20 手加減
「大人の私に勝とうなんぞ……えーと、14年くらい早いわ!」
イブリンは偉そうなことを言ったものの私の腕をこれ以上押す事は出来ず膠着状態だ。
「む? 動かんな。うりゃうりゃ!」
そして耐えてるだけで押し返せない私を見てこう言った。
「ふっ、だがそれはお前も同じだろ? 耐えるので精一杯のようだな」
イブリンは二ヤリと笑う。
私が押し返せないと思ってるようだ。
まだ全然本気を出してはいないのでこの程度なら余裕で押し返せる。
それにしてもこれが魔術士ランク8の本気なのかな?
これで本気ですか? と聞いてからあっさり勝ってしまうと馬鹿にしたように取られそうだから聞くわけにも行かない。
これが全力ならランク8って私と比べるとかなり弱いことになるかもしれないな。
でもそういうのって身体強化だけで測れるものでもないか。
身体強化は筋肉量が多いほど効果が出るからね。
魔術はどんな仕組みかは知らないけど多分似たようなもんだろう。
イブリンは小柄だし効果が薄いのかもしれない。
でも子供のステラよりは効果は出てるだろうね、大抵は大人の方が筋力は多いし。
じゃあやっぱりイブリンの魔術は私の魔法より劣ってる可能性が高そうだ。
だって筋力量で劣る私だけど強化できるからね。
さて、今相手が本気じゃなくても時間をかけるほど本気を出して来るだろうし、今のうちに一気に勝ったほうが良さそうだ。
イブリンのことだし本気出して負けるのもショックかもしれないからね。
もしすでにこれが本気だったら……面倒なことにならないといいけど。
ステラには勝てと言われてるしもう終わらせるか。
「どうした? もう限界か? なら私の勝ちは揺るぎそうにないな。ほれ、さっさと負けましたと――」
イブリンの発言の途中、私は一瞬のうちに彼女の腕を反対側の机に叩きつけるように押し倒した。
「――言うんだ、ってありゃ?」
イブリンは机に着いた自身の手を見て固まる。
視線をディマス達に向けるとディマスは安堵の表情を浮かべた。
アージェンとフェリクスもそれに近い表情をしているけどこっちはやっと終わったかという程度の軽い感じがする。
勝負が終わったので私は手を離した。イブリンは自身の手を見つめたままだ。
負けると思ってなかったのだろう。
「なかなか手強かったです。油断してるときに一気に攻める作戦が上手く行きました」
「何? 油断など……いや、私が負けた?」
まさか、無効とか言い出さないよね?
「私の勝ちでいいですね?」
「どう見てもコッテンの勝ちだ。イブリンこれで満足か?」
ディマスはステラの勝ちを告げるとイブリンに気持ちを確認する。
「むむ、仕方ない。本気ではなかったが負けてしまったか。負けるつもりはなかったんだがな。コッテン、お前の勝ちだ」
悔しそうにしていないのでおそらく本気を出してなかったのかもしれない。
イブリンのことだし本当にそうなのかは分からないけど、私が勝ったので気にしないことにした。
(やったー! デシリアありがとう! 冒険者に1歩近づける!)
(そうだけどイブリンもコッテン呼びになっちゃってるけどいいの?)
(え? あああああああ!!! ……でも、もうどうでもいいや!)
討伐に参加できるようになった嬉しさが大きいからか名前はどうでもよくなったようだ。
「イブリンに勝っちゃうなんてコッテンさんやっぱり本物だね」
「イブリンが手加減してたとしても子供が勝つのは無理なはずだ。コッテンは本当に30歳かもしれないな」
猫人のフェリクスと人間のアージェンの2人の男は私が聞こえないと思ってるのか小さい声で話している。そっちもコッテン呼びになってしまってるけどディマスの呼び方が伝染してしまったか。
さっきちゃんと『コットン』だと確認取ったはずなんだけどなぁ。
あとステラは30歳じゃないよ!
しかしもう訂正はしない。11歳で30歳並の実力だと目立ってしまうからね。勝手に思わせておこう。
「ちなみに本当に本気は出していないぞ。本当だぞ?」
「あ、はい。手加減してくれてありがとうございます」
本気じゃない方が好都合。
こっちとしては参加できればいいし、イブリンより上だと証明したいわけじゃない。
ステラがイブリンより上と認識されなければそれでいい。
私という借り物の力で名声を得たらろくでもない人間になるだろうし、目立つと面倒事に巻き込まれやすいだろうからね。
「本気を見たいならもう1度やってもいいぞ。どうだ?」
イブリンは再戦したがっているけど、腕相撲は手と手を握らないといけないからあんまりしたくない。人に触れるのって抵抗あるんだよね。
それにステラの体だし勝手に人とベタベタ接触するのは避けたい。
ケミーみたいに抱き着かれるのは論外だ。
「おい、時間がギリギリだからさっさと行くぞ。コッテンも俺達の後に付いて来い」
ディマスはそんな暇はないとばかりに私達を急かすと、他の男2人と一緒に外に出ていった。
「ということなのでやめておきます」
私は断る理由ができたのでイブリンに申し訳なさそうに告げた。
「勝ち逃げとは性格悪いな、もう1度やると約束しろ! だが今はとりあえず行くぞ、お前も来い!」
イブリンは立ち上がりディマスを追いかけていく。
私もはぐれないようにイブリンのすぐ後ろからついていった。
それにしても勝負の方法が腕相撲で良かったのか? まぁいいか、勝てたし。




