2:依頼者
第二話、依頼人が登場します。
「早速ですが、ご依頼のほうを……」
美由香が彼女をソファーまで案内すると開口一番、麗香が聞いた。
「ハイ……私、『㈱mihama』で社長秘書をしております、冴原瑞穂と申します。
実は昨日――というか正確に言えば今日、会社の社長・浜坂雅夫がなくなりまして……」
「お亡くなりに?」
「ええ……実は岡山のホテルで首をつっておりまして……。
周囲には社員が起こした不祥事に関連する始末書がありました。
それをみていて責任をとれなくなったとみたらしく、岡山県警は自殺として処理したようなんですが……」
ここで依頼人であるところの瑞穂は麗香を見る。
「その死に不信がおありなわけですね。
どのような不信なんですか?」
「実は……岡山にいるなんて、私知らなかったんです。
レジャーの場には仕事を持ち込まない社長が、岡山にいることを秘書である私に一言も言わなかったんです」
「それは確かにおかしいですね……いつもは仕事で出かけることは、必ずあなたにおっしゃるわけですね?」
瑞穂がうなずく。
「なるほど……」
麗香が無言になる。
「お受けいただけますか?」
瑞穂が口を開く。
「ええ……もちろんですわ。
ほかに抱えている事件もありませんし。
美由香。」
「ハイ、えっと、依頼料は……」
美由香が瑞穂に事務的な話をしはじめた。
「それで、ですが」
依頼料の話が済むと、麗香は再び瑞穂に尋ねる。
「たとえば殺人だとして、心当たりはおありですか?」
「ええ……会社の人を悪くは言いたくありませんが……一人います、社長を確実に恨んでいる人物が」
「どんな方ですか?」
「ウチの会社の専務の宗像隆一です」
そういって瑞穂は、写真を差し出す。
「この方ですか。
そしてうらんでいる理由とは?」
「実はこの方、社長とはライバルでして……社長の奥さんや会社の地位などで争われてて……。
今の社長が就任するときにもずいぶん争ったそうで……」
「すると……恨みというよりは、社長さんがなくなって一番得をする、ということですか?」
「そういうことになりますか……」
「なるほど……」
麗香が考え込む。
「しかし、ですね……」
「ハイ?」
すると、瑞穂は話を続けた。
「この方には、アリバイがあるんです」
「アリバイ?」
「ええ……社長が殺された今日、島根にいるんです」
「島根?」
「ええ……出雲で、工場を建てるのにいい物件が見つかったそうで、その視察に」
「島根と、岡山……」
「ハイ。しかも、同僚の女性を補佐として連れて行っているので、完璧なアリバイができてしまっているんです……」
「その方、列車で出雲へ?」
「ええ……昨日の寝台特急『出雲』で……」
「『出雲』?」
美由香が声をあげた。
「ええ……」
「美由香……」
と同時に、麗香は目で「後で説明するわ」と美由香を制し、瑞穂に先を続けるよう促した。
「しかも、同僚の女性は昨日の夜と今朝の両方、車内で彼を見たと言っておりました」
「なるほど……鉄壁のアリバイ、というところかしら……」
「そうなんです……」
「大体わかりましたわ……。
何かお気づきになったら、ご連絡ください」
「あ、ハイ……では、お願いします」
そういって瑞穂は、会社へと戻っていった。
「で、所長……」
瑞穂が帰ると、美由香が口を開いた。
「寝台特急『出雲』と『サンライズ出雲』はまったく違う列車。
『出雲』は東京を『サンライズ出雲』の一時間近く前に発車する列車よ。
でも、出雲市到着は『サンライズ出雲』の方が逆に一時間近く早いわ」
「え?」
美由香が納得いかないという声をあげる。
「『出雲』は昔から走っているから、京都から山陰本線に入って米子から出雲市へ向かうの。
でも今は、岡山県にある倉敷から伯備線を通って米子に出て、そして出雲市に向かうほうが早いのよ」
「ということは、その宗像という人は『サンライズ出雲』で岡山に向かったのでは……」
すると麗香は時刻表を取り出す。
「確かに『サンライズ出雲』で岡山に行けば、岡山到着は6時27分。
そこで社長を殺し、7時24分の『やくも1号』で米子……では間に合わないけれど、次の安来なら、寝台特急『出雲』に間に合うわ」
「だったら……って、そういえば」
美由香が落胆の声をあげた。
「気づいたかしら?」
「……ハイ」
「そうよ。
昨夜東京発の『サンライズ出雲』は沼津止まり。
もっとも、本当に『出雲』にその人が乗っていたかどうかを調べる必要があるけれど……」
そういって麗香は、事務所の電話を取り、ある人の携帯電話に電話をした。
「で、呼び出されたわけね……」
そういって、knockもせずに事務所に入ってきたのは、今日非番であるはずの鶴川警部。
「そうですわ。
ですから警部、いっしょに来ていただけません?
民間の人から情報を引き出すには、警部が必要なんです」
「麗香に言われちゃ、断れないわね」
そういいながら、楽しそうな鶴川警部であった。