137 ねぇあなたは知ってる? 昔にさ、エルフという馬鹿な種族がいたらしいんだけど 1
オリベルの気絶が解けたにしてはそのときの不気味さを顔に残したまま体が動いてる。
この感じは魔王に近い。
でも魔王の時は気絶ではなく死亡後だった。オリベルは気絶なので違うはずだけど雰囲気は似ている。
オリベルが完全に立ち上がる前に地面に転がそうと私は高密度の風を飛ばした。
視認できる程に圧縮された風は、死なないように、あるいは死んでもすぐ蘇生できる程度の威力に抑えている。
オリベルはただ立ち上がろうとする以外の動きをみせない。無抵抗で直撃すると派手に転がった。
私は急いでオリベルに近づき再び気絶魔法を掛ける。
しかしオリベルの動きは止まらない。表情を見るからに気絶は効いているはずなのだけど……。
誰かに操られでもしなきゃこうはならないよね?
また起き上がろうとしたので蹴って倒してみる。
オリベルなら明らかに避けられる程度の弱い力だけど、避ける素振りも見せずあっさりと派手に転がっていった。
やはりオリベルとは別の存在が体を操作しているんだろう。
「あなたはオリベルなの?」
「キミハボクヨリモツヨイ、キミノチカラガホシイ」
言葉遣いがなんか変だ。やっぱりオリベルじゃないっぽいよね?
「だから、あなたはオリベルなの?」
「ボクノチカラハ、ツヨイ、キミノチカラト、ボクノチカラ、アレバ、モット、ツヨクナル。ナカマイッパイツクッテ、アイツラカラトリモドス」
私の言葉が通じていないのか?
「オリベルじゃないならあなたは何なの、魔王?」
この質問にも返事はなかった。
オリベルは体から紫色の靄を放出させ私を包囲した。徐々に靄が全方位から迫って来る。
それが寄って来るにつれ、ステラの精神領域――とでもいえばいいか――に何かが侵入する感覚が強くなってきた。魔王の時よりも強い不快な感覚、しかしながら私の霊体の方が強いようで私を退けることができず途中で止まっている。
だからといって安心はできない。これに対処する方法が分からないし、このままずっと大丈夫という保証は無い。
なのでまずは靄をどうにかできないか試してみることにした。
風を飛ばしてみる。しかし靄が減った感じはしない。
次は周囲に火を発生させてみる。同じく減った感じはしない。
電気を飛ばす。変化が分からない。
消滅魔法を手に纏い、靄に触れてみる。消滅時の発光が起きてるので多少は消せてるけど靄の量が多すぎてどれくらい消せてるのか不明。
すべてを消そうとすれば朝になるかもしれない。
こりゃ短時間での試行ではどうにもならなそうだ。
次の行動を決めようとした時、靄の向こうからオリベルの訝し気な声が聞こえた。
「オカシイナ、ナンデ、テイコウデキテイルンダ? オマエハナニモノダ?」
やはり取り憑こうとしていたのかな? 私がいなければステラは乗っ取られてたかもしれない。
そもそも私がいなければオリベルと会う事もなかったのでこんなことにもならないだろう。
それはさておき、『私が何者か?』についてだけど……元女騎士のエルフの幽霊だ。
でもそんなことを口に出すわけにはいかない。特に『エルフ』という言葉は。
以前にエルフに似た姿の魔王にルイザを殺されそうになったから、私がエルフだとステラに知られたら私は嫌われてしまうかもしれない。
「私はただの子供だよ」
なのでそう返し、同時にオリベルの声の方へ駆け出す。
靄は私の動きを制限できないのか空気の様にあっさりと通してくれた。
しかし紫色の視界はずっと途切れず、突然オリベルの姿が目の前に現れた。
「オリベルに取り憑いてる存在が何なのかは分からないけど、彼ごと消させてもらうよ」
私はオリベルの力の源である取り憑いた何者かだけを取り除きたかった。そうすれば彼は力を失い悪事に手を染めることが難しくなっただろう。
でもその方法を持ち合わせていない。
オリベルには脅しは通じるかもしれない、でもオリベルに取り憑いてる者には明らかに通じないだろう。
だから彼ごと消すしかない。彼の力は強すぎる。私以外で彼を止められる人は少ないだろうし、ここで終わらせてステラのような被害者を減らしたい。
あ、思い出した。オリベルを止められるほどの強い人……あの人なら?
夏の大きな公園でステラに絡んできたあの女、名前はエイルだったかな。あの女ならオリベルを抑えることが可能だろう。
でもどこにいるのか分からない以上はどうにもできないか。結局オリベルを消すしかないようだ。
そういえば私に対してこんなことを言ってたな。
『エルフを貶されて腹が立ったり力が湧いたりしなかったか?』と。
魔王エデルに強い影響を受けているとそうなるらしい。
もしやオリベルはそれに該当するのではないか? いや、でもエイルより弱いしその可能性は低いような……。
問題解決には何も関係ないけど一応確認してみるか。
「ねぇあなたは知ってる? 昔にさ、エルフという馬鹿な種族がいたらしいんだけど」
煽りとしては弱い気もするけど、私もエルフだし強く蔑むのは抵抗があるんだよね。
これで効果が無さそうならもう少し強い言葉を浴びせるつもりだ。
「エルフヲ、ブジョクスルナァアアアアア!」
お、効果があったぞ。オリベルはエルフではないはずなのに強い反応だ。
「オマエハゼッタイユルサナイ! エルフ、ニンゲン、ミンナボクガマモル!」
「エイルの言ってたことは本当だったってこと? まさかこの程度でここまで大きな反応をするなんて……」
エルフである私でさえ大して気にならないレベルの侮辱なんだけど。
とはいえ関係してることが分かったところでオリベルに対しての対応が変わることはない。
ならなぜこんなことをしたかといえば、そういう現象もあるんだと知っておけば後々に何かの役に立つかもしれないと思ったからだ。
ステラが普通の人生歩んでればおそらく役に立たないかもしれないけど、勇者やら魔王やらこの時代の人でも知らないようなことによく出くわしてる以上は知っておいた方がいいだろう。
そんなことを考えてる間にもオリベルは動きを見せる。
紫色の靄は徐々に消え始め、その最中にすぐ目の前からオリベルは手をこちらに向け光の球を複数放った。
私の全身を覆う鎧のような障壁にぶつかると爆発した。しかし障壁にはなんら効果はなかった。
「オマエハジンルイノテキダ! コロス!」
オリベルは両手の指を空へと向けた。すると全ての指から光の爪が伸び始め1メートルほどの長さにまでなった。
それを地面へ振ると今までヒビ程度しか付かなかった道路にあっさりと溝を刻んだ。
オリベルにはエデルが取り憑いているわけではなく、エデルの思念体である魔力の塊が取り憑いています。つまりはエデルの劣化コピーの魔力がオリベルの意識に介入しています。
魔王シェダールもエデルの劣化コピーの魔力が取り憑いてました。




