140 絶望させたい 2
迫るミレラにガースは焦る。
心を乱せば動きも乱れる、というガースの狙いは間違ってなかった。乱れた代わりにミレラは怒りで先程よりも力が入っているため勢いがより増していた。
(さっきより動きが速いぞ、このままでは防戦一方を強いられる。いや、どちらにせよこちらの攻撃が無意味な現状では防戦に徹しないと勝ち目はない)
身体強化は魔力量が底を着けば使えない。持久戦に持ち込みミレラの魔力量を無くせば勝ち目があるとガースは考えるが――
(相手の魔力が先に底を着く保証はない。運頼みだな)
間合いに入ったミレラは拳を放つ。先程よりも速いが狙いは荒くなっており、急所は外れている。だが今のミレラの攻撃はどこに当たろうとも致命的と言えるほど力が込められているため、どこでも急所といえた。
ガースはギリギリの中、弾く。弾きはしたものの体勢は少し崩れる。
(くっ、弾いてなおもこれか。1発でも直撃すればアウトだな)
すぐに体勢を整えたと同時にミレラの拳が迫る。
(集中しろ)
ギリギリで弾き、反撃をする余裕は全くない。
何度も弾いているとミレラが声を上げた。
「あーうっぜぇ! そろそろ当たっとけよ!」
その時、ミレラの背中側にいる護衛の女が詠唱を始め――
「スライムミサイル!」
粘着性の高い球状の液体をミレラへ向け飛ばした。
効果は直撃した者の動きを物理的に鈍くするという単純なもの。身体能力が低い者に対しては特に効果を発揮する。
ミレラは鎧型の防御障壁はすでに使っているが、さらに盾形の防御障壁を背中側へ張り、それで受け止めた。
「スライムミサイル!」
しかし護衛の女は連発する。ミレラの盾型の防御障壁の下にドロッとした液体が積み重なっていく。
「てめぇもうっぜぇな!」
ミレラは護衛の女を格下だからと今は相手にしないつもりではあったが、足元に溜まる液体を煩わしく感じたためガースより先に倒すことにした。
護衛の女へ向かおうとするとガースが止めに掛かる。
「行かせるか!」
ガースは斬り伏せるよりも速く出せる突きを放った。
ミレラは再びガースへと振り向き、突き出された剣の先端を指で掴み、あえて引っ張った。
攻撃が当たらないと判断したガースは引っ張り返そうとするものの――
「なっ?? この俺より力も上だとっ?!」
力でも負けたため体が引っぱられる。
だがそれをチャンスだと捉えたガースは体が前に出たついでに、ミレラの意識を護衛の女から逸らすために拳を大きく振った。
目論見通りミレラの意識はガースに向いた。
「あーあー、もう面倒だ。ちょうどいいくらいの手加減なんか探ってたら朝になってしまう」
ミレラは長く続いてる戦いにうんざりしていた。
本気の攻撃をしてしまえば部屋中に肉片と血が飛び散る可能性があった。圧倒的な力をこの場にいない者にバレたくなかったためそれを嫌がったミレラは綺麗なままの姿で息の根を止めようと最初は考えていた。
ここまでついてこれるなら本気に近い攻撃でも原型を留めた綺麗な姿で死んでくれるはず、そう思いこむことにした。
ミレラは避ける素振りを見せず、空いてる手を手刀の形で振り、向かって来た拳とその腕の骨を破壊した。
太い木の枝が折れた様な音が鳴り響き、ガースは顔を顰める。
(マズい、もうこれは勝ち目が無い。一か八か、俺の使える最強魔術を発動するしかない……!)
ガースは腕を魔術で回復しつつミレラから一旦距離を置いた。
「10、9……」
そして詠唱を始めた。危険な魔術はカウントダウンの詠唱も必要となる。
しかしミレラはそれを阻止しようとガースへと迫りながら魔法の水を大量に放った。
ガースは口の中に水を入れないようにと口を閉じたため詠唱は中断された。
「カウントダウンということはかなり危険な魔術を使うつもりなんだろ? させねぇよ!」
ミレラにとって一番避けたいのはレイラの死亡。万が一その魔術で死なれるわけにはいかなかった。
目の前に迫るミレラになす術がないと悟ったガースは、最後の抵抗とばかりに護衛の女へ向け大声を飛ばす。
「護衛の女ぁぁ! レイラちゃんを殺せぇぇぇ!」
その言葉にガース以外のこの場にいる全員が驚いた。
「え? な、なんで……?」
レイラは自分の死が迫っていることを認識した途端、徐々に絶望が増して来た。
護衛の女はガースの意図にすぐに気づいた。
「レイラ様、申し訳ありません。私達ではあなたをお守りすることができませんでした。私達がやられてしまっては何をされるか分かりません。ですから、できる限り苦しませないようにいたしますのでご安心ください」
護衛の女は悲痛な表情でレイラに告げる。
しかしレイラとしては受け入れられない。
「嫌、嫌ぁ! お願い、殺さないで! どうにかしてあの女を倒してよ!」
「申し訳ありません」
護衛の女は淡々と謝りつつレイラへ手のひらを向ける。
そこへミレラが飛び込んできた。
「余計な事するんじゃねぇよ!」
護衛の女はレイラを抱えるとミレラの拳を辛うじて避け逃げようとした。ミレラはすぐに追いかけ護衛の女を殺すため手加減無しで迫った。
護衛の女はミレラの攻撃にまともに対応することができず、顔を殴られ一撃で絶命した。
力を失った護衛の腕から放り出されたレイラは雑に床を転がり回る。
「いたたたっ……ひ、ひぃぃいいいいい!!!」
レイラは床に近い所から見上げるとミレラの顔が視界に入り悲鳴を上げた。しかしミレラはレイラを殺すつもりはないためすぐに背中を向けた。
ミレラが最終的にしたいことはステラに危険が及ばないようにし、かつレイラが今日の事を警察沙汰にしないように釘を刺すこと。
今のミレラにとってレイラに死なれると非常に困ることだった。
「おっさん、もう手加減はなしだ。覚悟しろよ」
ミレラはガースにそう告げると飛び出した。
ガースは全神経を集中させ、ミレラの攻撃に備える。
(な、もっと速く動けるというのか?! 手加減してたというのは本当だったのか?!)
ガースは負けると思っていても諦めずに集中する。
ミレラは間合いに入ると拳をガースへ突き出した。
ガースは辛うじて反応することが出来、避けようとするものの動く間も与えられず直撃した。
「ぐぶぅぅっっ!!」
ガースは吹き飛ばされ壁へ激突し、床へ人形のように力なく落ちた。
(強すぎる……俺の……今までの努力は……なんだ……ったんだ?)
ガースは最強に憧れて冒険者ランクを上げ、肉体を鍛え上げ、そして魔術士ランクも長い時間をかけて出来る限り上げてきた。
その努力を無駄だとあざ笑うかのように突如現れたミレラやオリベルといった若き存在を思い浮かべ、悔しさを抱きながら意識は次第に消えていった。
ミレラが逃げ道を塞ぐように出入口扉の前に立つがその必要はなかった。
犬耳の巨体はピクリとも動かなくなったからだ。
「ようやく死んだっぽいな。肉が飛び散るかと思ったがなんともなくて良かったぜ」
ミレラは軽い調子で言った。冒険者は死んだことが証明できれば冒険者ギルドで蘇生が出来る。
殺してしまったことに対するマズイという認識はあるものの、証拠隠滅をしようという考えはなかった。
なぜならレイラを脅して口封じをすればいいと考えたからだ。
「私に半分以上の力を出させるとは、おっさんかなり強かったぜ。……さて」
ミレラは後ろへ振り向くと両手で自らの体を抱きしめ怯えるレイラを睨んだ。




