141 意味の無い抑止力 1
「オ、オリベルぅぅーー!! 助けてぇぇーー!!」
レイラは今までにないほどに力を込めて叫んだ。
しかし叫んだ所で不安と恐怖を紛らわす以外の意味はない。
オリベルは彼女が知る中で最も強い存在。
レイラは何度もステラをエリンプスの町から遥か遠くの地へ連れ出すためにあの手この手を尽くしてきたが『何者』かに邪魔をされ続けてきた。
その邪魔者が現れた時のために今回はレイラの真の最強の護衛であるオリベルをステラの車に同行させた。もし邪魔者を排除できたならば、その時点で彼はレイラの元へ報告に戻ることになっている。
その邪魔者の正体はステラの中に潜むデシリアなのだが、そんなことは当然彼女は知らない。
そしてオリベルが負け、2度とレイラの元に姿を現さないということまでは全く想定できていなかった。
「なんだ、まだ強い奴がいるのか? そのおっさんより強いのか?」
ミレラは顎をクイっとガースへ向ける。
レイラはピクリともしないガースの姿に未来の自分の姿を重ねそうになるのをどうにか振り払い、質問に答える。
「そ、そうよ。彼は……オリベルは特別なの。誰にも負けるわけないわ!」
オリベルならミレラに負けるはずがない。そう思うくらいにオリベルが次元の違う実力だと信じていた。
「で、そいつはどこにいる?」
「オリベルは……も、もうすぐ来るから! だ、だから私に手を出したらステラがどうなっても知らないからね!」
自分の身を守るために脅しをかけてみるがミレラには逆効果だ。
しかしミレラは心の中では憤慨するものの表には出さず、穏やかに明るく振る舞う。
「はっはっはっ……なるほど、な。私としてもステラに危害を加えられては困るし、オリベルというヤツが来るまではお前に手を出せそうにないな。いいぜ、待ってやる。だが、ただ待つというのも退屈だ。少し話をしようじゃないか」
レイラはその言葉を聞きひとまず危機が去ったことに安堵する。
しかしそれはミレラの罠だった。
そうやってレイラにとって安心な状況を作り、嘘を吐く必要のないように仕向け、ミレラは知りたいことを聞き出そうと考えていた。
ミレラからすれば黒幕が誰なのかはまだはっきりとしていない。レイラが黒幕か否かをハッキリとさせておきたかった。
「まず聞かせてくれ、なぜお前はステラを攫おうと思ったんだ?」
ミレラは委縮されないように優しく問いかける。
レイラはミレラが先程までの強気な態度ではない所から『ステラに危害を加えられることを恐れている』と判断した。
(この様子じゃオリベルが来るまで手を出して来そうになさそうね。オリベルが来たら私の勝ちは間違いないし、もう怖いものなしだわ。ふふふっ、ここに来てまさかの逆転)
レイラに余裕が満ち始め、怯えていた態度から一転、強気な態度をミレラに見せつける。
「私はね、セシルが好きなの。だから彼に好かれたくて付き合いたくてよく話し掛けたりしたの。でも、でもさ、セシルはそんな私よりもステラにばかり構っていたの。ステラからセシルに話し掛けることなんてほとんどなかったし、大して興味も無さそうだったのに、そんな子に負けたと思うと悔しくて悔しくて、ほんっとうに憎かったわ!」
レイラが感情を爆発させた様子と動機からミレラは彼女が黒幕なのだと確信した。
確信はしたがもう少し話を聞いてみようと思った。
「だからといってお前のやってきたことは許されないぞ、やりすぎだ」
「やりすぎ? そうね、そうかもしれないわ。ステラには悪いと思っていたけどそれでも排除したかったの。でもね、私が罰せられることはないから大丈夫よ。実際に色んな所へ指示を出したのもオリベルだもの。私がやったという証拠は出てこないわ」
ミレラの中でレイラに対する憎しみがさらに増した。
しかしそれを抑えながら表面上はステラに危害を加えられないようにと気を使ってるように振る舞う。
「お前の会社の者にまで指示を出してたそうだが、お前の親はそれを許してたのか?」
ミレラにとっては1番の疑問だった。たかが子供のためにそんなしょうもないことを許可する大人がいるとは考えられなかった。
「不思議な事にね、オリベルが私の使用人になってからお父様とお母様は私のわがままを聞くようになってくれたわ。とは言っても私から直接社員に指示を出したことは無いのよ。オリベルが全部やってくれるから私が動く必要ないし、彼がいてくれて助かったわ」
レイラの親はオリベルに取り憑いている『エデルの思念を宿した魔力』から漏れ出る魔力に充てられて感情の抑制が緩くなり、娘のわがままを聞いてあげたいという本来持ってた欲求を抑えられなくなったためにレイラの頼みを聞くようになった。
それまでレイラのわがままを聞かなかったのは大切な娘のためを思ってあえて願いを叶えるのを我慢していただけであり、娘が嫌いだからという訳では無かった。
「オリベルはなぜそこまでしてくれるんだ?」
「オリベルは孤児なの。私が拾ったから恩返しのつもりなのかもしれないわね。もしくは捨てられないように必死なのかもしれないわ」
「お前はステラが嫌いか?」
その質問にレイラは考え込んだ。
ミレラはすぐに返事が来ると思ってただけに不思議に感じた。
「最近嫌いになったわ、でも嫌いになる前から追い出したかったし、嫌いになったからそうしたわけじゃないのよ。嫌いになったのもステラが悪いわけじゃなくてセシルが悪いの。何もかもセシルが悪いの。セシルがいなければ私はこんなことしなかったのに!」
ミレラは元はステラが嫌われてなかったことを意外に思った。
(嫌ってない相手を排除しようとしてたのか……この女、危険すぎる)
結果的にはレイラに嫌われたとはいえ、その非情さはステラ以外にも及んでいるのだろうとミレラは断定ともいえるレベルで感じた。
そしてしばらく話をしつづけ、それが途切れた頃にミレラは動くことにした。
「ところで、オリベルはいつ来るんだ?」
「分からないわ。しばらくは来ないかもしれないし、今日の事は許してあげるからもう帰ってもいいわよ」
警戒心の緩み切ったレイラは偉そうな態度で告げるとミレラはこう返した。
「許してもらうのは当然だが、そのまま帰るわけないだろ?」




