24 2年も経つと古い
イブリンは小屋のある方向を指差し、嬉しそうに言った後に私に近づくと顔を顰めた。
「くさっ、臭いぞコッテン!」
「え? 臭いですか?」
「くさくさのくささっさだ!」
「えーと……はい」
よく分からない言い回しだけど、とにかく臭いということは伝わった。
「小屋の中が臭くなるから魔術で消臭しておくんだぞ」
魔術で消臭できるようだ。イブリンの見てない隙を狙って魔法で消臭しておこう。
それにしても何で臭うんだろ?
(ステラ、ステラって体臭きつい方?)
ステラは激怒した。
(は、はぁ? 失礼な! そんなこと言われたことないよ!! というかこのニオイってさっきの魔物に飲み込まれかけたからでしょ!!! デシリアが悪いんだよ!!!! 私に責任なすり付けないで!!!!!)
(い、いや、そんなつもりはないよ。ごめん。なんで臭いのか忘れてただけだから許して……)
すっかり忘れてた。そういえば飲み込まれそうになって臭いがついたんだったか。
私はステラの機嫌を損ねた事に少し凹みながらもイブリンに臭い理由を説明した。
「飲み込まれって……腕相撲があれだけ強かったらそうはならんだろ。よそ見でもしてたのか?」
「まぁ、そんな感じです」
「オクパスは雑魚だからそれで良いけどキメラの時は気をつけるんだぞ」
注意すると私に付いて来いと手招きをして歩き出した。
「臭いからあまり近づき過ぎるなよ。あ、そうだ。魔石はちゃんと回収したか?」
私は魔石を取り出してイブリンに見せる。
「どうぞ」
「ありがとうだ」
ありがとうだ?
変な言い方することって誰にでもたまにあるよね。
指摘して機嫌悪くさせる必要もないし気にしないでおこう。
イブリンは魔石を受け取るために近づいてきた。動作がぎこちない。私が臭いからか?
ある程度近づくと一瞬だけ顔をしかめ、すぐに何事もなかったかのように平静さを取り戻す。
「魔石ゲットおおおおお!」
そして不自然な動作で魔石を受け取ったイブリンは魔石を持った手をわざとらしく高く掲げ、棒読みのような大声を静かな森の中に響かせた。
「あの、イブリンさんどうしました?」
私が困惑した顔を向けるとイブリンは怪訝な顔を作った。
「コッテンはアレを知らんのか? 田舎者か?」
アレと言われても知らない。私をいつの時代の人だと思ってるのかな? まぁそれこそイブリンも知らないか。
(ステラ、イブリンのさっきの行動ってどういう意味か分かる?)
(分かるけど、結構古いよ)
古い? 一応ステラは知ってるみたいだ。
(私が小さい頃に流行したドラマのセリフに「プチモンゲットー!」ってのがあって、それを一部変えるのが流行ったんだよ)
ドラマってことは演劇?
ゲットってのは手に入れたって意味だよね。プチモンというものを手に入れたということか。プチモンってなに?
何がなんだかよく分からないけど、とりあえずステラは知ってるのでイブリンに伝えるとしよう。
「知ってはいるんだけど、その、古い……と思います」
古いということも添えておく。
私の体感だと10年も100年も古いとはそこまで感じないけどステラが古いと言うのだからステラの代理である私はそう言うしかない。
「な、古い……だと? これって古いのか?」
イブリンは何故かよく分からないけどショックを受けた。
(ねぇステラ。イブリンが古いと言われて驚いているように見えるんだけど)
(え? 5年くらい前だよ、どう見たって古いでしょ)
5年前って古いのか。それもイブリンに伝えるか。
「えーと、5年前なので古いんじゃないですか?」
「5年……だと? そんなに経ってたのか。1~2年前だと思ってたぞ」
イブリンは指を折り、1、2、3と何年前だったのかを数えだした。
5年ってイブリンから見ても古かったんだね。
(2年でも古いよ)
ステラにとっては2年ですら古いようだ。
「2年でも古いと思います」
「え……? いや、古くないだろ! 古いわけがない……古いのか?」
そういうどうでもいいことを話しながら歩いていると目的の小屋に到着した。
ディマス達の所からはそう離れてない2分程度の場所だ。
「コッテン、ここだ。着いたぞ」
冒険者ギルドの様な艶のある外壁をしており、丸みの多い小屋だ。球体の上半分をいくつか貼り付けたような奇抜な形をしている。
(面白い形をしているね。この形って今の時代だと一般的なのかな、ステラ?)
(あんまり見たことはないけど、たまに見かけるよ。私の町にも少しだけあるし。デシリアの時代ではどうだったの?)
(そうだねぇ、ないことはないけど。ほぼないね)
ほぼ無かった理由としては建てるのが面倒なくらい技術と手間を要求されるからだろう。
その割に普通の住宅と比べて住み心地が良くなることもないので金持ちの道楽でしか建てられないしょうもないものだ。
今の時代でもこういう建築物は少ないみたいだけど、11歳の幼いステラが結構把握できるくらいには数があるようなので私の時代よりは建築技術が進んで作りやすくなってるのかもしれない。
「コッテン、何度も言いたくはないが臭いは消してから入るんだぞ!」
小屋の玄関前からイブリンが注意してきた。そして入口の扉を開けるために押しているようだけど開かない。
「おかしいな開かん」
「逆じゃないですか? 引っ張ってみては?」
「なに? 引っ張れだと?」
私に言われて勢いよく引っ張ると無事に開いた。
その際、力を入れ過ぎたせいで後ろにひっくり返り、勢いよくゴロゴロと後ろに回転した。立ち上がると痛む素振りは見せなかったけど私を見るなりイブリンは気まずそうにポツリと呟いた。
「お……」
「お?」
「お前を試してたんだ」
イブリンは静かにそう言ったあと小屋の中に入っていった。
何を試されていたんだ?
(間違えて恥ずかしかったんだろうね、私もたまにあるよ)
ステラも押すのと引くのを間違えることがあったようだ。
(私もそういう間違い、たまにあったな)
生前の出来事をちらりと思い出すけど、少しだけ寂しさを覚えたのでこの話題は片隅に置いておくことにした。
私は魔法で臭いを消してから小屋の中に入った。




