45 黒づくめの子 2
少女はキディアの隣が空いてるのを見ると黒い猫耳を震わせ、キディアに声を掛ける。
「他が空いてないのでここに座りたいんだけど、いいですか?」
「あ、は、はい。いいですよ」
「ありがとう」
空いてるのが分かるとスカートの後ろから延びる黒い尻尾が嬉しさを表すように揺れ動いた。
彼女が座ろうとした瞬間、対面で座っている私と目が合う。
私は笑顔を作り、軽く手を振る。
少女は一瞬固まるけどすぐに軽く手を振り返し、腰を下ろした。
(お店で見たあの子だ! ヤバい、可愛すぎる。私も可愛くなりたい。あ、ねぇねぇデシリア。この子ってチームを組まずに一人でやってるのかな?)
(あーはいはい、ちょっと落ち着いて落ち着いて!)
年が近そうな冒険者だからか、ステラ好みの顔だからなのか、頭に響く声で気持ちが昂ってるのが分かる。
チームかどうかについてはこの鳥車に乗ってる冒険者は彼女一人だけのようだし、組んでないのかもしれない。
(その可能性は高いかもしれないけど、聞くまでは分からないね)
(じゃあ聞いてみようかな。私、この子と話がしたいから交代し――)
ステラの発言の途中、どこからか音楽が流れ始めた。
直後にハキハキとした聞きやすい中性的な声が車内に響き渡る。
「このバスはエリンプス町へ向け発車いたします。途中、ツグスタ村とレンゼイ村を経由します。行き先が異なるお客様は慌てずお気をつけてお降りください。繰り返します――」
どこから流れて来る音声なのかは分からないけど、今の時代はそういうものなのだと考え、気にしないことにした。
(ステラの故郷ってエリンプスっていう名前?)
(そうだよ、この村とは全然違って大きい建物がいっぱい建ってるからデシリアはびっくりするかもしれないよ~)
ステラは嬉しそうに言った。私の驚く姿を楽しみにしてるのかもしれない。
(楽しみにしてるよ。まぁ、何事も無く行けるといいね)
(デシリアがいるから大丈夫だよ。何かあったら守ってね)
(当然よ、死んでもあなたを守る)
(もうとっくに死んでるじゃん、はははははっ)
(ふふっ、そういえばそうだったね。じゃあ死んでても守るから)
(……ごめん)
いきなり謝ってどうした? ちょっとドキっとしたぞ。
(死んでること笑っちゃったから、ごめんなさい)
(あーそういうことね。私は気にしてないよ。でも言う通り確かに良くないかもしれないね)
ステラと脳内会話に勤しんでると目の前の猫耳の少女が不機嫌な顔で注意してきた。
「ねぇ、私の顔見てニヤニヤするのやめてもらっていいかしら?」
私はつい正面を見ながらニヤニヤしてたようだ。
少女の隣のキディアは困惑した顔で私を見ている。
私は少女に謝罪することにした。
「ごめんなさい」
(ねぇデシリア、彼女と話したいから交代し――)
「これより発車いたします。席を立ちますと非常に危険ですので御用がある方は――」
またも車内音声がステラの発言を遮って来た。
その後「ピーッ!」という鳥の鳴き声が響き、窓から見える村の建物が徐々に動き出す。
(大丈夫、ちゃんと聞こえてるから。じゃあ代わろうか)
交代しようと思えば強制的にステラ側から交代出来るけどそういう事はしてこない。
私と彼女の関係は良好と見ていいだろう。
「ねぇ、君は冒険者なんだよね?」
交代したステラは体を前のめりに目の前の少女に尋ねた。
「そうよ、ちなみにランクEですわ」
「私の名前はステラ。君の名前はなんていうの?」
「な、なんで? ……ご一緒するのは短い間ですし、ま、まぁ名乗ってもいいですわ」
少女はケミーとキディアに視線を回した後、咳ばらいをし、ステラに向かって名乗った。
「私の名前はルイザ・ブランミュラーよ。魔術士ランクは5ですわ」
「私はケミー、冒険者でも何でもないけど、少しの間よろしくねルイザちゃん!」
「わ、私はキディアです。あの、その、無職です。よろしく、ルイザちゃん」
ケミーは笑顔で手を差し出した。
「ズルい。私も!」
ステラも同じく手を出し、ルイザに握手を求める。
「あ、あ、私も」
キディアもみんなに倣って最後に手を出した。
「ケミーさんよろしく、キディアさんよろしく、……ステラ、よろしく」
ルイザは全員の手を握ったけどステラの時だけぎこちなかった。
「ルイザちゃん私も呼び捨てでいいよ」
「わ、私もさん付けされるよりは呼び捨ての方がいいな」
ケミーとキディアも呼び捨てを希望した。
「ねぇルイザちゃん! ポテチ一緒に食べようよ」
ルイザの気を引きたいのかステラはみんなに負けじと芋のお菓子のポテチを差し出し、アピールする。
「ちゃ、ちゃん?! あの、ちょっとあなた馴れ馴れしすぎない?」
「え? でもケミー達も言ってるし……」
「ルイザちゃん。私のこともちゃんづけて呼んでいいよ。ケミーちゃんって呼んでね」
「あっ、駄目だよ! ケミーは年上だからちゃん付けされるの禁止!」
「え~、そんなこと言わないでよステラちゃ~ん」
ケミーはそう言いつつも不満は見られない。ステラに話しかけられるのが嬉しいのだろう。
「ねぇステラ、あなたは何歳なのかしら?」
「11歳だよ。ルイザちゃんは?」
ルイザはドヤ顔をし、ステラに人差し指をビシッと向けてこう言った。
「ふふん! 私は12歳よ、年下であるあなたは年上の私にちゃん付けするの禁止ですわ」
「あ、あーっ! あの、じゃ、じゃあ私は今から13歳!」
「何がじゃあなのよ。意味不明ですわ」
「じゃあケミーがルイザちゃん呼びするのは有りで!」
「やったー! ステラちゃん大好き」
「わーっ!! 抱き着いて来ないで、こな……やめろ!」
ケミーに抱き着かれ嫌がるステラを見てルイザは笑い、キディアは戸惑いながら見つめる。
反対側の座席の人達はその姿を微笑ましそうに見ていた。
てっきり騒がしいから嫌な顔をされるんじゃないかと心配したけど、そうでもないようで安心した。
ステラは私以外にも話せる相手がたくさん出来たので私は少し気が楽になった。
みんなの楽しそうな姿をよそにステラの肩から小さい人型の霊体を伸ばして窓に腰かける。
こんな目立つような場所にいても誰も私の存在には気づいていない。
少し寂しさを感じる。でもこれはこれで楽しい。
いつか私を私と認識してちゃんと話が出来る人が見つかるといいな。
キディアは私を認識はしているけど、でもステラと一緒くたにしてるので“私”と話が出来るとはとても言えない。
窓の外に視線を移すとちょうど村の端と思われる建物を通り過ぎている最中だった。
その後は何もない平原が続き、村はどんどんと遠ざかり小さくなっていく。
何もない村だったけど、色々あったな。
とりあえず私は肉体を手に入れることに成功した。
まだステラが冒険者にはなれてないので自由には遠いけど重要な一歩だ。
でも冒険者になってからが本当のスタート地点。
その時に私はこの時代の世界を自由に歩くことができる。
まだまだそこまでは遠いけど焦る必要は無い。
どんなに遅く進もうともいずれその時はやってくる。
私は過ぎ去ったサービル村を名残惜しそうに手を振り、そしてただ過ぎていく風景を眺めながら未来に思いを馳せた。




