134 帰りの車内 2
(ステラ起きて!)
私が呼び掛けるものの反応はない。こうなったら勝手に体を動かすか。
私は助手席の男へ声を飛ばし、催促をした。
「すみません、まだ着かないんですか?」
「も、申し訳ありません。混んでるみたいで今回り道をしてます。あともう少しで着くので少々お待ちください」
そう言われてはどうすることもできない。
もう少し待ってみて着かないようだったら歩いて帰った方が良さそうだ。
歩いてる途中で目を覚まされたら転倒する危険があるので私はステラを起こすことにした。
(ステラ! 起きて!)
しかしどれだけ呼び掛けようとも反応が無い。
よほど疲れていたのだろうか。
でも起こさないわけにもいかない。
少々荒療治だけど魔法で体に軽い電流を流して起こしてみることにした。
一旦動くのをやめ無防備状態の体に電流を流した。一瞬ビクンと動くもののそれでも目覚めない。
ここまでやっても目覚めないとは、困ったな。
いや、これはもしかして……私はある可能性が頭によぎった。
さっきステラが食べたお菓子か、あるいは誕生日会の食事に睡眠薬でも盛られたのかもしれない。
ステラの体の中にあるかもしれない異物を魔法で取り除くことにした。
それだけでは目覚めなかったのでもう一度電流を流すとようやく目を開いた。
(やっと起きたね。やっぱり睡眠薬でも盛られてたのかも)
ステラはまだ眠そうな顔をしながらも言葉を出した。
(す、すいみんやく?)
(そんなことよりもステラが寝てから結構時間が経ってるのにまだ目的地に着かないみたいだよ)
(そういえばまだ車走ってるね。結構寝た様な気がしてたんだけど)
(いくら混んでるにしても遅すぎるし、多分ステラをどこかへ連れ出そうとしてると思う)
(えぇ? 私また攫われてるの?)
ステラからは怯えは感じられない。しかしウンザリは感じられる。
(まだそうと決まったわけじゃないよ。でもきっと家は近くまで来てるだろうし降りて歩いた方が早いかも)
ステラが目覚めたため動かせなくなった私は動くためにすぐに体を交代し、助手席へ声を飛ばし再び確認をする。
「まだ着かないんですか?」
「申し訳ありません。大分時間が掛かってしまいましたがもうそろそろ着きそうです。だからほんの少しだけ待ってもらってもよろしいですか?」
「ならここで降ろしてもらっていいですか? あとは歩いて帰ります」
「あと少しで目的地へ着きますよ。いいんですか?」
「あと少しなら歩いて帰ります。ここで降ろしてくれませんか?」
そう訴えるものの返事はなく、車も止まらない。
「あの!! 降ろしてもらえますか?!」
大声で訴えるものの返事は来ない。
怪しい。さっきは何度も1回で返して来てたし聞こえてないはずはないんだけど。
「……降りますね!」
私はロックが掛かってる扉の取っ手に指を掛ける。
開ける方法は知ってる。車は走行中、安全のために開かないようにロックがしてあり、解除すると開くようになってる。
私はロックを解除して開けようとするもののどういうわけか開かない。
「あれ? あれれ? 開かない」
「危険なので走行中は普通の解除では開かないようになっていますよ」
まだ私の知らない機能があるということか?
まぁ別にいいけど。
「じゃあ止めてよ!」
「もうすぐで着きますので――」
「いいから降ろしなさい! 今降ろした方があなた達の仕事もすぐ終わってお得でしょ! さぁ早く降ろしなさい!」
「申し訳ありませんが目的地までしっかりと送り届けるように言われてますので」
「私の希望を優先しなさいよ!」
私はステラらしからぬ言動で訴え続ける。
しかし虚しくもあれこれと言い訳をされて車は止まることなく走り続けた。
(この人達、やっぱり私を連れ去ろうとしてるんだね)
意地でも止まろうとしない態度を見てステラは確信を得たようだ。
私は強硬手段に訴えることにした。
「止まらないならドアを無理やり開けて出るけどいい?」
「それは困ります。壊さないでいただきたいのですが」
「なら今すぐ止まって降ろしてよ」
「それは出来かねます」
「じゃあ無理矢理降りるね!」
私はドアの取っ手を握り、思いっきり横に引いた。
するとバキーンという鋭く硬い音と共に取っ手だけが分離した。
「なっ?! まさか、本当に壊しやがったのか?!」
助手席の男は先程とは違った口調になった。
私は彼らのことを無視してドアを開けようと試みる。
ドアを殴り飛ばして開けたいところだけど、もし外に人がいたら怪我を負わせるかもしれないのでそうするわけにもいかない。
もう一度横に引こうと思うものの掴むところが無い。
(デシリアどうやって開けるの?)
(取っ手が無ければ取っ手を作ればいいんだよ)
私は魔法でドアの一部を変形させ、指一つ分くらいの小さな突起を作り出す。
さらに引っ張った時に千切れないように魔力を物質に変換して扉の大部分を頑丈に補強もしておく。
突起部分を人差し指と親指で摘まみ、横に引っ張るとど派手なバキバキという硬い音と共に扉は横に動いた。
すると外から急に入って来た冬の冷たい風がステラの髪を激しくなびかせる。
「お、おい! 今飛び降りたら怪我するぞ、やめとけ!」
普通の子供ならそうかもしれないけど、私がいるから怪我などありえない。
飛び降りる前に外の風景を見渡す。
夜だから昼よりは見づらいけど草原だ。
車の後方に目を向けてみると――
「おぉ……綺麗」
思わず声が零れた。
どれほどの距離かは分からないけど遠くには高くそびえたつ首都リルボスの建物とエリンプスの夜の町並が淡い光を放っていた。
生前でも見たことのない神秘的な光景に心が躍る。
――と、今はのんびりと眺めてる場合じゃなかった。さっさと飛び降りよう。
私は視線を車内の助手席へと向けてお別れの挨拶を口にする。
「ここまで運んでくれてありがとう。次はちゃんと目的地に送ってよね」
そして勢いよく走る車から躊躇なく飛び降りた。




