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12.お見合いという名の商談

「まあ、そうですの。フランケル男爵家さまでは、香水なども取り扱っていらっしゃるのですね」

 わたしは目の前に座るフランケル男爵家次男、アーサー様に、にっこりと微笑みかけた。

 フランケル家の領地は、東方との交易が盛んな港に隣接している。そのおかげで独自の流通ルートを確保しているらしく、様々な掘り出し物があるようだ。

 アーサー様は次男ということもあり、騎士団に所属してはいるものの、あまり剣などに才はなく、内勤に配属されたそうだ。まあ、そういうことなら、ベルチェリ家入りを希望する気持ちもわかる。


 わたしが興味を示したことに、緊張ぎみだったアーサー様の表情が明るくなった。

「ええ、そうです。……よければご覧いただけますか? こちらの品なのですが」

 アーサー様が遠慮がちにテーブルの上に小さな香水の瓶を乗せた。瓶は、赤や金を多用したモザイク柄の装飾が施され、異国情緒あふれる見た目をしている。

「まあ、素敵。……香りを確認させていただいても?」

「もちろんです、どうぞ」


 そっと香水瓶の蓋を開け、香りを確かめる。

 樹木系だが、柔らかな花のような香りもする。甘さは少なく、温かみのある落ち着いた香りだ。

「これは、ちょうどこれからの季節、秋から冬に向けて人気が出そうな商品ですね。アーサー様がお取り扱いを始められたんですの?」

「ええ、まあ……。ベルチェリ商会から見れば、商売とも呼べないような小さな商いですが」

「商売に小さいも大きいもありませんわ。特にそちらでお取り扱いされている品は、通常の流通ルートには乗らぬものなのでしょう? そうしたお品は、付加価値がついてさらに貴重なものとなりますもの」

 ふふ、と笑うと、アーサー様も嬉しそうに顔をほころばせた。


 ふむ、とわたしは気づかれぬよう、アーサー様の全身にさっと視線を走らせた。

 柔らかそうな茶色の髪、人の良さそうな茶色のたれ目。そばかすの浮いた頬。

カフスピンやブローチなど、身に着けている装飾品は、さほど高価ではないが趣味がいい。深い緑色のジャケットによく映え、品良く見える。腹芸はできなさそうだが、そこが逆に信頼できるとお客様に人気もでそうだ。何より、独自流通ルートを持ち、ニッチな需要を掘り起こせそうな商品も、少しではあるが開拓しているようだ。よし採用! ……ではなく、見合いだ、見合い。


だが、やはり商売の話は見逃せない。


「アーサー様、こうしてお会いして、実に有益なお話をうかがうことができました。……この縁談の結果がどうあれ、先ほどお伺いした香水や他の商品につきまして、ベルチェリ商会のほうで是非、お取り扱いさせていただければと思うのですが」

「おお、それはありがたい!」

 アーサー様は顔を輝かせた。


「お話させていただいた品々は、どうも……、フランケル家ではあまり良い顔をされぬのです。利幅が薄く需要も少ないので、商売にならぬと」

「まあ、そうなのですか?」

 わたしは驚いたふりをしながら、さもあろうと内心で納得していた。


 フランケル家で囲い込んでいる顧客と、アーサー様が取り扱いを希望する品々の想定顧客層は、微妙にズレている。品質も優れているし、値段も妥当ではあるが、フランケル家当主はあまりいい顔をしないだろう。

 だがベルチェリ商会ならば違う! うちは老若男女、平民から王族まで幅広い層にご贔屓いただいておりますので!


 わたしは、テーブルの上に置かれた小さな香水瓶を手に取り、それをじっくり見た。

「この容器は、細部にいたるまで非常に丁寧に作られておりますわね。香りの雰囲気ともよく合っておりますし。……こうした品々を好む方々を、わたくし、よく存じておりますわ」

「本当ですか!」

 アーサー様が椅子から体を浮かせる勢いで食いついた。

「ああ、良かった、ベルチェリ商会ならばもしや、と思っていたのですが」

「ほほほ、今日はお互いに良き日となりましたわね、アーサー様。……あら、時間が経つことのなんと早いこと、執事が参りましたわ」


 わたしは椅子から立ち上がると、アーサー様に片手を差し出した。

「アーサー様、これ以降のお取引につきましては、まず、わたくしからアーサー様へ直接書類をお届けいたします。書類はご実家と騎士団、どちらへお届けしたほうがよろしいかしら?」

「では、騎士団宛てで。僕はあまり実家にいることはありませんので」

実家はどうも居場所がなくて、と苦笑するアーサー様に、わたしはにっこり笑いかけた。

「かしこまりました。では、騎士団宛てにお送りいたしますわ。わたくし宛ての書類は、ベルチェリ家ではなく魔術師の塔へお届けいただけます?」

「ああ、そうでした、ライラ様は魔術師の塔に所属されていましたね。……このように商才をお持ちのうえ、魔法にも長けておられるとは、いや、これは始めから僕などがお相手とは、おこがましい話でした」

「まあ、アーサー様、お上手ですこと」

 アーサー様はわたしの手を取ると、うやうやしく指に口づけた。


「ありがとうございます、ライラ・ベルチェリ様。……誠に、今日は僕にとって素晴らしい一日となりました」

 アーサー様の輝く笑顔に、わたし自身も、よくやった! と晴れやかな心持ちとなったのだが。


「……ライラ。あなた、お見合いの意味をわかっているのかしら?」

 母の地を這うような低い声音に、わたしはさすがに後ろめたくなった。


「あら。……ええ、それはもちろん……、あの、ただ、話の流れでちょちょっとこの商品についてもご説明いただいただけで。……母上、ちょっと見てくださらない? この香水なのですけど」

「……これは?」

「本日のお見合い相手、アーサー様が独自ルートで入手された品ですわ。東方のアンラスキア地方で栽培されている薬草から蒸留されたものですって」

 母は瓶に顔を寄せ、その香水の色、香り、容器に至るまで素早くチェックした。


「……少しクセのある香りだけど、これは一部に人気が出そうね。容器もエキゾチックで素敵だわ」

「昨今の流行にも乗っておりますしね。アンラスキア地方は、まさに王都民が憧れる東方の文化の粋と呼べる場所ですし」

 ここ最近、王都では騎馬の民と貴族令嬢の恋物語が大流行し、その流れで騎馬の民の住まう東方にも注目が集まっているのだ。東方の人々は、なぜか年齢より若く見えるため、美容関連の品々も便乗してよく売れている。


「母上、実はこの香水、お肌を美しくする効能もありまして……」

「え、本当!?」

「現地の方も、半ば薬用として使用されているそうです。この香りは代謝を良くし、お肌を引き締める効果があると……」

「買うわ!」

「お買い上げありがとうございます。……ではなく、まずは販売方針から決めてゆきましょう。遠方からの仕入れのため、少し割高になりますから、やはり貴族などの富裕層が主な顧客層となります。しかし、これは今までより少し若い世代を想定したほうがよろしいでしょう」


 わたしの提案に、母は首を傾げた。

「あら、何故? 美容効果があるというなら、年配のご婦人方にも人気がでるでしょうに」

「香水はまた別ですわ。お年を召した方は、既にご自分の香りをお持ちです。時たま、気分転換に違う香水を使用されることもあるかもしれませんが、長年愛用されているものを変えるようなことはなさいません。……が、若い世代は違います。あれこれと新しいものを試し、自分の香りを確立してゆくようなお若い方、それを想定顧客とし、売り出すのがよろしいかと思うのですが」

「なるほど、そうねえ……」


 母は少し考え込んだ。

「こちらはどれほどの流通を見込んでいるの?」

「アーサー様のお話ですと、冬季の内職として手作業で作っているものですから、大量生産は見込めないとのことです。そもそも、母上がおっしゃったように香りにクセがございますから、万人向けに販売するのは難しいでしょう。……王都周辺に限定して、年間一万本、といったところでしょうか」

「……なかなか強気ね」

「固定客をつかめば、そう難しい数字でもありませんわ。後は広告ですね。意外性があって、男女両方に訴求力のある……」


 頭の中で色々な計算を始めたわたしに、母がため息交じりに言った。

「……それで、お見合いのほうはどうなったの?」

 聞かないでください、母上。

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