132 従う少年
「疲れた~」
今日も自宅に講師を呼んで習い事を終えたレイラは自室の柔らかい長椅子に倒れた。
金持ちではあるがレイラの部屋はステラの部屋と同程度で普通ともいえる広さだ。
ステラの自宅から歩いて1時間程の場所にレイラの家がある。10階建てで周りより少しだけ高く、金持ちの割に何の主張も感じられないシンプルな外観であり、周りと同化するかのようにひっそりとしているためそこまで目立つということはない。
地元以外の人にはそこに世界でも有数の富豪が住んでるとは誰も思わないだろう。
大企業の社長である親に将来を期待されるレイラの毎日は習い事で忙しい。
彼女にはどれをとっても突出した才能は無いが恵まれた環境により全てにおいて優秀程度にはなっていた。
そんなレイラはまだやらなきゃいけないことを思い出し上半身を起こす。
「オリベル! こっちに来て!」
レイラは何人かいる使用人の中からオリベルという少年を呼んだ。
使用人らしからぬラフな格好の少年が近づいてきた。
年齢はレイラとそれほど違わない。
「なんでしょうかレイラ様」
「私の誕生日までもうすぐよ、アレの準備は出来てるの? 私の方はステラと仲良くなったからあの子、きっと喜んで来てくれるわ」
「段取りは終わってるので後は本番だけです」
「今度こそ上手く行くんでしょうね? あんまりしつこくやったら警戒されるからってしばらくは嫌がらせ程度で済ませて来たけど、私としてはステラにはさっさとセシルから離れて欲しいわ!」
学校内での地味な嫌がらせはレイラの指示で行われてきた。ただしレイラが直接各々の生徒に指示をしたというわけではなく間に何人も挟んでるため、犯人に問い詰めても中々レイラに辿りつかないように細工をしていた。
レイラはオリベルに大まかな指示を出しただけでなので誰がどのように動いてるかまでは把握していない。
「彼らに僕も同行するので失敗はありえませんよ。たかが小学生の子供一人を攫うのに何故こうも失敗続きなのか、この目で原因を見てみたいですし。まぁでも運悪く妨害されてるだけとしか考えられませんけどね」
「ステラには冒険者の凄く強いお姉さんがいるらしいしそいつが妨害してるのよ、きっと!」
「ミレラという名前でしたね。もしそれが本当ならランクAに匹敵するということになりますよ? ま、僕の敵ではないでしょうけど」
ステラを攫おうとした裏社会の人達に冒険者ランクAもいた。
オリベルはそのランクAの者達に依頼をすると舐められた態度をよく取られることが多く、圧倒的な力でねじ伏せてから強引に引き受けさせていた。
その時の手応えからランクA程度なら余裕で勝てるという自信があり、ミレラの実力もおそらくその程度だろうと予想した。
「駄目よ。いくらオリベルが強いとはいってもステラのお姉さんの相手はさせないわよ。ステラのお姉さんは私のところで護衛や警備で雇われてる冒険者で引き付ける予定よ。ランクAの中でも上位クラスの実力者が揃ってるから、オリベルの出番はきっと無いわ」
「それは今までの妨害をミレラがやってた場合ですよね? まぁ、もし違ったとしても僕に勝てる者はいませんよ」
オリベルは得意げな顔を作る。
レイラは以前オリベルの力を確認するために、護衛で雇っている冒険者で試したため実力を把握している。
圧倒的な強さを見せつけられたレイラはオリベルをレイラ専属の護衛として雇った。しかしオリベルが子供のため表向きにはただの使用人ということにしている。
「どこでそんな力を身に着けたかは知らないけど、オリベルが私の元にいてくれて良かったわ。それにオリベルが来てからお父さんもお母さんも私の言う事聞いてくれるようになったし」
オリベルが来る前はレイラのわがままは我慢させられてきた。そもそもわがまま自体あまり言わなかった。
しかしオリベルからの何らかの影響により徐々にわがままが増え始めた。親も最初の頃はほとんど取り合わなかったものの同じくオリベルから何かの影響を受け、喜んで願いを叶えるようになった。
「次こそはレイラ様の望みを叶えてみせますよ」
「とりあえず話はこれで終わりよ。まだ計画実行まで日があるから、近くなったらその時にまた確認するわ、もう行っていいわよ」
「それでは失礼します」
話は終わり、オリベルはレイラの部屋から出た後自分の部屋に戻った。
ベッドに横になるとオリベルは天井を見つめ、レイラに仕える前の事を思い返す。
(今の俺ならあの世界でも上手くやって行けただろうな。だけど堂々と表の世界で生きたいんだ、だから戻るわけにはいかないし戻りたくもない)
オリベルは孤児であり、元々はエリンプスから遠い地で盗賊団と共に生きてきた。
普通に生きることを拒絶したはみ出し者が集まっており、優しい者もいれば冷たい者もいた。
冷たい者は暴力を振るい八つ当たりをしてくる。
当時の力の無いオリベルは子供ということもあり八つ当たりには最適の相手だった。
特に秀でた才能もないオリベルはそこ以外での生き方が考えられずきっと長くは生きられないと人生を悲観していた。
ある日、森の中で単独行動をしていた時、黒い靄に襲われたオリベルは体の中に何かが入り込んだのを自覚した。
黒い靄はそれと同時に跡形もなく消え、完全にオリベルの中に取り込まれた。
そしてオリベルに変化が起きた。それは大きいとも小さいともいえる変化。
なんとなく力が湧き上がるのを感じたオリベルは今まで使い方どころか存在自体を知らなかった魔法を放った。
それ以外の変化として感情の抑制が緩くなってしまったがそれは魔法の力を手に入れて浮かれてしまったのだろうとオリベルは思った。憎しみも増幅され今まで自分を苛めて来た先輩の仲間に仕返しをしたくなり、実行してしまった。
結果、オリベルの手により盗賊団は壊滅した。
殺すつもりまではなかったが優しかった先輩も含めて盗賊団自体が敵になり、殺されそうになったためそうせざるを得なかった。
居場所を失ったオリベルだが力を手に入れてからはどうでもよくなっていた。力さえあれば生きていける。
オリベルは無意識のうちにエリンプスの方角へと歩き出した。無意識に自身を操る何者かが求めてるモノがそこにあると感じていた。
そしてエリンプスで偶然にもレイラと出会った。求めてるモノでは無かったがこれは使えると無意識に感じたオリベルはレイラがいずれ持つであろう財力や権力を利用しようと考え、上手く取り入ることに成功した。
盗賊団にいた頃と違い文明的な生活を手に入れ満足した。
(もうこれ以上の生活はいらないな、これで十分だ。でも何故だ? 憎しみが消えない。俺は何を憎んでるんだ? もう憎い相手は自分の手で消してしまったというのに……)
オリベルにとって欲しかったものは手に入れた。しかしオリベルを心の奥底から操る者にとってはそんなことはどうでもよかった。
操る者――エデルの思念を宿した魔力の塊――は直接言葉を介さず存在を認識されないようにオリベルの欲求に干渉することで目的を果たそうとしていた。
(ずっと苦しい生活で心が疲れてたんだろう、憎しみもそのうち消えるさ)
オリベルは起き上がると本棚から1冊の本を取り、読んで気を紛らわせることにした。




