表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/38

10.ヘルムート様の美意識

「……ヘルムート様、たとえ新品同様だとしても、他人のお下がりは……いえ、婚活用のお衣装以外ならかまいません。物を捨てず再利用するというのは、それはそれで大変立派なことと思いますから。……が、婚活用のお衣裳は、絶対に新調せねばなりません」

「なんでだ」

 ヘルムート様、まったくわかってない。わたしはふう、と息をついた。


「ヘルムート様。……ヘルムート様は、大変ご立派なお方ですわ。侯爵家からほとんど支援を受けられぬ中、自力で今のお立場、宮廷魔術師団長という、魔術師として最高峰の地位にまで上り詰められたのですから」

「えっ」

 ヘルムート様の声が裏返り、ひょこっと衝立から顔が覗いた。

「え、ええ……、どうしたライラ、いきなりそんな」

「本当のことですわ。わたしは、心からヘルムート様を尊敬しております」

「え……」

 衝立からのぞくヘルムート様の顔が、真っ赤に染まる。

 わたしはそれへ、容赦なく告げた。


「ですが、ヘルムート様の婚活市場における価値は、ゴミのようなものです」

 衝立の向こうで、何かが床に落ちるような音がした。気にせず続ける。

「以前も申し上げました通り、それは、ヘルムート様がご自分についてご存じないせいですわ。ヘルムート様の良いところ、悪いところ、それを的確に知らずして、どうして婚活という厳しい戦いに臨めるでしょう」

「…………つまり、ゴミのような私を隠し、財力で相手の目をくらませる為に、大金かけて服を新調するというわけか」


 ヘルムート様のいじけたような声に、わたしは、いいえ、と首を横に振った。

「ヘルムート様、魔術師団の正装は、それは歴史ある素晴らしいお衣装かもしれません。ですが、あの服はヘルムート様の良いところをすべて消し去ってしまいます。他のお下がりも同じですわ。魔術師の方がお召しになる服は、締め付けがなく、動きやすく、基本的に黒一色です。それは仕事用の服としては最適かもしれませんが、婚活用、特にヘルムート様のようなタイプには最悪なのです。ヘルムート様は、背が高く、細身でいらっしゃいます。そういう方は、魔術師の正装のような体の線を隠す服ではなく、もっと体に沿うような、スタイルの良さを活かした服装をすべきです」

「え」

 ヘルムート様が戸惑ったように言った。


「え、……え、ス、スタイルがいいって……、それ、私のことか?」

「ヘルムート様は、ご自分のことをお分かりではないんですわ」

 わたしはくり返した。本当にそうだ。ヘルムート様は、自分の武器をまったくわかっていない。

「新調した衣装をお召しになれば、ヘルムート様もわたしの言葉の意味がお分かりになるでしょう。その時ヘルムート様は、新しいご自身を発見されるはずです。美しく謎めいた、誰もが憧れるような貴公子に変身されたご自身を」

「……いや、さすがにそれは」

「無理ではございません」

わたしはさらに言葉を重ねた。


「魔術師団の正装は、全身を覆い隠す真っ黒なローブでございましょう? たしかに魔術師としての風格と申しますか、迫力と申しますか、まあ、そういった類のものは存分に感じさせるお衣装かと存じます。……が、婚活用の衣装として優れているとは、とても申せません」

「……あれは汚れが目立たないし、動きやすいんだ……」

 ぼそっとヘルムート様が反論する。

「ええ、ええ、あれはあれで素晴らしいお衣装ですとも。ただ、婚活には向かないというだけです」

 なだめるようにわたしが言うと、わかった、と小さくヘルムート様がつぶやいた。


「美しい貴公子うんぬんはともかく、少しでも私の見た目をマシにするために、必要なことなのだろう。……わかった。もう文句は言わん」

「ありがとうございますヘルムート卿!」

 わたしではなくデザイナーが感謝の言葉を述べた。どうやらヘルムート様、体を隠すのをやめたらしい。


「ご理解いただきまして幸いにございます。……ところでヘルムート様、せっかく裸なんですから、お肌の状態もチェックさせていただいてよろしいでしょうか?」

「かまわない……が、魔獣討伐を控えている。皮膚を切り取るとかそういうのは、少し困るんだが」

「そんなことしませんよ!」

 わたしはギョッとして叫んだ。

 ヘルムート様、美容に関してまったく知識がないせいか、発想が斜め上すぎる。美容を人体実験と勘違いしてるんじゃないか。


「お肌の水分量を計測し、ヘルムート様にもっとも適した化粧水、クリーム等を精製いたします。明日からの分は、とりあえず間に合わせのものを使用していただきますが……」

 わたしは言いながら、部屋の隅に控えていた職人の一人に頷きかけた。

「何種類か試していただいて、一番お気に召したものをしばらくはお使いください。魔獣討伐から戻られる頃には、専用のものが出来上がっているはずですので」


 美容液やらクリームやらを大量に持った職人が衝立の向こうに回ると、ヘルムート様が戸惑ったように言った。

「気に入ったものと言われても……。私にそうした品の良し悪しはわからん。どれでもいい」

「良し悪しではなく、お気に召したもので結構ですわ。なんでもいいんです、香りが気に入ったとか、肌触りがいいとか。こうしたものは、本人の好き嫌いも重要な要素になりますから」

 いくら美容効果が高くとも、使用者本人が気に入らなければ、その効果は半減する。これは不思議な話で、さほど効能が高くないものでも、使用者がその香りやら肌なじみの良さなどを大変気に入り、毎日満足して使用を続けた場合、その化粧品は想定以上の効果を発揮するのだ。美容とは、心に直結する問題なのかもしれない。


 そしてヘルムート様は、爽やかな柑橘系の香りの化粧水とクリームを選択した。

 意外。もっとこう、樹木系のスパイシーなやつか、麝香の蠱惑的な香りを選ぶかと思っていたんだけど。まあ、本人が気に入ったものが一番だから、何でもいいんだけどね。

 それより問題はこっちだ。

「うわ、なんですかこの水分量! ミイラですか!? ヘルムート様、ほんとに生きてます!?」

「失礼なやつだな!」

 いや、ほんとにこんな数値は初めて見た。……ヘルムート様の体質改善、気合入れてかからないと、マズイかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ