46 会議 2
「なら、俺が行きましょうか?」
遮るように発せられた声の方へ全員の顔が一斉に向く。
部屋の入り口には二人の男が立っていた。
一人はヘラヘラと笑みを浮かべた金髪の長身の人間。
平均的な冒険者と同じような恰好をしている。しかし装備は桁違いに高性能だ。
もう一人は特に目立った特徴がない平均的な体格の人間。
全身を覆う白色のローブの中には黒い鎧を着けている。
二人は勇者だ。
冒険者風の金髪の男の年齢は30代前半。
白いローブの男は40代後半。
40代後半にしては若い見た目をしており、隣の金髪の男と年齢差を感じさせない。
二人は空いている席に移動すると白いローブの男が椅子に座った。
金髪の男は隣で一歩下がる様に立った。
白いローブの男は冒険者風の金髪の男に告げる。
「エバーエスト、ランク闇程度の相手ならお前が出るまでもない。許可は出さん」
(もったいぶらないでもっと早く言ってくれよ、間が開いたら何の話だったか忘れてしまうだろ)
冒険者風の男――エバーエストと呼ばれた男は苦笑した。
エバーエストは光の勇者であり、ランク光の中でもトップの実力を持つ。
闇の勇者を倒せる程度の相手に投入するには過剰な対応だと白いローブの男は判断した。
「アルスの命令なら仕方ないな。俺がランク闇の活躍を奪うわけにもいかないからな」
白いローブの男――アルスと呼ばれた男の方が年上で役職も上であるにも拘わらず、エバーエストの言葉遣いは敬意を感じさせない。
なぜなら勇者同士では年齢やランクが上だろうと敬語は使わないのが普通だからだ。言葉はただの意思伝達の手段、命令拒否さえしなければランクが上の者に乱暴な言葉遣いも許される。
アルスは淡々とした態度で会議に口を出し始める。
彼が一言挟むと場の空気は少し重くなった。
「討伐のためにランク闇を出すなら5人までにしろ。5人で駄目なら10人いても変わらん、人数については意見というよりは命令に近いが強制はしない」
「か、かしこまりました。では5人で良いと思う者は――」
6人は他に案を出すのも面倒なため、言われたままの内容で採決を始めた。
「もしそれで駄目なら、その時は光の勇者の出番だな。まぁ、ないだろうが……」
アルスが楽観的に呟くとエバーエストは自分のことだと思った。
「その時が俺の出番……ってか?」
「流石にお前の出番は無い、断言する。出番はランク光の他の奴に任せておけ、それもないだろうがな。だからお前は気に掛ける必要は全くない」
またも出番は無いと断言した。
「万が一ってのはあるだろう?」
「桁が一つ足りないな、お前の場合は十万が一くらいが相応しい」
「ははは、さすがにそれは大げさじゃないか? ならアルス、お前はどれくらいになるんだ?」
「大して変わらん。光の勇者とアルスの勇者の違いはほぼない。アルスの勇者になってみれば分かるさ」
アルス、それは名前ではなく勇者ランクの称号だ。
光の勇者より上位のアルスの勇者はたったの1人しかいない。
誰が勇者の頂点か分かりやすいようにと本名ではなくアルスと呼ばれている。ランク闇とランク光では実力に極端な差が出るが、ランク光とアルスにはほぼない。
話の途切れた二人は会議に目を向ける。
アルスが会議に口出しをすることは稀で、状況を把握するために内容を頭に入れる事しかしない。
基本的には参加する必要性も無く、報告書を読むだけでも充分である。
普段はそれで済ませることが多いのだが、今日は闇の勇者を失い危機感を覚えたため珍しく会議に参加している。
少ししてからエバーエストはわざとらしく大きな声を出した。
「ところで、俺を会議室に連れて来て何を企んでるんだ?」
指導部の6人の視線がアルスに集まる。
光の勇者がこの場に来ることはまずない。
何か大きな事が起こるのではと6人は興味と恐怖を抱いた。
アルスはその反応をちらりと一瞥し、少し間を開けてから不機嫌そうに口を開く。
「……今のうちにアルスの勇者の仕事に慣れておけ」
アルスの勇者になれるのは一人だけ。つまりは次のアルスはエバーエストが継承することになる。
その一言を聞いた上層部の6人は「それだけか」と安堵し会議を再開した。
会議の場が再び活気付き、注目が減った頃合いを見てエバーエストは鼻で笑った。
「何がおかしい?」
アルスは呟くように反応するとエバーエストは臆することなく答える。
「いや、反応が薄いからどっちの方が良かったかなって思ってさ」
「どっちでもいいだろ。俺がわざわざ遊びみたいなことに付き合ってあげたんだ、少しは喜べ」
アルスが不機嫌になった理由は6人の反応が悪かったからだけではない。
エバーエストがさっさと自分がアルスになるということを周知させようと提案したせいで芝居っぽいことをすることになったからだ。
アルスから「エバーエストが未来のアルスだ」とだけ伝えるのはつまらないと思ったエバーエストは会話でさりげなく周知させるという方法を思いついた。
アルスは後継者がまだ正式に決まってない現状で伝達するつもりはなかったが、特別こだわりは無かったのでエバーエストの機嫌を取っておくかと、軽い気持ちで周知させることを引き受けた。
ちなみにアルスのセリフもエバーエストが考えた。
「残念ではあったけど、お前の不機嫌な姿が見られて面白かったよ」
エバーエストはからかうように呟いた。
「そんな喜び方は2度とするな」
アルスは機嫌を損ないやすいが、その割に怒りの沸点に到達することは非常に稀である。
どうでもいいことには無駄にエネルギーを使いたくないという省エネな考えがあるからだ。
彼はそんなくだらないことでは怒らない。
だから隣の少し後ろに立つエバーエストに軽く注意だけをした。
その後は会議の声を淡々と耳に通すが、これといって気に掛けるような大事が無いと分かると途中で退席した。




