10.ヘルムート様の美意識
「……ヘルムート様、たとえ新品同様だとしても、他人のお下がりは……いえ、婚活用のお衣装以外ならかまいません。物を捨てず再利用するというのは、それはそれで大変立派なことと思いますから。……が、婚活用のお衣裳は、絶対に新調せねばなりません」
「なんでだ」
ヘルムート様、まったくわかってない。わたしはふう、と息をついた。
「ヘルムート様。……ヘルムート様は、大変ご立派なお方ですわ。侯爵家からほとんど支援を受けられぬ中、自力で今のお立場、宮廷魔術師団長という、魔術師として最高峰の地位にまで上り詰められたのですから」
「えっ」
ヘルムート様の声が裏返り、ひょこっと衝立から顔が覗いた。
「え、ええ……、どうしたライラ、いきなりそんな」
「本当のことですわ。わたしは、心からヘルムート様を尊敬しております」
「え……」
衝立からのぞくヘルムート様の顔が、真っ赤に染まる。
わたしはそれへ、容赦なく告げた。
「ですが、ヘルムート様の婚活市場における価値は、ゴミのようなものです」
衝立の向こうで、何かが床に落ちるような音がした。気にせず続ける。
「以前も申し上げました通り、それは、ヘルムート様がご自分についてご存じないせいですわ。ヘルムート様の良いところ、悪いところ、それを的確に知らずして、どうして婚活という厳しい戦いに臨めるでしょう」
「…………つまり、ゴミのような私を隠し、財力で相手の目をくらませる為に、大金かけて服を新調するというわけか」
ヘルムート様のいじけたような声に、わたしは、いいえ、と首を横に振った。
「ヘルムート様、魔術師団の正装は、それは歴史ある素晴らしいお衣装かもしれません。ですが、あの服はヘルムート様の良いところをすべて消し去ってしまいます。他のお下がりも同じですわ。魔術師の方がお召しになる服は、締め付けがなく、動きやすく、基本的に黒一色です。それは仕事用の服としては最適かもしれませんが、婚活用、特にヘルムート様のようなタイプには最悪なのです。ヘルムート様は、背が高く、細身でいらっしゃいます。そういう方は、魔術師の正装のような体の線を隠す服ではなく、もっと体に沿うような、スタイルの良さを活かした服装をすべきです」
「え」
ヘルムート様が戸惑ったように言った。
「え、……え、ス、スタイルがいいって……、それ、私のことか?」
「ヘルムート様は、ご自分のことをお分かりではないんですわ」
わたしはくり返した。本当にそうだ。ヘルムート様は、自分の武器をまったくわかっていない。
「新調した衣装をお召しになれば、ヘルムート様もわたしの言葉の意味がお分かりになるでしょう。その時ヘルムート様は、新しいご自身を発見されるはずです。美しく謎めいた、誰もが憧れるような貴公子に変身されたご自身を」
「……いや、さすがにそれは」
「無理ではございません」
わたしはさらに言葉を重ねた。
「魔術師団の正装は、全身を覆い隠す真っ黒なローブでございましょう? たしかに魔術師としての風格と申しますか、迫力と申しますか、まあ、そういった類のものは存分に感じさせるお衣装かと存じます。……が、婚活用の衣装として優れているとは、とても申せません」
「……あれは汚れが目立たないし、動きやすいんだ……」
ぼそっとヘルムート様が反論する。
「ええ、ええ、あれはあれで素晴らしいお衣装ですとも。ただ、婚活には向かないというだけです」
なだめるようにわたしが言うと、わかった、と小さくヘルムート様がつぶやいた。
「美しい貴公子うんぬんはともかく、少しでも私の見た目をマシにするために、必要なことなのだろう。……わかった。もう文句は言わん」
「ありがとうございますヘルムート卿!」
わたしではなくデザイナーが感謝の言葉を述べた。どうやらヘルムート様、体を隠すのをやめたらしい。
「ご理解いただきまして幸いにございます。……ところでヘルムート様、せっかく裸なんですから、お肌の状態もチェックさせていただいてよろしいでしょうか?」
「かまわない……が、魔獣討伐を控えている。皮膚を切り取るとかそういうのは、少し困るんだが」
「そんなことしませんよ!」
わたしはギョッとして叫んだ。
ヘルムート様、美容に関してまったく知識がないせいか、発想が斜め上すぎる。美容を人体実験と勘違いしてるんじゃないか。
「お肌の水分量を計測し、ヘルムート様にもっとも適した化粧水、クリーム等を精製いたします。明日からの分は、とりあえず間に合わせのものを使用していただきますが……」
わたしは言いながら、部屋の隅に控えていた職人の一人に頷きかけた。
「何種類か試していただいて、一番お気に召したものをしばらくはお使いください。魔獣討伐から戻られる頃には、専用のものが出来上がっているはずですので」
美容液やらクリームやらを大量に持った職人が衝立の向こうに回ると、ヘルムート様が戸惑ったように言った。
「気に入ったものと言われても……。私にそうした品の良し悪しはわからん。どれでもいい」
「良し悪しではなく、お気に召したもので結構ですわ。なんでもいいんです、香りが気に入ったとか、肌触りがいいとか。こうしたものは、本人の好き嫌いも重要な要素になりますから」
いくら美容効果が高くとも、使用者本人が気に入らなければ、その効果は半減する。これは不思議な話で、さほど効能が高くないものでも、使用者がその香りやら肌なじみの良さなどを大変気に入り、毎日満足して使用を続けた場合、その化粧品は想定以上の効果を発揮するのだ。美容とは、心に直結する問題なのかもしれない。
そしてヘルムート様は、爽やかな柑橘系の香りの化粧水とクリームを選択した。
意外。もっとこう、樹木系のスパイシーなやつか、麝香の蠱惑的な香りを選ぶかと思っていたんだけど。まあ、本人が気に入ったものが一番だから、何でもいいんだけどね。
それより問題はこっちだ。
「うわ、なんですかこの水分量! ミイラですか!? ヘルムート様、ほんとに生きてます!?」
「失礼なやつだな!」
いや、ほんとにこんな数値は初めて見た。……ヘルムート様の体質改善、気合入れてかからないと、マズイかもしれない。




