1.根暗な宮廷魔術師団長
「みんな、みんな滅びてしまえばよいのだ……」
ウウウ、と呻きながら、宮廷魔術師団長であるヘルムート様が先ほど届いたばかりの手紙をぐしゃりと握りつぶした。
ぼさぼさの長い黒髪の間から、寝不足で血走った琥珀色の瞳がのぞく。血色の悪い顔色と相まって、まるで幽鬼のようだ。こんなんだから、ヘルムート様宛の書類を誰も届けたがらないんだろうな、とわたしは思った。
本来なら、一介の事務官であるわたしが、いかに秘密保持魔法がかけられているとはいえ、軍事機密書類をホイホイ預かれるはずはないのだ。
だが、ヘルムート様宛の書類は、何故かいつもわたしに回ってくる。
文句を言うと、「だってヘルムート様だよ~、やだよ~頼むよライラ~」と拝まれるのだ。
魔術師は自他ともに認める変人ぞろいだが、その中でもヘルムート様の奇行は飛びぬけている。
史上最年少で宮廷魔術師団長に任命されたヘルムート様は、まごうことなき天才なのだが、才能と引き換えに常識を失ってしまった類の人間だ。非常識さでは他の追随を許さない塔の魔術師達でさえ、関わりを避けている節がある。
「呪ってやる。祟ってやる。この裏切り者、卑怯者めぇええええッ!」
怨念のこもった呻きとともに、ヘルムート様が握りつぶした手紙に、ボッと火が付いた。
さすがヘルムート様。詠唱なしで発火とか、魔力が有り余ってるんだろうなあ。
わたしも一応、魔術師団に所属してはいるものの、ヘルムート様の魔力とは比べるべくもない。まあ、そもそもわたしは事務官だけど。
「あの、ヘルムート様。ニブル領の魔獣討伐行程表と兵站計画書も机に置いておきますので、燃やさないでくださいね」
わたしは心配して言った。ヘルムート様は机に突っ伏したまま、握りつぶした手紙を完全に灰にしてしまっている。まだまだ燃やし足りない! とか叫びだして部屋の中のものを見境なく燃やされては困るのだ。
「そのお手紙、ランベール伯爵家のヨナス様からですよね?」
わたしの言葉に、ヘルムート様の肩がぴくりと動いた。
「……なぜ知っている」
「いやだって、宮廷中で噂になってますよ。おめでたい話じゃないですか。ヨナス様が長年の片恋を実らせてついにめでたく挙式「ぅあああああああ!」
わたしの言葉をさえぎってヘルムート様が奇声をあげた。
「その呪われた単語を口にするなッ!」
呪われ……、いや、挙式って単語のどこが。
「まさか、まさかヨナスに先を越されるとは……」
うおおおお、と髪をかきむしり、苦悩するヘルムート様にわたしは呆れて言った。
「なんでそんな風に思われたんです? ヨナス様、子どもからお年寄りにまで大人気ですよ。先の魔獣討伐でも活躍されてましたし」
ヨナス様は国境紛争で名をあげた騎士だ。武の名門ランベール伯爵家の出身であり、その勇猛さや誠実な人柄は王都中に知れ渡っている。
しかし、
「あいつが人気なのは老人と子どもにだけだっ!」
がばっと顔を上げ、ヘルムート様が吠えるように言った。
「給与や褒賞のほとんどを神殿や孤児院に寄付する聖人だからなヤツは! そりゃあ人気も出るだろうよ老人と子ども限定で! だが適齢期の女性には人気がない! 何故ならば女性は、給与のほとんどを寄付してしまうような聖人を、尊敬はしても伴侶には選ばんからだ!」
……たしかに。ひどい言われようだけど当たってる。
宮廷でも、ヨナス様の善行はたびたび話題になるし、素晴らしいお方よね、という評価は揺らぐことがないのだけど、じゃあヨナス様と結婚したいかと問われたら、それはまた別の話になる。
「その点、私はヨナスのような善行など一切しない!」
ヘルムート様が胸を張って言った。
いやそれ、胸張って言うことでは……。
「私は貰った金はぜんぶ貯め込んでいるぞ! 王都の一等地に城だって建てられる! なのに何故だ!」
なぜ私は結婚できない!? と血走った目で問われ、わたしはつい、本当のことを言ってしまった。
「やっぱり性格……」
ぅあああああああ! とヘルムート様の絶叫が魔術師の塔に響き渡った。
あーもう、困った。
行程表と計画書の承認をもらわなきゃならないのに、この分だと午前中は無理っぽいなあ……。
わたしは荒ぶるヘルムート様を見ながら、そっとため息をついたのだった。




