとは……」

 あー、ハロルド様って、そういえばヘルムート様と同い年だったっけ。ヘルムート様は飛び級したから二年目から同じ授業を受けることはなかったはずだけど、入学は一緒だ。

 たしかにヘルムート様とハロルド様って、何から何まで正反対で互いに反発しそうだな。


「今回は災難でしたね。ハロルド様のお父上のレーマン侯爵様が、家督を譲るにあたってハロルド様に箔をつけようと、騎士団の指揮権を与えたんじゃないでしょうか。……もしくは、ハロルド様は令嬢達に大人気ですから、娘をハロルド様に嫁がせたいともくろむ親の仕業かもしれませんね」

 わたしの推測に、は? とヘルムート様が目を丸くした。


「人気だと? あの阿呆のどこが? 何が人気だと言うんだ!?」

「どこって……、まあ、顔ですかね。ほら、ハロルド様って美形じゃないですか」

 金髪碧眼の美貌を誇るハロルド様は、王都の絵姿売り上げで常に上位にいる。美形はよほどのことがない限り、民から愛されるのだ。


「結局、顔か! 顔なのか!」

 美形なんて大っ嫌い! 滅びてしまえ! と絶叫するヘルムート様を、わたしは黙って見つめた。


 ヘルムート様だって美形なのに、コンプレックスが強すぎて己を客観視できていないんだな……。可哀そうに。


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